あれこれ短編集

ルカ(聖夜月ルカ)

文字の大きさ
209 / 406
コンプレックス

しおりを挟む
「異常なし!さぁ、頑張って来なさい!」

 年配の医師はそう言って、僕の背中を思いっきり叩いた。



 「あ、あれ~?じゃ、じゃあ、僕の気のせいだったのかな?」

 僕は冷や汗をかきながら、下手くそな作り笑いを浮かべるしかなかった。



 ***



そんなことは言われなくてもわかってる。
だけど、なんでお医者さんがいるんだよ。
いるってわかってたら、最初からこんな芝居なんてしなかったのに…



今日は会社の運動会。
 今年から社長が代替わりし、その若き新社長の方針で、運動会が催されることとなった。



 「健全な精神は健全な肉体に宿る!」

 職場の壁には、お世辞にも上手だとは言えない文字でそう書かれたものが掲げられた。



なぜだ?
なぜ、大人になってからまで、運動会なんてものに出にゃならんのだ!?
 運動会なんて、忌まわしきものに……



僕の脳裏に、いやな記憶の数々が走馬灯のようによみがえる。



そう……誰にだって苦手なものの一つや二つはあるもんだ。
 僕は幸いルックスには恵まれていた。
 美男美女と言われる両親のもとに生まれた僕は、当然のごとく両親のDNAを受け継いで…どこに行っても、可愛いとちやほやされたものだった。
その上、頭も良く、明るくけっこう社交的で…
僕は、本当にのびのびとした幼少時代を過ごしていた。

ところが、小学生になって何年かが過ぎた頃…そんな毎日に暗い影が差し始めるのを僕は感じた。
それは、体育という科目のせいだった。
 僕は小さい頃から走るのは遅かったし、運動神経があまり良くないことは薄々感じていた。
それが僕のただの気のせい等ではなく、真実だということを突き付けられたのがその頃だ。
やがて、それは決定的なものとなり、運動音痴のうんちくんというありがたくないあだなをつけられるまでになった。
 秋になると毎年開催される運動会はまさに地獄だった。
 僕が登場すると、それだけでみんなが盛り上がる。
そして、僕が行動した途端、その場は爆笑とやじに包まれるのだ。
 頑張れば頑張る程、事態は悪くなった。
 玉入れに頑張ってたら、なぜだかかごがぶっ飛んで、僕の頭にすぽっと被さってきたり、大玉転がしでは、大玉に二回も轢かれてしまったり、二人三脚ではバランスをなくして、近くの人につい掴まってしまったら、そこらにいた全員が次々にバタバタと全員倒れてしまったり…
同級生はこういうのを「うんちの祟り」としてからかった。

そんなことから、僕の性格はだんだんと変化していった。
 趣味はいつしか読書とゲームに変わり、休みの日にも外に行くことは滅多になかった。
 子供の頃っていうのは、見た目が良いとか成績が良いってことよりも、運動がよく出来たり、面白いことが人気のバロメーターとされる。
 小さい頃にはたくさんもらってたバレンタインデーのチョコも、高校の頃にはお母さんとおばあちゃんからだけになっていた。


 大学は、家から離れたところに行った。
 運動会に悩まされることもなく、僕のことをうんちくんと呼ぶ者もいなくなり、僕はまた少しずつ元気を取り戻していった。
とはいえ、やはり長年の辛い体験が一気に忘れられるはずもなく、僕はどこか消極的な人間になっていた。
でも、そんな僕にも彼女と呼ばれる人が出来た。
それは、僕が小さな出版社に就職して二年目のことだった。
 新入社員の彼女は、僕とは違い、明るく元気で魅力的な女性だった。
すぐに、職場のマドンナのような存在になった彼女・敦美が、どうして僕のことを好きになったのかがわからないけど、とにかく、彼女の方から告白されて、僕たちは付き合うようになった。
その付き合いは至って順調で…僕はとても幸せな日々を過ごしていたのだけれど、そんな時にこの運動会だ…



(……きっと、これでもうおしまいだ。)


 僕がこれほど運動神経のない人間だと知られたら、きっと、彼女も僕に愛想を尽かすことだろう。
 楽しかった日々は半年足らずで幕を閉じるんだ……


そうならないために、僕はマスクをして、わざとらしい咳をしながらここにやってきた。
 「どうやら風邪をひいてしまったようなので、今日は休ませて下さい。」
そう言って帰る予定だったのに、なぜだかそこにはいるはずのないお医者さんがいて、僕の仮病は簡単に見破られてしまったんだ。
しかも、スポーツウェアも予備のものが準備してあるなんて…



あぁ、あぁ、わかったよ。
もう僕は観念した……
好きなだけ笑ってくれよ。



 ***



 「しっかし、意外だったな。」

 「本当に藤岡さんってお茶目~!」



やっぱりみんなには笑われたものの……それは意外と悪くない反応で……

運動会の後の打ち上げ兼夕食会では、僕はなぜだか話題の主役となっていた。


 「藤岡さんって、今までどこか近寄りがたい雰囲気あったけど、今日でイメージ変わっちゃった!」

え!?そうなの?
 僕をみつめる女子社員の瞳はなんだかハート型になってるようで……



「野村さん!だめよ!
 雅人は私のものなんだから!」

 僕の前にさっと現れた敦美に、男子社員からのひゅーひゅーという冷やかしの口笛が響いた。



あんな無様な姿を見ても、敦美は僕に愛想を尽かすことはなく、それどころか、却って僕への愛情は深まったようだ。
そのことが僕にとっては一番の誤算で、しかも、一番嬉しいことだった。



 *



 「ねぇ、敦美…
僕があんなに運動音痴だってわかって…なんともなかった?」

 「なんともって……そりゃあ、ちょっとはびっくりしたけど……
でも、雅人にも苦手なものがあるんだってわかったら、却って親近感がわいてきちゃった。」

 「そ、そう…?」



 今までずっと僕の心の闇となっていた運動が、それほど気に病む程のものではないとわかったら、少しずつ闇が晴れていくような気分だった。
ひさしぶりに身体を動かしたことも、気持ちが良かった。


 「それにしても、堅物だと思ってたのに、雅人ってけっこう面白い人だったのね。」

 「え…?」

 「だって、あんなに大げさな演技して……あんなおかしな走り方、コメディアンでもなかなか出来ないわよ。」

 「そ、そうかなぁ?」

どうやら敦美は、僕がウケ狙いで過剰に運動音痴をアピールしてると思っているようだ。
 晴れかかった心がまたどんよりと曇って来るのを感じながら、僕はへらへらと笑うしかなかった。


 ~fin.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...