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崩れる塔

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「その通りです。
どちら側からも結界に近付くことは出来ません。
うかつに近付こうものならものすごい勢いで跳ね飛ばされてしまいます。
……ですが、もしも魔導師が結界に穴を開けることが出来たら…」

 「あ……」

ダニエルは、不意になにかを思い出したように小さな声を漏らした。



 「ダニエル…どうしたんですか?」

 「そうだ……突然、寒い場所に移って、しばらくすると、まるで歌のような不思議な言葉が流れて…」

 「ダニエル、それは魔導師の呪文の詠唱でしょう。
 誰かがその時、頂上の結界を破ったのです。」

スピロスの話によって、その時の記憶がダニエルの頭に浮かび上がった。
 風に乗って流れるような長い詠唱…
そして、ネストルが言った「破れた」や「開く」という言葉。



 (そうだ…それから、まるで身体が浮き上がるような感じがして…
その後、あの酷い痛みが…!)

 恐ろしい記憶にダニエルは両手で頭を抱えてうな垂れる。



 「ダニエル…なにか思い出したのですね。
これで、あなたの身体の酷い状態にも合点がいきました。
 種類の違う結界のぶつかり合う場所は、まるで剣の嵐のようなものだと聞いたことがあります。
 君は拷問を受けたわけではなく、結界をくぐったのですよ。
そんな場所を通りぬけて生きていられたのは奇蹟としか言えません。
……そういえば、君はなにか薬を飲まされたと言ってましたね。
もしかしたらそれが緩衝材の役目をしたのかもしれません。」

 「僕は結界を……
リンガーとロージックの結界を…」

スピロスの説明はすべてが合理的で、真実味を感じるものだった。
しかし、それでも、今、自分が敵対国のロージックにいるということがダニエルにはどこか信じられない気持ちだった。



 「……それにしても、君がリンガーの人間だったとは…
話せない事情があるというのも、わかるような気がします。
では、当然、先程の金髪と銀髪の二人もリンガーの?」

ダニエルは小さく頷いた。

 
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