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バック・スタバー(:転 大きな損失)
29 目覚め
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「亜弥さん・・・貴方も休まれた方がいい」
鹿美華病院。集中治療室。化粧もせず、目の隈は酷くなる一方。琥太郎の妻、鹿美華亜弥はガラス越しの琥太郎の回復を待っていた。見兼ねた名医・狭間白男が声をかける。
「夫は・・・助かりますか?」
その質問ばかりだ。狭間は同じ返答しか出来ない。
「ええ」
狭間自身も困惑していた。最善を尽くした。運ばれて直ぐに出来る限りの治療を施した。それはこの国では認可されていない方法や道具、人工的なものをあらゆる手で施した。
生命機能は維持しており、亜弥には説明をしていないが〝目覚めてもおかしくない〟状況まで来ている。
それなのに、鹿美華琥太郎は目を開けない。皮膚が溶けているわけではない。ただ、目を開けないのだ。ここに意図があるのかもしれない。狭間はそこまで考え始めた。
◆
「おはよう。おふたりさん」
蜜葉学園。校門から校舎までの道、いつもの様に蜜葉るりが腕を組んでふたりを待っていた。
「おはよう」
そう言って3人で並んで歩くが、会話は無い。下駄箱で靴を履き替え、先に階段を登る小姫。律はるりに脇腹を小突かれる。
「なんかあったの?小姫ちゃん、元気ない」
「えっ・・・いや、その・・・」
律は蜜葉るりに嘘をついている。優花里が別の任務の応援で一時的にこの学校の警護を離れているという事。爆破事件の事はトップシークレットである。
律は嘘が下手なタイプで、蜜葉るりはそれを感じ取っていたが追及はしない。
「ま、まぁ~、優花里がいなくて寂しいんじゃねーか?」
「ふ~ん・・・」
「そういえば、大切な話があるのの」
「なっ、なんだよ」
「これ、調べた」
蜜葉るりは鞄から、分厚い資料がファイリングされた冊子を取り出し、律に手渡す。それなりの重さがあった。
「なんだよこれ」
「猪苗代財閥の情報ですわ」
律は小姫を見失わぬ様、急いで階段を駆け上がる。それについてくる蜜葉るり。
「お、おう」
「るりは・・・心から小姫ちゃんとお友達になりたいの。それを阻む存在はどうにかしなくちゃと考えてます」
「ありがとう、見てみるよ」
小姫は浮かない顔で数学教師の話を聞いている。その小姫の席の後ろ、小早川優花里の席は空いたまま、欠席扱いの日々が続いている。
授業中、蜜葉るりはちらちらと律の様子を伺っていた。さっき渡した資料、読みなさいよ!と急かされる気がした律は資料に目を通していた。
・・・猪苗代財閥。
日本三大財閥のうちのひとつ。元は東北地方に身を置いていた百姓貴族がその始まりとされている。
(ここらへんはどうでもいいな・・・)
律が知りたいのは、猪苗代財閥の成り立ちや歴史では無い。ページを飛ばそうとした時、るりの視線を感じた。ちゃんと読め、と言われている様で、律は1行1行、丁寧に読むことにした。そして、読んでいくうちに、るりの手書きのメモが増えていく。
猪苗代財閥は農業の時代から、食による事業で拡大し、そこから健康に関する経営、健康器具から医療機器まで手広く展開している、と書いてある。猪苗代財閥の顔である後継、猪苗代子牙はイケメン、と書かれていた。
律は知りたい情報に近付けずイライラする。そして、次のページをめくるとそこからは完全な手書きになっていた。
〝名探偵るり様の考察〟というタイトルで展開される箇条書きのメモの様な文言。律はそれを読みながら、色々考えてみる。彼らは足りない情報から何かを膨らませ、考察し、真実に近づこうとしていた。
・猪苗代財閥は鹿美華財閥と蜜葉財閥を仲違いさせようとしている
(・・・根拠は無いよなぁ)
・規模で言うと1位鹿美華、2位猪苗代、3位蜜葉。だから1位になろうとしてる
(別に2位でも良いだろ)
・ミサイル誤射の件はきっと猪苗代家と繋がっている鹿美華か蜜葉の人間が仕組んだ罠
(・・・清先生の言ってた、裏切り者・・・の可能性もあるのか?)
・私たちが同じ学校にいる事を知ってる人が繋がっている人のはず
(まぁ、そうなるよなぁ)
蜜葉るりのメモは律の頭の整理に役立った。
鹿美華小姫が今、この学校に通学している事を知っている人間が裏切り者の可能性が高い、という浅い推理。律はそれに乗っかり、考えてみる。
小姫がこの学校に通学している事の分かる鹿美華の人物・・・自分と優花里。鹿美華琥太郎、母の亜弥。枝角若草。ガンマン清先生。
名探偵るりの推理によると、この登場人物に絞られる。律は考えれば考えるほど、頭が混乱して来た。そもそも、裏切り者の存在なんて認めたくない、そういう気持ちが大きい。
ただ、律の頭の中は裏切り者探しなどどうでもよかった。
(だぁーっ!何もかも分かんねーよ!)
本当の事を言うと、律は小姫との関係、距離感に悩んでいる。
何より先日、自分が直感で彼女を抱きしめた事、その事が頭から離れない。思い出した律の顔は漫画の様に赤くなった。
(今はそれどころじゃない・・・)
そんな言い訳を続けて、律は小姫との関係性から逃げていた。
警護者と警護対象。
触れられない人間と触れられる人間。
もう、そんな肩書きがどうでも良くなる、そんな踏み切った関係性。そこまで辿り着こうとしない。律の頭の中はモヤモヤでいっぱいだ。
◇
鹿美華病院。集中治療室。規則的な機械の音が鳴り続ける静寂の空間。
「琥太郎、起きてくれよ」
狭間白男。鹿美華病院の名医であり、そして、鹿美華琥太郎の古き良き友である。手は尽くした。それでも今、何故か目を開けない琥太郎。彼は医者としてではなく、友として、願った。
深夜の集中治療室。ガラス越しに夫の容態を見守っていた鹿美華亜弥は眠っている。この部屋には狭間と限れたれた人数のスタッフしか入る事は許されていない。
その時だった。
「亜弥はいるのか」
目を閉じたまま、鹿美華琥太郎の口がゆっくりと動いた。狭間は動じる事なく、琥太郎に返事をする。
「今は寝てるよ。ずっとお前を見守ってる」
「そうか」
「目が開かないのか?」
「開けていないだけだ」
「え?」
「狭間。俺はな、世の中で信用している人間が4人いる」
「どうした、急に」
「亜弥と小姫、そしてお前らだ」
琥太郎の言うお前ら、は自分と清を指しているのだと狭間は理解する。
「何だよそれ、死に際みたいな会話」
「馬鹿言うな。死ぬわけねえだろ俺が」
「じゃあ、早く目を開けろ」
「いいや、裏切り者が来るまで目は開けない」
「裏切り者?」
狭間は思い出していた。いつの日かの鹿美華の定例会議で琥太郎が口にしていた、裏切り者、の存在・・・
「お前に頼みがある」
そう言って、琥太郎は目を閉じながら考えていた事を説明する。琥太郎には容疑をかけている人間を炙り出す簡単な罠を思いつき、それを狭間に伝える。
「本当に良いんだな?」
「ああ。ただ、先に謝っておく。暴れるぜ」
「・・・壊したら費用はお前が出せよ」
その言葉に目を閉じた鹿美華琥太郎の口角が少しだけ上がる。
◆
数日後。
放課後、いつもの様に病院へ向かう律と小姫。集中治療室の優花里は、完全に目を開き、その身体を回復に向ける様に心臓をバクバクと動かしていた。
まだふたりはガラス越しに彼女を見守る事しか出来ない。優花里は回復した視力で、ふたりの姿を見て、安堵した。
小姫はその姿を本心では憎らしく思っている。
「お父さんの所、行ってくる」
小姫が律にそう伝えるが、律は小姫のボディガードである。律も同じく移動し、琥太郎の眠る集中治療室へ向かう。
「毎日、ありがとう」
初めて出会った時よりも、やつれた顔をしているが、それでもなおその姿が美しいと思う律。鹿美華亜弥もガラス越しに琥太郎の姿を見ていた。小姫は目覚めない父の姿を見る度、胸が痛んだ。律は、人間がこんなにも脆いのか、と思う。
「お父さんは、いつ目覚めるんだろう」
小姫がぼそっと亜弥に尋ねる。亜弥は遠い目をしていた。小姫だけではない。同じ思いを抱いている人間は沢山いる。
「お父さんはね、ヤワじゃない。きっと直ぐに、ケロッとするわよ」
亜弥は小姫を抱き締めてあげたかった。
それが出来ない。
そんな会話をしていた時だった。
ゴツン、という大きな音と共に、院内が全停電する。部屋の明かりが消え、バッテリー駆動で動くもの以外の灯りが消えた。ほんの一瞬の出来事だった。院内は直ぐに非常電源の系統に切り替わり、部屋の明かりが再び付く。
「お、おい・・・」
律達は、ガラスの向こうにある集中治療室の景色が変わったことに気付いた。
鹿美華琥太郎の周りに、3人の場違いな人間が立っている。
彼を殺そうとする、敵だ。
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