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明けの明星

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「にゃ~~」

「なんだ、もう起きてきたのか…まだ早いぞ。」



目を細め、すり寄って来た黒猫の身体を抱き上げると、アズラエルはその小さな身体を自分の膝の上にそっと降ろした。



「おまえにもあれが見えるか…
あの赤い星が…」

まだ明けきらない瑠璃色の夜空の中で、一際輝く明るい星…



「……光をもたらす者…か…」



(……おまえは、今、どこに……)







「ハハハハハハ…
性懲りもなく、また現れたか…」

笑い声と共に、金色に輝く長い絹糸のような髪が揺れる…

「ルシファーよ…
いいかげんに悪事を働くのはやめたらどうだ…
おまえ自身、本当はそんなことをすることに嫌気がさしているのではないのか?」

「面白いことを言う男だな。
悪魔に悪事を働くのをやめろというのか…?
それに、私は自分の意思でこんなことをしているのではない。
お前達、人間の欲望がそうさせるのだ。
私は、それにほんの少し手助けをしてやっているだけ…
いわば、人助けのようなものだ。
その証拠に、私が関わった人間達は、皆、私に深く感謝しているようだぞ。」

「馬鹿な!
人間の弱味に付け入り、取り返しの付かない程の闇の世界に引きずり込んでいるのはおまえの方ではないか!」

「おまえは私に対して相当の悪意を持っているようだな。
真実をねじまげて考えている。
人間は、元々醜い心を持ったものなのだ。
それを心の底に押し隠して生きている。
つまり、無理をしているのだ。
本来の心を解放されることを、本当は、皆、待ち望んでいる。
おまえは知らないのか?解放された時の人間の悦びようったらないぞ…
実はおまえ自身もそうなのだろう?
人の手本として真面目に生きることに、本当は疲れきっているのだろう?
あれもだめ、これもだめ…そんなに無理をしてどうする?
解き放て…楽になれるぞ…
本来のお前の悪しき心を解き放て…!
私がいくらでもその手助けをしてやるぞ…」

「愚かな……
おまえは、やはり地に堕ちた者なのだな…
せっかく光輝く世界に生まれていながら……
しかし、それも今日で終わりだ…
おまえを無に還してやろう…私がこの命を賭けて…!」

「ほぉ…そんなことをして良いのか?
おまえがいなくなったらあの美しい妻は、そしてあの無邪気な少年はさぞ悲しむだろうな…」

「……妻や息子は、私のことを必ず理解してくれる…」

「たいした自信だな…」


ルシファーの形の良い桜色の唇に皮肉な笑みが浮かんだ。

 
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