1ページ劇場④

ルカ(聖夜月ルカ)

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恵方を向いて

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「お~い、買ってきたぞ~!」

「わぁい!」

バタバタとけたたましい音を立て、走って来たのは食いしん坊の三男・たかしだった。



「早く食べようよ。」

「まだ豆まきもしてないじゃないか。
兄ちゃん達もまだ帰って来てないし、もうしばらく待て。」

「ちぇー…」

不貞腐れた顔をして、たかしがみつめるのは風呂敷包みだ。
レジ袋が配られないようになってから、世間ではエコバッグが推奨されているけれど、俺は風呂敷包みを持って行っている。
母さんがいろんなものの包み方を教えてくれたから、今では本当に重宝している。
とはいえ、風呂敷を使ってるのは俺と母さんだけなのだが。
妻に勧めたら、いつもの分量を風呂敷に包んで担いだら、泥棒か夜逃げに間違えられるからいやだ、とのこと。
まぁ、確かにそう見えないこともないだろう。
うちは大家族だから。
俺は今日みたいにちょっとしたおつかいくらいしか行かないから、妻の大変さはわからないのかもしれない。



夕方になり、子供たちと一緒に豆をまいた。



「鬼は~外。福は~うち!」

「鬼は~外。福は~うち!」



スーパーでもらった鬼の面を付け、子供たちの投げる豆に痛そうなふりをする。
その様子に、子供たちは楽しそうに笑ってる。
こんなことが出来るのもあと数年だ。
大きくなったら、豆まきなんかでは喜んでくれなくなる。



しばらくすると、部活を終えた長男や長女が帰って来た。



「いいか~!今年の恵方は南南東。つまりこっちだ。
食べてる間はしゃべるんじゃないぞ。」

恵方巻きを持った我が家の家族10人が、皆、一様に南南東を向き、恵方巻きを丸かぶりする。
実に不思議な光景だ。
タンスの上のタマは、そんなことを少しも意に介さず、すやすやと眠っている。



異様に静かな座敷に、10人の咀嚼音だけが響く。



「やった~!一番だ!」



大きな声を出したのは、たかしだった。
なんて早いんだ。
大人の俺よりも早く食べ終わるとは。



「こら、静かにしろ。
競争じゃないんだぞ。」

「父ちゃん、早くごはん食べようよ。」

「みんなが恵方巻き食べ終わってからだ。」

一番遅かったのは意外にも妻だった。
ただのまじないかもしれないが、今年も豆まきをして恵方巻きを食べて、なんだかすっきりした。



(どうか今年もみんなが無事に過ごせますように。)
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