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ルカ(聖夜月ルカ)

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湯の花

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「あぁ、良い気持ち…」

私は思わず呟いた。



ただ湯の花を入れただけなのに、いつもより体が温まるような気がする。
独特のにおいもなんだか落ち着く。



でも、本当はこんなはずじゃなかった。
あなたと二人、広い温泉に浸かって絶景を眺めるはずだったのに。
熱い涙が一筋、頬を伝った。



常々、体が丈夫なことだけが取り柄だと言ってた彼が体の変調を訴えたのは一年程前のことだった。
まさか、彼が悪い病気に冒されるなんて、考えたことも無かった。



いつも元気だった彼が、みるみるうちに痩せてやつれて弱っていった。



「久美、温泉に行かないか?」

「えぇ、行きましょう。
退院したらね。」

彼は、小さく首を降る。



「……行きたいんだ。
温泉に浸かったら、体にも良いと思うんだ。」

もう生きられる見込みはないのに。
切なくて泣きそうになるのを懸命に堪えた。



そうだ…行きたいのなら、その願いを叶えてあげるのも良いかもしれない。
だって、きっとそれは最後の希望になるんだろうから。



「そうね。じゃあ、先生に相談してみましょう。」



先生は良い顔はしなかった。
最後に彼の願いを叶えてあげたいのだと説得を続け、どうにか渋々聞き入れてくれた。



「OKが出たわよ!」

彼は嬉しそうに微笑んだ。



「明日から体力付けなきゃな。」

久しぶりに見た明るい笑顔だった。



行き先を決め、宿を予約し、着々と準備は進んだ。
彼は運動のため、病院の周りを何周もするようになり、残さず食事をたいらげるようにもなり、以前より顔色も良くなった。
もしかしたら、奇跡が起きて、彼は余命以上に生きるのではないか?
そんな予感すら感じた。



「あなた!しっかりして!」



ところが、旅行の二日前に容態は急変。
彼は呆気なく逝ってしまった。



魂の抜け殻みたいな日々が続いた。
彼の死は、私には受け止められない程の衝撃を与えた。



三年の時が流れた。
諦めのようなものが出て来て、表面的には普通に暮らせるようになっていた。
でも、テレビの旅番組で、彼と行くはずだった温泉を見て、また涙が止まらなくなった。



七年の時が流れた。
いつの間にか、彼がいない生活を受け入れている自分がいた。



ふらりと立ち寄った雑貨店で、私は湯の花を買った。
まだ一人で旅行に行くことは出来ないけれど、温泉気分は感じられる。



(あなたと一緒に行きたかったな…)



温かな湯に浸かりながら、私は彼の笑顔を思い出していた。

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