魔石管理局枯渇の危機

大野晴

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1.魔石管理局 新人の日々

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 この国の王様の城から徒歩5分。馬車で2分。最寄りの蒸気機関車駅は魔石管理局駅前。

 国立魔石管理局。

 赤茶色のレンガを積み重ね、隙のない四角い箱のような造りとなっている建物。
 施設は周りの中西風の雰囲気とは異なり、異質だ。朝、王様の城の鐘が鳴り、定時をお知らせすると管理局の門が開く。

「うおおおあお!!!」

 その合図と共に、多くの国民が施設内に向かって走り出す。7割は勇者、残りの3割は鉄工所を始めとした商人達だ。管理局1階は朝から長蛇の列だ。本日1人目の客に管理局員がカウンター越しに対応する。

「勇者マルネオです」
「はい。勇者証はありますか?」
「げっ、持ってくるの忘れました」
「では、お持ちしてまた来てください」
「ええっ!」

 この国で勇者を名乗るには、勇者証が無ければならない。

「次の方どうぞ」
「勇者トリトンです」
「はい。勇者証はありますか?」
「はい」
 局員が勇者証に描かれた似顔絵と本人を照合し、そして勇者管理No.と帳簿を照らし合わせる。
「トリトンさんですね。今日はどのような用事で?」
「魔石の支給をお願いします!」
「今月の限度を超えてますね」
「そこをなんとか!」
「出来ません。来月またお越しください」
「ええっ!」

「次の方どうぞ」
「ザマス鉄工所社長、ザマスです」
「営業許可証をお出しください」
「はい」
「ありがとうございます。今日は?」
「魔石の支給を」
「いつも通り1kgで宜しいですか?」
「あっ、いや・・・ドラゴン討伐で需要が増えそうなもんで・・・5kgに増やして下さい」
「商用魔石特別支給願の提出をお願いします」
「へっ?なんすかそれ?」
「あちらのテーブルに用紙がありますので、ご記入の上、並び直して下さい」
「えっ!並び直し!?」
「次の方どうぞ」

 国立魔石管理局の局員は厳しい。決められたマニュアル通りの業務しかしないし、それ以外の事はやらない。利用者はとにかく魔石が欲しいのだが煩雑な処理の為のルールや書類が沢山ある。それでもそれを必要とする者にとって魔石は重要だ。嫌でも手続きを進め、魔石を手にしなければならない。
 そしてそれを管理する側も厳しいルールで厳格な管理をしている。
 それが魔石である。

「おいおいおい!この前は同じやりとりで良かッた筈だぜ?」
 カウンターを叩く男。
「すみませんね・・・ですから、前回は特例で、今回はこの書類を書いていただかないと・・・」
「ああんっ!?紙書いてまたこの行列に並べッて言うんかお兄ちゃんよ!」
 気性の荒そうな男の対応をしているのは、管理局国民対応課の新入局員、アスナト。
「すみませんね・・・それがルールですから」
「くぅッ~、二言目にはルールですか!こんなんだから管理局員はダメなんだよッ!」
 カウンターを叩く度、アスナトの身体はびくりと動く。
「なんとかお願いしますよ・・・」
「ざけんなよ!早くしろッ!埒が明かねえ!上のモンを出せや!」
 その怒号に反応するかのように、アスナトの上司が現れる。

「すみませんね」
「おうおう、アンタ。新人の教育どうなってんだよ」
「アスナト君に落ち度はありませんよ」
「ああんッ???」
「これ以上、管理局の意志に反するのであれば、魔石の支給はお断りさせて頂きますが」
「なッ・・・」
 チッっと舌打ちをして男は去っていった。

「すみません」
 上司に謝るアスナト。
「さっ、後悔は後でいい。次の方を呼びなさい」
 そう言って上司は去っていく。

「次の方どうぞ」

 先程と打って変わって、静かな雰囲気を醸し出す魔女が現れる。顔、スタイルは美人のそれでアスナトはさっきとは異なる緊張感で対応する。

「魔女ミリリです」
「魔女さんですね。魔法使い証をお出し下さい」
「はい」
「ありがとうございます・・・」
 魔法使い証に描かれた似顔絵を照らし合わせるように、アスナトは魔女ミリリの顔を節目がちに見て確認する。間違いなく本人である。次に魔法使いNo.と帳簿を照らし合わせる。

 魔女ミリリ。特級魔女。魔石貸与制限:なし。

「今回はどういった用件で?」
「・・・なんて言えば良いのかしら」
「え?」
「先日頂いた魔石、薄かったのよ」
「う、薄い?」
「それだけよ」
「えっ?」

 そう言い放って、魔女ミリリは黒い煙となりその場から消えた。これも魔法の力だ。

 この国で言う魔法とは、魔力と引き換えに起こすことのできる現象を指す。
 火種も無い場所から炎を創り出すこと、瞬間移動する事、筋力以上の力を発揮する事、これらは全て魔力を消費して発揮される魔法の力だ。

 その魔法を使う為に必要なのが魔力。魔力は大気中に透明な存在として溢れている。しかしそれを使う事は難しい。空気の中から特定の形のホコリだけを見つけ出し、掴まえて形を整える、そんな作業が魔法の原理だ。そんな難しい操作を解決するのが魔石だ。大気中の魔力を集約し、固化させる。これによって魔力を扱いやすくしているのだ。

 この国において、魔石なくして魔法を使える者は数限られている。魔女ミリリのような特級魔女でもそれは出来ない。それよりも上位の存在、賢者による魔法で魔石は作られる。

「とにかく!魔石は今や必要不可欠!そして賢者様が魔石を作れる量には限界がある!そう言うわけで我々は需要と供給を管理しているのだ!」
 管理局長の言葉を思い出すアスナト。そうだ。怖い相手でも負けずに対応しなければならない。





「おはようございます賢者様」
 腰の位置まで頭を下げる管理局員達。魔石管理局地下2階。生産室。綺麗な川からそのまま引いてきた純水が滝のように流れ、足元は水浸しだ。
「おあげ下さい」
 裸足に白装束。豊満な胸元。水色の髪。
 どこか神様を思わせるその女が賢者。その神々しい言葉に局員達は頭を上げる。

「賢者様。少し需要が増えておりまして・・・」
 その場にいた局員のトップが言い出しにくそうに賢者に話しかけた。
「分かりました。少し多めに生産します」

 そう言って賢者は天を仰ぐように両手を広げ、そしてそれを包み込む様に手のひらを合わせた。その合わせた手のひらを再び離すと、そこには魔石が出来ていた。これが魔石の生産である。非常に簡単な作業だが、この動作1回の魔石の生産は0.5kgである。
 国民の需要に応えるには、これを繰り返さなければならない。
 賢者は絶対的存在で神様扱いをされているが、魔石の生産は地味で疲れる作業であった。

 天を仰ぎ、手を合わせ、離す。落ちた魔石がぽとん、と水浸しの床に落ちる。そしてまた手を合わせては離す。ぽとんぽとん。とても地味な作業。これを繰り返す事10回。

「疲れました。休みます」

 賢者の筋力は脆い。直ぐに近くの椅子に座り、休み始めた。遠くにいた管理局員が小さな声で同僚に話しかける。

(あの作業って肩凝りそうだよな)
(馬鹿。余計な事を喋るな)
(肩疲れないように魔法使えば良いんじゃないのか?)
(分かってねーなお前。魔石を作る場所で魔法を使うとな、出来が悪くなるんだってよ)
(へぇ)
(ま、俺もあの行為が効率的とは思えんが・・・俺らには出来ないからな)
(とにかく賢者様に感謝だな)
(違いねえ)

 そして再び賢者は立ち上がり、天を仰ぎ始める。局員達はその神々しい姿に心を打たれているが、賢者の顔は険しい。

(はぁ・・・めんど。あと何回だよ。何回やるのこれ?しかも今日は生産数増やす?腕上がらなくなるっての!はぁ、めんど!めんどくせー!)
 賢者の表情は変わらない。繰り返される作業。それが適当になっていくのは当たり前のことであった。

(だるい、めんどい、早く終わらせたい・・・)

 そう言うわけで、魔石の完成度は年々低くなっていた。これがアスナトが魔女ミリリから受けた苦情の原因である。





 王城には円錐形の屋根があり、その尖った先端はパイプで部屋に繋がっている。太陽が真上に登り、そのパイプを通して太陽光が地下室を照らす。
 それを確認した兵士が鐘を鳴らす。正午の合図だ。その合図を確認した管理局の門は閉まる。管理局の魔石に関する国民の受付は午前までなのだ。

「お時間です」
 そういってアスナトの上司は、その場にいた国民達を魔法の力で門外へ飛ばした。

「ふぅ・・・絶景だ」
 魔法で飛ばされていく国民達を見て、ざまあみろと思うアスナト。1日の憂鬱な業務は完了だ。アスナトは思い出した事を上司に報告へ行く。

「どうした?」
「あの、特級魔女さんがきまして・・・その魔石が薄いとかなんとか・・・」
 魔石は限りなく澱みのない球の形をしている。純度の高い透明な石ころで、薄いとか濃いだとか、そういう概念は無いのだと思っているアスナト。魔女ミリリの言葉の意味も分からぬまま、とりあえず上司に報告をする。

「薄い?それはどう言う意味だ?」
 上司もそれを理解していない。
「えっ・・・いや・・・分かりません」
「アスナト君。どうして魔女に追及しない。これじゃあ報告に上げられないじゃ無いか」
「えっ・・・あっ・・・」
 その通りの注意を受けるアスナトは慌てる。ただ、魔女ミリリは伝えるだけ伝えて、消え去った。アスナトに質問の余地が無かったわけではないが彼にとってその注意が理不尽のように思える。

「・・・というパターンもあるのがこの仕事だ。アスナトくん。魔女ミリリの元を訪ねて、その言葉の真意を聞いてきなさい」
「ええっ!」
「それも業務のひとつだ」
「は、はぁ・・・」

 カウンター越しに国民の対応を行うこの業務に嫌気がさしていたアスナトだが、管理局を出て、個人に会って会話すると言う事はもっと嫌だと感じるアスナト。ましてや相手は美人な魔女。緊張してしまう・・・そんな気がしている。

 彼の仕事机には〝相手に言葉を喋らせる魔法とコミュニケーション〟という本が置いてあった。アスナトは日々悩まされている。業務で他人と会話する事は苦では無いが、それ以外の場所で自分をさらけ出したりするのが苦手なタイプであった。

 しどろもどろしている間に上司は帳簿から魔女ミリリの住所を確認する。

「ウージョの森か。遠くはない。魔物が出て危険だから、勇者をつけておく。明日の朝、管理局駅前で合流して魔女ミリリに今日の件を聞いてくる事」
「あっ・・・はい・・・」

 魔法を使えば、遠くの地の人間との会話を行うことも可能である。
 しかし、管理局員が魔石を利用して魔法を使う事へのハードルは高い。魔石の生産は限られており、やむ終えない場合にのみ、局員は魔石を使えるのである。





 翌日。朝を告げる鐘が鳴り、管理局に国民が殺到する頃。アスナトは蒸気機関車駅、魔石管理局駅前に立っていた。しばらくするとやる気のなさそうな男が現れる。

「あんたが局員さん?」
「おはようございます」
 男は腰に短剣、背中に弓矢を携えた勇者であった。背中の弓矢が余程重いのか、身体はしゃきりと伸びておらず萎びた印象だ。

「いやぁ、管理局の人は人使いが荒いよ。昨日の今日で護衛業務だって?いやまぁまいったよ」
「すみませんね」
「まっ、金はそこそこ貰えるからね、感謝してるよ」
 どっちだよ、とアスナトは思いながら駅構内へと向かう。勇者は賃金を払い、局員であるアスナトは通行証を渡すだけで乗車が出来る。

「く~、管理局員さんは良いね」
「すみませんね」
「おいおい、すみませんねしか言えねーのかよ」





 蒸気機関車で15分。自然公園駅で下車。そこからウージョの森を歩いて50分ほど、そこに魔女ミリリの住処がある。
 ふたりは駅を降りて木々の生い茂る森に足を踏み入れた。ウージョの森は高低差の激しい山林だが、魔女ミリリの住処までは平坦な道を歩いて行ける。

「こんな討伐され尽くした森、そうそう魔物なんて出ねーよ」
 やる気のなさそうな勇者は気怠そうな歩きを続けている。
「出なければそれまでですよ」
「ええーっ!勇者だよオレ!魔物倒さなくちゃ意味ないでしょ!」
「すみませんね」
「いやぁ、平和が一番だけどよ、勇者も生業だからな」

 この国には魔物と呼ばれる人間に害を与える生物がおり、それを倒すのが勇者の役割である。勇者は今回のような任務の他に、魔物を討伐する事で一定の報酬を得る事が出来る。国の危機を救った者を昔は勇者と呼んでいたが、今勇者と呼ばれる者は金の為に魔物を討伐する。
 その為、職業勇者などと揶揄されている。

「ここは魔物の気配すら無いですね」
 木々は生い茂っていると言うのに、食い荒らした後や大きな魔物が歩いた形跡もない。綺麗な森が保たれていて、人が通る道だけが綺麗に獣道となっている。

「ったくよー。警護の任務で金は貰えるけど、なんつーか肩透かし喰らっちゃうよなぁ」
 やる気の無い勇者が歩く度に背中の弓矢がギシギシと音を鳴らし、不快であった。無言を貫くアスナトに対し、勇者は喋り続ける。

「ところで局員さんよ、魔女の住処に行って何するんだよ」
「それは任務の範囲外の情報なので言えませんね」
「出たよ真面目の管理局員さん」
「すみませんね」
「またそれかよ」

 アスナトに限っては元々、根暗であまり自分を出さないタイプだが、魔石管理局の局員達はそう言ったところを徹底している節がある。
 国立の機関は他にもあるが、特に魔石管理局はお堅い組織であると職業勇者達の間では専らの噂、酒の肴となる話題であった。

「なぁ管理局員さんよ。この先、火炎魔法の取扱説明書を読み終えるぐらいの時間、歩くぜ?」
「それが何か」
「アンタは無言を貫くってのか?」

(めんどくさい奴だな・・・)

「ああっ!おい!お前今俺のことめんどくさい奴だな!って顔しただろ」
「すみませんね」
「やっぱり!」





 そこからしばらく、勇者の言う取説の半分ぐらいを読む時間…20分ほど森を進むと、大きな土砂崩れが発生しており、ふたりの行く道を阻んでいた。

「どーすんのこれ」
 やる気の無い勇者が呆れた顔をしている。そこには土と砂と岩と崩れた木々が流れ込んでおり、進んできた道を進む事は出来ないようだ。

「回り道を探すしかありませんね」
 アスナトの中で色々な事が繋がる。魔女ミリリが直接管理局にこなかった事、魔物がいなかった事、それらは全てこの土砂崩れが森を断絶していた結果なのだろう、そう思った。

「ええっ、マジで言ってんの?回り道って急勾配ばっかりあるぜ?」
「それしかないでしょう」

「おいおいおい!局員さんよ!アンタの腰につけてるそれはなんだい?」
 やる気の無い勇者はアスナトの腰につけた巾着を指差す。
「魔石ですが」
「それ使えば、土砂崩れを何とかは出来ねーけどよ・・・飛び越えるぐらい出来るだろうよ」
 それを無視し、アスナトは回り道を探し始める。
「おい、局員さん、聞いてる?」

「魔法は極力使わない・・・それが局の掟です」
「はぁ?極力使わない?こんな状況で?いつ使うってんだよ」

「いいですか!魔石は造るのも大変なんですよ。僕たちはそれを管理するのが主な仕事。その管理組織が無駄遣いしてたら、国民に示しがつかないでしょう!」
 弓矢の音、馴れ馴れしい態度、管理局員批判。さすがのアスナトも怒りを込めてやる気の無い勇者に声を荒げて反論する。

「あー、ついてけねーよ局員さん。今が国民に示しをつける時じゃねーのかよ」
「それは今回の護衛任務を途中で終えるという事ですか?」
「ああ、構わねえよ」

「お疲れ様でした。この時間までの費用はお支払いしますので」
「当たり前だ」
「では、先を急ぎます」

 そう言ってアスナトは振り向く事なく、足元の悪い坂を目指して歩き始める。

「おーい、局員さんよ、死ぬ気か?」

 任務を棄権した人間に用は無い。アスナトは周りを注意しながら歩いていく。傾斜のある道なき道を進み、そして土砂を迂回して、元の獣道に到達する。

(ふん。魔物もいる気配はない。職業勇者め。減給で苦しむといい)

 そんな事を思ったアスナトの前に、予定調和と言わんばかりに魔物が現れる。それは決して強敵とは呼ぶに値しない、言うならば勇者じゃなくとも倒せるタイプのものだった。コウモリがそのまま凶悪になった様な小柄な魔物。きぃいん、とアスナトの耳をつん裂く音。超音波だ。

 アスナトは大きな木にぶら下がるコウモリを目視する。高いところからこちらの攻撃を避け、超音波で嫌がらせをする。これがこの魔物のやり方だ。しかし、コウモリの攻撃は嫌がらせのようなもので、アスナトは怪我をするわけでもない。ただ、耳を刺激されるだけだ。

 それがアスナトにとっては重大な事だった。先ほどのやる気のない勇者の耳のギシギシ音。アスナトは音に敏感だった。

(あれぐらいの魔物なら・・・僕にも・・・)

 きぃいい・・・きいぃぃい・・・コウモリ魔物は高いところから超音波を出し続ける。馬鹿にされているような気がして、耐えかねたアスナトはまず、投石でコウモリの超音波攻撃を止める事を試みる。高い位置にある相手に向けて、拾った石を投げてみる。

 しかし、全く届かない。

 きぃいいい・・・きいいぃいい・・・アスナトは思わず両手で耳を塞ぐ。諦めて、耳を塞いだまま走り出す。

 それが魔物の・・・いや、魔物の狙いだった。耳を塞ぎ、聴力が下がったアスナトの背後に立つ、狼男の魔物。その爪をアスナトの背中に向けて立てている。アスナトは気付かない。振り払われる剛毛の狼男の腕。その腕に矢が刺さる。

「予定通り、勇者様参上!ってところか?」
 弓矢を構えたやる気の無い勇者。矢の痛みに叫ぶ狼男の魔物。そこでアスナトは耳を塞いでいた両手を開き、振り向く。そしてそこで腰が抜けた。

「ま・・・まもの・・・で、デカい・・・」

 腕の矢を豪快に引き抜き、狼男は腰を落としたアスナトを睨む。捕食のチャンスだ、とそう思考した脳味噌に矢が刺さる。血飛沫がアスナトの身体に降りかかった。そのまま倒れる狼男。時間差で矢の刺さったコウモリが落ちてきた。

「おうおう、局員さんよ。大丈夫か?」
 にやけながら登場するやる気の無い勇者。アスナトは足の力が入らず、立てない。

「あ・・・ありがとう」
「血塗れで腰抜け。お前大丈夫か?」
「大丈夫ではない・・・」
「ほら、とりあえず立てよ」
 手を差し伸べるやる気の無い勇者。この期に及んで、アスナトの意味の無いプライドと真面目な性格が何故か邪魔をする。

(いま、この手を握ったら、一度解約した任務を再開する事になるのか・・・?)

 アスナトは魔石管理局の業務マニュアルの内容を思い出す。任務の途中放棄の規約は覚えているが・・・再度任務に就くことの条件、それがそもそも良い事なのか、思い出す。

「おいおい、管理局員さんよ。なんか小難しい事、考えてねーか?」
「いや・・・その・・・任務を再開すると言う事ですか・・・?」
 分からないので聞いてみる。

「はぁ~。助けた甲斐ねぇな。もう任務は良いんだよ。魔物を倒せば俺は報酬が手に入る。何より、人助け出来た訳だしな」
「人助け・・・」
「アンタら、勇者の事、金でしか動かないって思ってんのか?」
 図星なので黙り込むアスナト。

「くぅ~ッ!悔しいね。例え金が貰えなくてもな、困った人がいたら手を動かしちまう、それが勇者ってもんだ」
「は、はぁ・・・」
「規則とか倫理に縛られてたら、お前、死んでたぞ」
 ほら、と言ってもう一度差し伸べてきた手をアスナトは掴み、立ち上がった。

「ありがとうございます。勇者さん」

「勇者ナキシだ」
「ナキシさん、ありがとう」
 その言葉を耳に入れながら、やる気の無い勇者ナキシは魔物の皮をグロテスクに剥いでいき、狼男とコウモリの頭蓋骨を麻袋に入れた。これを国に提出する事で金品と交換が可能だ。

「さーて、任務は放棄で構わねえが、最後まで見送ってやるよ。行きも帰りもな」

「・・・任務は、継続していた事にします。なので、よろしくお願いします」
「何だよ。少しは頭柔らかくなったじゃねえか」
「いえ、規則を思い出したので」
 ずこっ、っとコケる勇者ナキシ。
「ブレねーなお前・・・ここは改心するシーンだぞ」

「すみませんね」





 その後は魔物は現れず、小川でアスナトは顔を洗い、勇者ナキシは頭蓋骨を洗い、そんな寄り道をしているうちにぽつりと佇む一軒家に到着した。

「ここが目的地か。俺はここで待ってるぜ」
「ありがとうございます」

 そう言って、古びた扉を開く。部屋には魔女の実験道具が稼働し、コポコポとよく分からない煙が小瓶から出ていた。

「お客様なんて珍しいわね」
 現れたのは魔女ミリリ。容姿端麗。今日は昨日のような黒装束は着ておらず、街にいても違和感のない服装だった。それはそれで逆に緊張してしまうアスナト。

「あの・・・魔石管理局魔石管理係のアスナトと言いますが・・・」
「貴方、昨日の子ね」
「はい」
「遠路はるばる大変ね。土砂崩れ起きてたでしょ?」
「はい」
「迂回してきたの?」
「はい」
「ひとりで?」
「いいえ。外にいる勇者と共に」
「あら。優しそうな顔の割に、冷たい人なのね。お茶を用意しますから、勇者さんも呼んできなさい」
「えっ・・・っとそれは、その、管理局的にはですね」
「いいから、呼んできなさい」
「えっ・・・」
 アスナトの弱点のうちのひとつ。綺麗な女性。その言葉に気圧されて、アスナトが勇者ナキシを呼び、家に戻ると部屋はハーブティーの香りで満たされていた。

「おいおい、あの魔女、美人じゃねーかよ」
 テーブルに座るふたり。キッチンでお茶を入れる姿を見ながら、勇者ナキシはアスナトを小突いた。
「そ。そうですかね・・・」
「お前なぁ。そんな鼻の下伸ばして何言ってんだよ」

 などと会話していると魔女ミリリも対面に座り、とりあえず3人でお茶を飲むことにした。そして少しの間が空き、タイミングを見つけたアスナトがミリリに語りかけた。

「今日はですね、昨日お越しいただいた際のお言葉をもうちょっと詳しくお聞きしたくて」
「魔石が薄くなってるって話?」
「そうです。薄くなってる、って、意味が分からなくて」
「ごめんなさいね、言葉足らずだったかしら。薄いってのは、魔石の中の魔力が少ないって事よ」
「魔力が少ない・・・」

「ここだけの話にしておいて欲しいのだけれど・・・その、賢者様、手抜きしてないかなって」

 ミリリが囁くように賢者の悪口を言う。その仕草すらドキドキしてしまうアスナト。
 この国の産業や治安を守る為に欠かせない魔石。それを造る事の出来る賢者。明確な基準はないが、国王の次に偉いと呼ばれるほどの存在だ。
 
「手抜き・・・ですか」
「ええ・・・まだ許容範囲だけど、もっと薄い魔石が造られるようになってしまえば、魔法事故が起きる可能性も出てくるわ」

「んんん???マホージコ?」
 話についていけない勇者ナキシが質問をする。

 魔石によって魔力を操り、魔法を使う。その使い方は分厚い説明書があるように、容易な事ではない。正しい使い方をしなければ、被害を被る事象となる事がある。それが魔法事故だ。例えば空を飛んだとする。着地にも魔力が必要だ。もし魔石の中の魔力が足りなくなってしまえば、安全に着地する事は出来ないだろう。

「魔法事故を起こさない為にも、しっかりとした魔石を造る事が大切なのです」
「そうですね」
「アスナトさん。国の為に、よろしくお願いしますね」





「という話でした」
 アスナトは魔女ミリリの話を上司に伝えた。場面は変わり、無事に森を抜けた翌日、管理局での会話。上司は顰めっ面をしている。

「・・・参ったね」
「魔法事故が起きるかもしれないと言う事ですか?」
「違うよ。その・・・賢者様がそういう、その・・・手抜きをしてるなんて報告を上げづらい」
「いや、事故が起きるかもですよ」
「でもでもなぁ・・・」
 いつもなら頼り甲斐のある上司も、やる気の無い男に見えてしまうアスナト。

「魔法事故が多発したら、責任を問われるのは我々魔石管理局です」
「くぅ~ッ」
「そもそも責任問題の前に、人の命が奪われたりする事はあってはならないと思うんですよ」
 アスナトは真面目だ。上司に臆せず、ぐいぐいと意見を出している。その距離感を掴めない感じこそがアスナトがコミュニケーション下手な理由だった。
 忌憚の無い言葉が出るたびに、上司の顔がくしゃくしゃになっていく。

「アスナトくん。この件はとにかく、僕が引き受けたから!君は通常業務に戻りなさい!」

 アスナトは軽くあしらわれた。

「お願いしますよ!」
 アスナトはそういってカウンターに戻る。長蛇の列。今日も魔石を求める国民が沢山いた。アスナトはいつも通りの業務をこなすが、頭の中は魔法事故の事でいっぱいであった。

(きっと・・・この件を上司達が話してくれる事なんて無いんだろうな・・・)

 魔石管理局は年功序列で役職が決まり、年の功を重ねた者の考えが優遇される。管理局長が朝を夜といえば、きっと局員達は朝を夜と唱え始める。そう言った異質な空気がある。管理局において賢者は絶対的存在だ。賢者に意見することなど上の人間には出来ない。

(でも・・・)

 アスナトは真面目な性格だった。

(見過ごせない・・・事故が起きて・・・もしも人が死んだら・・・)





 魔石管理局からのお知らせ、と書かれた貼り紙が町の至る所に存在する。それはある一定期間からの魔石を回収するというものだった。
 原因は魔石の製造に不備があり、魔法事故を起こす恐れがあるという事だ。

 この件は、魔石管理局の信用を少しだけ落とし、魔石管理局内では賢者の評判を落とすものであった。賢者は魔石を半ば適当に製造していた事を認め、反省した。それから生産効率は悪いが、完成度の高い魔石が生産される運びとなった。

 そして今日も魔石管理局には国民が殺到する。いつも通りの業務をこなすアスナト。

「次の方どうぞ」
「勇者ナキシだ」
「あっ・・・」
「おお。局員。なんかちょっと一丁前みたいなツラしてるんじゃねーの?」
「そうですか?」
「なんつーか、俺たち勇者みてーなツラしてやがる」
「ところで・・・勇者証はお持ちですか?」
「げぇっ!忘れた!」
「では、持ってきて下さい」
「おい!そこをなんとか!」
「次の方どうぞ」
「おいー!!!!」
 勇者ナキシは何故か嬉しそうにその場を去っていく。
 受付カウンターの向こう、アスナトの仕事机。そこには分厚い魔法の取扱い説明書が置いてあった。

ー〝相手に言葉を喋らせる魔法とコミュニケーション〟ー

 アスナトは国民に示しをつける為、上司に魔法を使った。やむを得ない場合だったので、彼は魔石を使用して喋らせたのだ。


【魔石管理局 新人の日々 おわり】
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