1ページ劇場④

ルカ(聖夜月ルカ)

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あの日

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(……暑いな。まるで蒸し風呂だ。)



ベランダから見る景色はあの時のままなのに、やはり、違う。
このまとわりつくような暑さも、この寂しい気持ちも、あの時とはまるで違う。



(もう戻れないんだよな、あの頃には…)



俺は、あの寒い季節に想いをはせた。



「テル!来て来て!」

「……どうした?」

「良いから早く!」

まだはっきりしない頭で、俺はベッドから起きて…
刺すような寒さに身を縮めながら、ベランダに出た。



「どうかしたのか?」

「ほら、見て。」

沙也加はベランダの黒い手すりを指差す。



「え?どういうこと?」

「もうっ!ほら、雪の結晶だよ!」

「……え?」

そんなことのために、この寒い中、わざわざ起こしたのか。
ちょっと不快な感情と、沙也加らしいなと思う諦めの感情が交差する。



「雪の結晶って、似てるけど、全く同じものはないらしいよ。すごいよね。」

沙也加は興奮した様子でそう言う。
俺にとってはどうでも良いことだけど、そんなことは言えない。



「へぇ、そうなんだ。すごいな。」

結晶を見るふりをしながら、本心とは裏腹な言葉を言った。



「本当にすごいことだよね。」

沙也加はそう言って、降りしきる雪を見上げていた。



それが、沙也加との最後の思い出になるなんて…
俺には虫の知らせみたいなものはまるでなかった。
その日も、いつもと同じような日になるはずだったのに、沙也加は急に逝ってしまった。



結婚してまだ三ヶ月も経たない頃のことだった。
あまりにも突然のことで、なかなか現実を受け止めることが出来なくて…



俺の周りは、沙也加がいた頃と何も変わってはいない。
ただ、沙也加がいないだけ。
もう半年以上の時が流れたのに、俺はまだどこか現実を受け入れられていない。
今でも、ひょいとどこかから沙也加が現れるような…そんな予感を感じている。



また冬になれば…
あの時と同じように雪の結晶を見れば…



俺は現実を受け入れることが出来るのだろうか?
沙也加がもう二度と戻って来ないことを、理解出来るのだろうか?



あと数ヶ月…
俺は、時の流れに身を任せよう。
あの白い雪が降る日まで、何も考えずに…




(沙也加……)



心の中で呟いた言葉に返事はなく、ベランダの手すりにも何も無い。



今はただ、寒い季節を待つしかなさそうだ。
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