会社を辞めたい人へ贈る話

大野晴

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13.分岐点

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「辞太郎くん新婚生活どう?」

「ラブラブですよ」


 2021年1月。僕は東北の最北端へ向かっていました。国の仕事を受注し、営業として、作業部隊の正直(せいちょく)先輩と現場打ち合わせへ向かっていました。

 経費削減の為、5時間弱の道のりを車で移動。早朝から出発です。

 正直先輩と仕事をするのは、この案件が初めてで、今まであまり絡みがありませんでした。全話の特需案件とは別に、僕が受注していた大型の案件の作業担当として、知識も豊富なベテラン社員の先輩と行動を共にしていました。

 正直先輩は既婚者で、子どもがふたりおり、家も持っていて、僕の憧れる人生像を進んでおりました。


「正直先輩にお任せすれば、大丈夫だと聞いてますよ」
「そんな事ないよ。国の仕事だって初めてだし」
 なんて先輩を持ち上げたりしながら、プライベートの話や仕事の話、営業部門の愚痴を聞いたりしながら、僕は正直先輩と和気藹々と長距離ドライブを楽しんでいました。


 客先は、市町村よりも上、都道府県よりも上の国の管轄のお客様です。当然、使われる金は膨大で案件の規模も大きくなり、やりがいは十分にあります。

 その後、オンラインでの打ち合わせが可能になるまでは、マスクをつけ、体調管理の記録を提出し、離れた場所での打ち合わせを行いました。
 客先への納品物は、必須システムとは異なり、特別システムとします。


「特別システムの仕様について、確認させてください」
 と客先の担当者。

「それでは、納品担当の正直のほうから」
 と技術的な話を正直先輩に振る営業の僕。

「こちらのシステムは◯◯となっており・・・」
「こうなった場合は?」
「こういった場合は◯◯になりますね」
「ありがとうございます」

 パーフェクトだ。知識のない僕にとって、正直先輩が輝いてみえました。営業なんて所詮橋渡し。仕事をとってくるまでが大きな部分で、中身は専門の人にお任せすればいい。そう思いました。


 帰りの5時間の車中。


「正直先輩。今日はありがとうございました。今日の打ち合わせ、ひとりでは無理でした」
「いやいや、仕事したまでだよ」
「知識豊富で落ち着いてて、憧れます」

 などと会話をして、プライベートな話から、下ネタを語り合うまでになって、仲が深まったまま時は過ぎました。

 私もプライベートが絶頂で、仕事も上向き。新たなベテランの先輩をコンビを組んで国の仕事をする事に、自分のステップアップを感じました。

 自分は何でも出来る。
 そう思っていたのです。
 その最中、前話の特需である、必須システム案件も掛け持っており、仕事は忙しくなり始めました。


 この国の特別システム案件も同じく3月末納品。特需の必須システム案件も同じく3月末納品。


 営業として、大きな案件をふたつ抱えたのです。成績はもちろんトップに躍り出ました。


 先に言っておくと、この2件は納期に間に合い、無事に完了しております。



 打ち合わせの翌日。必須システム特需案件の的当課長から打診がありました。


「必須システムの方なんだけど、大変そうだから手伝ってほしい」
「でも、特別システムがいよいよ本番で」
「そっちは大丈夫。正直先輩が担当でしょ?辞太郎くんに手伝って欲しくて」

 的当課長は仕様書も読めない人で、パソコンもろくに使えない根っからの昭和営業マン。正直先輩ほどではないですが、知識のある僕は必須システム特需案件の担当として、矢面に立つ事になったのです。

 通常、営業が仕事をとった後は、作業部門へと引き継がれますが、特需や業績の好調により、それは叶いませんでした。

 なので当初、的当課長が現場を担当する事になっていたのですが、すり替わる様に私が担当する事となったのです。


 今思えば、その安請け合いが良くなかったのかもしれません。


 色んな事を考えます。色んな事の分岐点を考えてしまうのです。


 何故なら、正直先輩が亡くなったからです。


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