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夏祭りの約束
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(……やっぱり失敗だったな…)
この町に越して来て早や数ヶ月……
ここに来た理由は、ただ、あの町にいたくなかったから。
ふらっと駅に行って、何度か電車を乗り換えて、辿り着いたのがここだった。
家を決め、職も探して、私は何も考えず、ただ一日一日をこなしていって……
そのうちに、不安定だった私の気持ちも少しずつ落ち着き、そのうち、もう少し人間らしい暮らしをしようと考えるまでになっていた。
(失敗なんかじゃない。
こんな所に、こうして来られたこと自体、大きな進歩じゃない。)
最後に着たのは一体いつだっただろう?
多分、まだ高校生の時じゃなかったかと思う。
それ以来、ずっと着た事もなかった浴衣を先日新調した。
新調とはいっても、安物の既製品。
帯や小物もセットになってる。
たまたま見かけた紫色の浴衣に、私は妙に気を引かれ、気が付くとそれを衝動買いしていた。
その時、レジの横に貼ってあったのが、明後日に開催される夏祭りの告知。
浴衣を買う時には、特に何も考えてはいなかった。
だけど、それを見た途端、私はその浴衣を着て夏祭りに行く事をなんとなく決めていた。
すれ違う人々は、誰も彼もがどこか浮かれた顔をしている。
その中にいると、ひとりぼっちでいることが殊更に寂しく感じられた。
久し振りの人ごみも少々堪えて、私は少し離れた公園に向かった。
(工場の人でも誘えば良かったかな……)
遠くから聞こえる盆踊りの音を聞きながら、私はベンチに座り、ぼんやりとそんなことを考えた。
でも、そんなことを言える程、親しい人は誰もいない。
「あの……」
「えっ!?」
不意にかけられた声に振り向くと、それは人懐っこい笑顔を浮かべる青年だった。
「な、何か?」
「綺麗な浴衣ですね。」
「あ、ありがとうございます。」
悪い人には思えなかったけど、だからって安心だとは限らない。
こんな人気のない公園に来てしまったことを私は後悔し、男性に気付かれないように身構えた。
「あ…あの、私……」
「お願いがあるんです。」
「……お願い?」
その場を去ろうとした私の声に彼の声が重なリ、私は反射的に聞き返していた。
「花火を見せてもらえませんか?」
「でも…花火なんて持ってませんけど……」
「……そうですか…」
ごく当たり前のその返事に、彼は酷く悲しそうな顔をした。
まるで、この世の終わりのような……
「じゃあ、私、これで……」
彼は何も言わず、少し歩いて気になった私が振り向くと、彼はとても寂しそうな表情を浮かべて私に手を振っていた。
「……あ、あの…明日でも良いですか?」
「え…?」
「明日、花火を持ってまたここに来ます!」
そう言い残し、私はその場を走り去った。
この町に越して来て早や数ヶ月……
ここに来た理由は、ただ、あの町にいたくなかったから。
ふらっと駅に行って、何度か電車を乗り換えて、辿り着いたのがここだった。
家を決め、職も探して、私は何も考えず、ただ一日一日をこなしていって……
そのうちに、不安定だった私の気持ちも少しずつ落ち着き、そのうち、もう少し人間らしい暮らしをしようと考えるまでになっていた。
(失敗なんかじゃない。
こんな所に、こうして来られたこと自体、大きな進歩じゃない。)
最後に着たのは一体いつだっただろう?
多分、まだ高校生の時じゃなかったかと思う。
それ以来、ずっと着た事もなかった浴衣を先日新調した。
新調とはいっても、安物の既製品。
帯や小物もセットになってる。
たまたま見かけた紫色の浴衣に、私は妙に気を引かれ、気が付くとそれを衝動買いしていた。
その時、レジの横に貼ってあったのが、明後日に開催される夏祭りの告知。
浴衣を買う時には、特に何も考えてはいなかった。
だけど、それを見た途端、私はその浴衣を着て夏祭りに行く事をなんとなく決めていた。
すれ違う人々は、誰も彼もがどこか浮かれた顔をしている。
その中にいると、ひとりぼっちでいることが殊更に寂しく感じられた。
久し振りの人ごみも少々堪えて、私は少し離れた公園に向かった。
(工場の人でも誘えば良かったかな……)
遠くから聞こえる盆踊りの音を聞きながら、私はベンチに座り、ぼんやりとそんなことを考えた。
でも、そんなことを言える程、親しい人は誰もいない。
「あの……」
「えっ!?」
不意にかけられた声に振り向くと、それは人懐っこい笑顔を浮かべる青年だった。
「な、何か?」
「綺麗な浴衣ですね。」
「あ、ありがとうございます。」
悪い人には思えなかったけど、だからって安心だとは限らない。
こんな人気のない公園に来てしまったことを私は後悔し、男性に気付かれないように身構えた。
「あ…あの、私……」
「お願いがあるんです。」
「……お願い?」
その場を去ろうとした私の声に彼の声が重なリ、私は反射的に聞き返していた。
「花火を見せてもらえませんか?」
「でも…花火なんて持ってませんけど……」
「……そうですか…」
ごく当たり前のその返事に、彼は酷く悲しそうな顔をした。
まるで、この世の終わりのような……
「じゃあ、私、これで……」
彼は何も言わず、少し歩いて気になった私が振り向くと、彼はとても寂しそうな表情を浮かべて私に手を振っていた。
「……あ、あの…明日でも良いですか?」
「え…?」
「明日、花火を持ってまたここに来ます!」
そう言い残し、私はその場を走り去った。
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