1ページ劇場②

ルカ(聖夜月ルカ)

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雨の中の別離

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降り続く雨の中…
野生の馬の群れが颯爽と駆けて行く…



私は、テーブルの上に置いた小箱を開けた。
そこには、小さなダイヤの付いた指輪が収まっている。
 指輪は私を遠い過去に誘う…



お気に入りのレストランで、私は静かな雨音を聞いていた。
それはなによりも心の落ち着く魔法の旋律…



「美香、俺と結婚してくれ!」

その静けさを破ったのは、唐突な信也の言葉。
 信也は、混乱する私の目の前に、この指輪を差し出した。



あの時…どれほど嬉しかったことか…
まさに世の中が薔薇色に輝いて見えた瞬間だった。
 信也とのお付き合いは順調だったし、いつかこんな日が来るだろうとは思っていたけれど、いざ、それが現実になると、その感動は予想を遥かに超えるものだった。



 (信也……)



 本当に幸せで…私は、その幸せがずっと続くものだと思ってた。
 結婚してもしばらくは二人で一生懸命働いて、郊外に小さな中古の一軒家でも買って…
それから、子供が少し大きくなったら、その子を連れてまたこのレストランに来よう…
そんなことをあれこれ考えて、その晩はほとんど眠れない程だった。



だけど、次の日…
私のそんな甘い想像は、脆くも崩れ去った。



 先週受けた検査の結果が出たのだ。
 度々痛みはあったものの、まさかそれほど悪いなんて思ってもみなかった。



 「残念ですが……」

 「先生…私あとどのくらい生きられるんですか?」

 「……約半年でしょうか…」



 目の前が真っ暗になった。
 今、告知されたことがとても信じられなかった。
 私は次の日、別の病院を訪ねた。
そこでも同じような検査を受け…出た結果はやはり同じものだった。



 私の思い描いた夢は、叶えられることはないんだということが、はっきりと理解出来た。



 泣いて泣いて、一晩中、泣いて…



私はある決意をした。
それは、この町を離れ、故郷の近くにあるホスピスに入ること。



 私に付き付けられた事実を信也に話したら…
彼は絶対にすぐに結婚しようっていうに決まってる。
 結婚して、すぐにいなくなってしまう私を、彼ならきっと最期まで献身的に看てくれるだろう。
そうなれば、彼にいろんな面で迷惑をかけてしまう。
 私は信也に何もしてあげられないのに、彼には深い傷を付けてこの世を去らなければならないなんて、そんなこと、とても耐えられない。



だから、私は彼に何も言わずに彼の元から姿を消した。



 指輪だけは返すことが出来なかった。
 指輪をつけていると、彼とどこかで繋がっていられるような気がして…
心細い気持ちを支えてもらった。



 数か月もすると、指輪は私の細くなった指から外れてしまうようになった。
それからは、指輪を小箱に入れて、それを毎日眺めるのが私の唯一の楽しみとなった。



 私に残された時間は刻一刻とすり減って行き…



紫陽花の花が美しい花を咲かせる季節に、私はこの世を去った。
 医師の診立ては正確だった。



 死んでから、私はずっと信也の傍にいた。
だけど、彼は何も気付かない。
 六年もの間…彼は私を探し続けてくれた。
それはとても嬉しかったけど、信也に申し訳なくて、私はずっと彼の傍で言い続けた。
 私のことは早く忘れて…って。



ようやく彼が結婚した時、私はそのことを心の底から良かったと思えた。
 彼が幸せになることが、私にとっては一番嬉しいことだから。



だけど、彼はまだ心の中で私を想ってくれていた。
そのことが辛くて、私は天に上ることが出来なかった。



 「信也…私のことは早く忘れて、弥生さんと子供達だけを愛してあげて。」



 何度、彼の傍でそう言い続けたことだろう?



ある日、彼はあのレストランに向かった。
 久しぶりのレストランは、まるで時が止まったかのように、少しも変っていなかった。
マスターは代替わりをしていたけれど、私のお気に入りのあの席も、あの庭の眺めも、そして静かな雨音も少しも変わっていなかった。



 私は紫陽花の傍に立ち、静かな雨を感じた。



 「信也…お願いだから私のことは早く忘れて。」



 信也は、昔の私のように、目を閉じ、優しい雨音に耳を傾けていた。
その時だった。



 「さようなら、美香…俺、もうおまえのことは忘れるよ…」

 信也の心の声がはっきりと聞こえた。



 切ないけれど、私の願いがついに聞き入れられたのだ。



 「ありがとう、信也…」



 優しい雨の降り続く中、私はゆっくりと空に昇って行った。



 (これからも、あなたの幸せを祈ってる…)



 優しい雨が私の涙を洗い流してくれた。



 ~fin. 
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