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「ようし、まずは酒場だな…
苛々した時はたらふく食って、たらふく飲んで寝ちまうに限る!」

『……おまえの頭の中には食べることと飲む事しかないんだな…』

「う、うわっ!
お、おまえ、いつの間に…!」

突然聞こえた低い声に、ジュリアンは驚き、その場から飛び退いた。



『……まるでかえるみたいだな。』

「うるせぇ!おまえが驚かすからだろ!
ずるいぞ!俺は一生懸命走って来たのに…!」

息まくジュリアンをエレスは呆れ顔でじっとみつめる。



『……ずるい、か……おまえはそればっかりだな。
わかっているはずだ。私は人間ではないのだぞ。
歩いたり走ったりしなくても別に構わないではないか…』

ジュリアンは険しい顔をして舌を打ち、エレスから顔を背けて歩き始めた。



『おい、話はまだ終わってないはずだが…』

「無視無視無視…」

ジュリアンは口の中でもごもごと呪文のように呟くと、エレスの方には全く顔を向けず、ただ前だけを向いて歩いていく。



「あ……」

ジュリアンは、少し先の荷車の傍に、女性がうずくまっているのをみつけて声を上げ、それと同時に女性の傍に駆け寄った。



「おい、どうかしたのか?」

「あ…すみません。
荷車にぶつかって…」

顔を上げた女性は黒い眼鏡をかけ、女性の傍らには散乱した野菜と白い杖が落ちていた。



「あ…あんた…」

ジュリアンは、女性の目が不自由なことを察し、散らばった野菜を拾い集める。



「あ、あんた、足にけがしてるぜ。」

「え…?あぁ、このくらい大丈夫です。」

女性は、その場から立ちあがろうとするが、足に痛みを感じたのか、顔を曇らせ短い声を上げた。



『ジュリアン、もしかしたらその者は足首をひねったのかもしれないぞ。』

「いえ、大丈夫です…
たいしたことはありません。」

そう言うと女性は荷車につかまり、気丈に立ち上がる。
だが、その顔を見れば女性が無理をしていることはすぐにわかった。



「ちょ…ちょっと、あんた…
今、なんで返事したんだ?」

エレスの身体はジュリアン以外には見えず、その声ももちろん聞こえない。
なのに、女性がまるでエレスの声が聞こえたかのように返事をしたことを不審に感じ、ジュリアンはその理由を尋ねた。



「え……?
でも、もう一人の方が……」

その言葉に、ジュリアンとエレスは酷く驚き、お互いに顔を見合わせた。

 
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