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崩れる塔

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「馬鹿者!
おまえは今自分がどれほど大切な人物になっているか、わかっていないのか!
……実はな、以前の大怪我でディオニシスの意識が戻らなかった時、私は兄上から相談を受けた。
 万一、ディオニシスがあのまま亡くなってしまったら、その時にはおまえを兄上夫婦の養子とし、リンガーの王子としたいという申し出だった。
 幸いにもあの時、ディオニシスは奇跡的に命を取り留めたが、今回はどうなるかわからない。
こんなことは考えたくないが、もしもこのままディオニシスがみつからなければ、おまえがディオニシスに代わり、リンガーの王子となるのだぞ。
それが、おまえの果たすべき使命なのだ。」

 「そ…そんな…
私が、リンガーの王子だなんて…そんな大それたこと…」

 両親から顔を背け、深くうな垂れたネストルの口端がわずかに上がる。



 「おまえが戸惑うのも無理はない。
ディオニシスは運の強い子だ。
 国民達は神に護られし王子と呼んでいる程のな…
私もきっと大丈夫だと信じているが、万一ということも考えておかなくてはならぬ。
だからこそ、おまえは元気にならねばならんのだ。
ディオニシスのため…そしてこの国のために…」

 「この国のため……」

ネストルは、小さな声で父親の言葉を繰り返すと、うっすらと濡れた瞳を父親に向けた。



 「……わかりました、父上。
それが、私の使命ならば、私は重い十字架を背負って生きていきます。
この命、我が国のために捧げましょう!
それが、ディオニシスのためにもなるのですね…」

 「あぁ、そうだ。
だが、それはあくまでもディオニシスに何かあった時のことだ。
 今は、皆で、ディオニシスの無事を神に祈ろう…」

 「そうですね…
彼ならきっと無事ですよ。
そうでなければ、私は……」

 涙に声を詰まらせるネストルの背中を、母親は優しくさする。



 (やはりそのような話が出ていたのか…
あの時は何も言わなかったくせに…
しかし、今度こそ間違いなく私は国王の養子となり、この国の王子になる。
これで良いのだ。
 私こそ、王子に相応しい人間なのだから…)

 込み上げる嬉しさに肩を震わせるネストルの真意も知らず、ネストルの父親は、心優しく責任感の強い息子を誇りに感じるのだった。
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