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緑色の指輪
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*
「では、このままでしばらくお待ち下さい。」
鏡越しにそう言った彼の笑顔は本当に爽やかで……
私は、小さな声ではいと答えて、すぐに手元の週刊誌に目を落とした。
髪を全部カーラーで巻かれ、キャップをかぶせられた姿はあまり見栄えの良いものではない。
だから、恥ずかしくてなかなか顔を上げられない。
大人になってからの片想いっていうのも悪くない。
片思いっていうよりは、憧れといった方が良いのかもしれない。
職場には、心ときめく男性は一人もいない。
三十を過ぎたあたりから、出会いもほとんどなくなった。
本当なら、頑張って婚活でもしなきゃいけないんだろうけど、わざわざ出会いを求める気持ちもなくなって……
いつの間にかひとりでいることに慣れ、気が付けばひとりでいることが当たり前になってしまっていた。
最近では同性の友人さえもが煩わしく思えて、どこに行くにもひとりで行動するようになっていた。
ときめくのは映画やテレビの中の人だけ。
それで良い。
それが一番楽……
そんな時、久しぶりにときめいたのが、たまたま入った美容院の滝沢さんだった。
新規オープンとかで割引チケットを配っていたから。
それだけの理由で行った美容室。
一年近くも美容院に行かず、伸び放題になっていた髪を一つに束ねて……
私はそんな姿も少しも恥ずかしいなんて思ってなかった。
でも、そこで滝沢さんに出会ってから、三ヶ月に一度はその店を訪ねるようになった。
特に人目を引くタイプではない。
特別イケメンってこともないけれど、笑った時の顔がとても優しくて可愛くて……
滝沢さんの笑顔を見るだけで、いやな気分はどこかへ吹き飛んだ。
だけど、彼は私より明らかに年下で……私はこれといって特徴のない地味なタイプだから、きっと、私のことなんて、顔さえ覚えてはいないだろう。
お店に通い始めてから数ヶ月が経ったある日、彼が可愛らしい女の子と仲良さそうに歩いてるのを見かけた。
きっと、滝沢さんの彼女だ。
とてもお似合いの二人だった。
正直、ショックはあったけど、滝沢さんに彼女がいても不思議はない。
却ってそのことがわかってた方が、気が楽だ。
その方がただの片思いでいられるから……
三ヶ月に一度、彼の笑顔が見られるだけで私は幸せなんだから……
***
ある時、近所のショッピングセンターで、手作り市のような催しがあった。
小さなスペースに、素人さんが手作りしたものを展示、販売する催しだ。
冷やかしがてら見ていると、私はあるものに意外な程引き寄せられた。
小さな緑色の石の付いたシルバーの指輪だ。
その周りには、ブレスレットや他の指輪もいくつかあったけれど、他には全く目が行かず、緑色の指輪だけが私の気持ちを捉えて離さなかった。
私はそれを手に取り、薬指にさした。
それは、まるで、あつらえたようにぴったりだった。
指輪なんてもう何年もつけたことはなかった。
久しぶりのおしゃれを私の手はとても喜んでいるようだった。
自然に顔が綻ぶ……だけど、値段はそれなりに高かった。
他のアクセサリー店で探せばもっと安くで似たようなものがあるかもしれない…そんなことを考えたけど、どうしても、私はその指輪をはずすことが出来なかった。
次の日からずっと私はその指輪をさしていた。
手入れされてない指が急に恥ずかしく思えて、久しぶりにマニキュアを塗った。
いつもより、手が綺麗になった気がして心が弾んだ。
美容室に行くのがいつもよりもさらに楽しみになった。
*
「あ、その指輪!」
指輪を見た滝沢さんの驚きは尋常なものではなかった。
「この指輪がどうかしたんですか?」
「まさか、これ…手作り市で……」
「は、はい、そうです。」
「やっぱり……」
滝沢さんがなぜそんなに驚いているのか気にはなったけど、途中で担当が変わり、それ以上の話は出来なかった。
「13000円です。」
「はい、ではこれで……」
お会計を済ませた時、滝沢さんからメモを一緒に手渡された。
メモには仕事が終わってから会いたいということが書いてあった。
待ち合わせた喫茶店で、私は、指輪を作ったのが滝沢さんだということを聞かされた。
彼女の誕生日にプレゼントしようと作ったものの、その少し前に彼女とは別れ、プレゼントすることが出来なかった。
手元に置いておくのがいやで手作り市に出したものの、どうにも気に掛かってて、出品をキャンセルしようと思っていたら、それがすでに売れていたことを話してくれた。
「本当にすみません。
そんな縁起の悪いものを売ってしまって……
それは僕に買い取らせて下さい。」
「そうだったんですか……
でも、私なら大丈夫です。
とても気に入ってますし……ほら、けっこう似合ってると思いませんか?」
私は指輪をさした左手を滝沢さんの前に差し出した。
「……ありがとう、三浦さん。」
***
それが縁で、私達は結ばれた。
ただの憧れ…ただの片思い…
そう思ってた人が、私の旦那様になった。
縁起の悪いはずだった指輪は、私に大きな幸せをもたらしてくれた。
~fin.
「では、このままでしばらくお待ち下さい。」
鏡越しにそう言った彼の笑顔は本当に爽やかで……
私は、小さな声ではいと答えて、すぐに手元の週刊誌に目を落とした。
髪を全部カーラーで巻かれ、キャップをかぶせられた姿はあまり見栄えの良いものではない。
だから、恥ずかしくてなかなか顔を上げられない。
大人になってからの片想いっていうのも悪くない。
片思いっていうよりは、憧れといった方が良いのかもしれない。
職場には、心ときめく男性は一人もいない。
三十を過ぎたあたりから、出会いもほとんどなくなった。
本当なら、頑張って婚活でもしなきゃいけないんだろうけど、わざわざ出会いを求める気持ちもなくなって……
いつの間にかひとりでいることに慣れ、気が付けばひとりでいることが当たり前になってしまっていた。
最近では同性の友人さえもが煩わしく思えて、どこに行くにもひとりで行動するようになっていた。
ときめくのは映画やテレビの中の人だけ。
それで良い。
それが一番楽……
そんな時、久しぶりにときめいたのが、たまたま入った美容院の滝沢さんだった。
新規オープンとかで割引チケットを配っていたから。
それだけの理由で行った美容室。
一年近くも美容院に行かず、伸び放題になっていた髪を一つに束ねて……
私はそんな姿も少しも恥ずかしいなんて思ってなかった。
でも、そこで滝沢さんに出会ってから、三ヶ月に一度はその店を訪ねるようになった。
特に人目を引くタイプではない。
特別イケメンってこともないけれど、笑った時の顔がとても優しくて可愛くて……
滝沢さんの笑顔を見るだけで、いやな気分はどこかへ吹き飛んだ。
だけど、彼は私より明らかに年下で……私はこれといって特徴のない地味なタイプだから、きっと、私のことなんて、顔さえ覚えてはいないだろう。
お店に通い始めてから数ヶ月が経ったある日、彼が可愛らしい女の子と仲良さそうに歩いてるのを見かけた。
きっと、滝沢さんの彼女だ。
とてもお似合いの二人だった。
正直、ショックはあったけど、滝沢さんに彼女がいても不思議はない。
却ってそのことがわかってた方が、気が楽だ。
その方がただの片思いでいられるから……
三ヶ月に一度、彼の笑顔が見られるだけで私は幸せなんだから……
***
ある時、近所のショッピングセンターで、手作り市のような催しがあった。
小さなスペースに、素人さんが手作りしたものを展示、販売する催しだ。
冷やかしがてら見ていると、私はあるものに意外な程引き寄せられた。
小さな緑色の石の付いたシルバーの指輪だ。
その周りには、ブレスレットや他の指輪もいくつかあったけれど、他には全く目が行かず、緑色の指輪だけが私の気持ちを捉えて離さなかった。
私はそれを手に取り、薬指にさした。
それは、まるで、あつらえたようにぴったりだった。
指輪なんてもう何年もつけたことはなかった。
久しぶりのおしゃれを私の手はとても喜んでいるようだった。
自然に顔が綻ぶ……だけど、値段はそれなりに高かった。
他のアクセサリー店で探せばもっと安くで似たようなものがあるかもしれない…そんなことを考えたけど、どうしても、私はその指輪をはずすことが出来なかった。
次の日からずっと私はその指輪をさしていた。
手入れされてない指が急に恥ずかしく思えて、久しぶりにマニキュアを塗った。
いつもより、手が綺麗になった気がして心が弾んだ。
美容室に行くのがいつもよりもさらに楽しみになった。
*
「あ、その指輪!」
指輪を見た滝沢さんの驚きは尋常なものではなかった。
「この指輪がどうかしたんですか?」
「まさか、これ…手作り市で……」
「は、はい、そうです。」
「やっぱり……」
滝沢さんがなぜそんなに驚いているのか気にはなったけど、途中で担当が変わり、それ以上の話は出来なかった。
「13000円です。」
「はい、ではこれで……」
お会計を済ませた時、滝沢さんからメモを一緒に手渡された。
メモには仕事が終わってから会いたいということが書いてあった。
待ち合わせた喫茶店で、私は、指輪を作ったのが滝沢さんだということを聞かされた。
彼女の誕生日にプレゼントしようと作ったものの、その少し前に彼女とは別れ、プレゼントすることが出来なかった。
手元に置いておくのがいやで手作り市に出したものの、どうにも気に掛かってて、出品をキャンセルしようと思っていたら、それがすでに売れていたことを話してくれた。
「本当にすみません。
そんな縁起の悪いものを売ってしまって……
それは僕に買い取らせて下さい。」
「そうだったんですか……
でも、私なら大丈夫です。
とても気に入ってますし……ほら、けっこう似合ってると思いませんか?」
私は指輪をさした左手を滝沢さんの前に差し出した。
「……ありがとう、三浦さん。」
***
それが縁で、私達は結ばれた。
ただの憧れ…ただの片思い…
そう思ってた人が、私の旦那様になった。
縁起の悪いはずだった指輪は、私に大きな幸せをもたらしてくれた。
~fin.
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