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金環日食の時
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「おばば様、今朝はずいぶんと早起きなのですね。」
「ふん、わしだってたまには早く起きることくらいあるわい。
それより……おまえ、なんで着いて来る?」
「だって、私はおばば様の弟子ですから。」
「着いて来たって面白いことなんてなにもありゃせんぞ。
ただの散歩じゃからな。」
「構いませんよ。」
干からびた小柄な老婆の後を、その老婆とはおよそ似つかわしくない若い男性が着いて行く。
背は高くすらりと伸びた手足、そして整った顔立ちは、世間でイケメンと呼ばれる要素を全て満たしていた。
ついさっき明けたばかりの空は、抜けるような青空だ。
「……そういえば、おばば様。
今日は、金環日食ですよ。
このところ、人間共が騒いでおりました。」
その言葉に、老婆は嘲るように鼻を鳴らした。
「まぁ、おばば様はそんなもの関心はないでしょうけど……
昔の人間はこういうことをたいそう怖れていたものです。
なにか悪いことの前触れだとか、そんな風に考えて……
ところが、今では……」
弟子は遠くをみつめるような眼差しでとつとつと独り言つ。
「ねぇ、おばば様……あ、あれ?」
今しがたまでそこにいた筈の老婆の姿を青年が探すと、老婆はいつの間にか青年から離れた場所に立っていた。
「おばば様!」
「なんじゃ、うるさいのう。
わしゃ、今、忙しいんじゃ。」
老婆をみつけ、青年が声をかけると、煩わしそうに老婆は振り返った。
「うわっ!」
老婆の小さな顔の半分以上を覆い隠す面妖なサングラスに、青年は思わず声を上げる。
「お…おぉ、始まった…!」
そんな青年のことは気にもせず、老婆は空を仰ぎ、にんまりと微笑んだかと思うと、おもむろに懐から何かを取り出しそれを空にかざした。
「お、おばば様!いつの間にスマホを……!
しかも、その装備……」
青年は、スマホのレンズとファインダーに取り付けられたフィルターを見逃さなかった。
(さすがはおばば様だ!
スマホで直接太陽を撮影をしてはいけないということを知ってらっしゃる……
って、そんなことに関心してる場合か!)
「おばば様!
何度もご注意したはずですぞ!
むやみに人間と接触してはならぬと……」
「おぉっ!バッチリ映っておる!
ほれ!見てみい!」
「おぉっ!これは見事な金環でございますな!」
老婆は青年の言葉など聞いてはおらず、青年もそんな老婆の煙に巻かれた。
「ふっふっふっ…
これを待ち受けにしておくと、金運アップらしいからな。
……では、帰るぞ!」
「はい……え…えぇっ!」
すたすたと家路を戻り始めた老婆の後を、青年は小走りで着いて行く。
彼らの頭上ではまだ世紀の天体ショーが続いていた。
「ふん、わしだってたまには早く起きることくらいあるわい。
それより……おまえ、なんで着いて来る?」
「だって、私はおばば様の弟子ですから。」
「着いて来たって面白いことなんてなにもありゃせんぞ。
ただの散歩じゃからな。」
「構いませんよ。」
干からびた小柄な老婆の後を、その老婆とはおよそ似つかわしくない若い男性が着いて行く。
背は高くすらりと伸びた手足、そして整った顔立ちは、世間でイケメンと呼ばれる要素を全て満たしていた。
ついさっき明けたばかりの空は、抜けるような青空だ。
「……そういえば、おばば様。
今日は、金環日食ですよ。
このところ、人間共が騒いでおりました。」
その言葉に、老婆は嘲るように鼻を鳴らした。
「まぁ、おばば様はそんなもの関心はないでしょうけど……
昔の人間はこういうことをたいそう怖れていたものです。
なにか悪いことの前触れだとか、そんな風に考えて……
ところが、今では……」
弟子は遠くをみつめるような眼差しでとつとつと独り言つ。
「ねぇ、おばば様……あ、あれ?」
今しがたまでそこにいた筈の老婆の姿を青年が探すと、老婆はいつの間にか青年から離れた場所に立っていた。
「おばば様!」
「なんじゃ、うるさいのう。
わしゃ、今、忙しいんじゃ。」
老婆をみつけ、青年が声をかけると、煩わしそうに老婆は振り返った。
「うわっ!」
老婆の小さな顔の半分以上を覆い隠す面妖なサングラスに、青年は思わず声を上げる。
「お…おぉ、始まった…!」
そんな青年のことは気にもせず、老婆は空を仰ぎ、にんまりと微笑んだかと思うと、おもむろに懐から何かを取り出しそれを空にかざした。
「お、おばば様!いつの間にスマホを……!
しかも、その装備……」
青年は、スマホのレンズとファインダーに取り付けられたフィルターを見逃さなかった。
(さすがはおばば様だ!
スマホで直接太陽を撮影をしてはいけないということを知ってらっしゃる……
って、そんなことに関心してる場合か!)
「おばば様!
何度もご注意したはずですぞ!
むやみに人間と接触してはならぬと……」
「おぉっ!バッチリ映っておる!
ほれ!見てみい!」
「おぉっ!これは見事な金環でございますな!」
老婆は青年の言葉など聞いてはおらず、青年もそんな老婆の煙に巻かれた。
「ふっふっふっ…
これを待ち受けにしておくと、金運アップらしいからな。
……では、帰るぞ!」
「はい……え…えぇっ!」
すたすたと家路を戻り始めた老婆の後を、青年は小走りで着いて行く。
彼らの頭上ではまだ世紀の天体ショーが続いていた。
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