1ページ劇場⑤

ルカ(聖夜月ルカ)

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三月の雪

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「……綺麗だね。」

「そりゃそうよ。張り込んだんだから。」

僕たちは、真新しい雛人形をずっとみつめていた。
来年はどうするのだろう?
ふと、そんなことを考えた。



この雛人形の主は、もうこの世にはいない。
急な病で、呆気なく行ってしまった。
この雛人形を見ることも無く。



「無理してでももっと早く買ってやれば良かったな。」

「……そうね。」



娘がまだ幼い頃、僕は仕事を辞め、以前からの夢だった料理屋を開いた。
しかし、現実は厳しかった。
なかなか店は流行らず、家族には苦しい想いをさせてしまった。
まだ狭いアパート暮らしだったし、誕生日にさえもたいしたことはしてやれなかった。



何度も辞めようかと思ったが、僕はどうしても夢を諦めきれなかった。
家族に対して申し訳ないという気持ちはあったが、借金を重ねながら、どうにか店を続けた。



そのうちに、ようやく店は軌道に乗り、借金も返すことが出来た。
これからはやっと家族にも恩返しが出来る。
まず、僕は郊外に家を買った。
ローンはまだまだ長いが、狭いアパート暮らしから、僕たちはやっと抜け出すことが出来た。



「ゆき、何か欲しいものはあるか?」

「私……お雛様が欲しい。」

「お雛様?」

「うん、階段みたいになってて、たくさんのお人形が並んでるお雛様。」



意外な気がした。
娘が欲しがるとしたら、ゲーム機か、アクセサリーのようなものではないかと思っていたから。
今までも、お雛様が欲しいなんて、一度も行ったことはなかった。



「よし、わかった。
立派なお雛様を買ってやるからな。」



僕は、次の日早速、雛人形を買いに行った。
何店か見て歩き、三軒目の店で気に入った雛人形をみつけた。
妻には、そんなに高いものを買ったのかと呆れられたけど、僕は気に入った雛人形が買えて満足していた。



「早速、飾らないとね。」

「まだ3月にもなってないのに早いんじゃないか。」

「何言ってるの。お雛様はね、早く出して早く片付けないと、嫁に行くのが遅くなるっていうのよ。」

「良いじゃないか。ゆきが早くに嫁に行ったら寂しいから、ギリギリに出そう。」

「もう、あなたったら。」



そして、雪の降る寒い日に、ゆきは突然逝ってしまった。
あの日降っていた綿雪を、僕は一生忘れないだろう。
それからは雛人形のこともすっかり忘れていた。
だけど、妻が昨夜急に言ったのだ。
雛人形を飾りましょう、と。



「君の言う通り、早くに出せば良かったな。
そしたら、ゆきにも見せてやれたのに。
僕がつまらないことを言ったせいで、見せてやれなかった。」

妻は、ほんの少しだけ微笑んだ。



「仕方ないわよ。
でも……あ……あなた!」

「え?」

ふと、妻が指さす方を見てみたら、窓の向こうにちらほらと雪が舞っていた。
もう3月も終わりだと言うのに、丸い綿雪が…



「……ゆきがお雛様を見に来たのよ。」

妻の言葉に、僕は涙が溢れ止まらなくなった。



「ゆき…ゆきーっ!」

僕は娘の名を呼んだ。



来年も、そしてその次の日も…
毎年、お雛様を飾ろう。



きっと、ゆきは見てくれているだろうから。

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