１ページ劇場①

おでんはいかが？

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（……ん？）


 店に入った途端に、僕はあることに気が付いた。
 壁に貼られた「おでん始めました！」の文字に。



 「いらっしゃい。
 今日は涼しかったですね。」

 「そうですね。
 日中はそうでもありませんが、夕方になると良い風が吹き始めましたね。」

 「本当…肌寒いですよね。
……で、原田さん、今日は何になさいますか？」

 「そうですね……」

 実は、僕は今日はカレーが食べたいと思っていたのだけど、なぜだかすぐにはそう言えなかった。



 （あ…そうか……）


その時、僕は壁の張り紙に目を遣った。


 「えっと……今日は肌寒いから、おでんでも…いただこうかな…？」

 僕がそう言うと、めぐみさんはとても嬉しそうな顔で微笑んだ。



 「マスター、おでんのセットお願いします！」

めぐみさんの明らかにいつもより大きな声が店の中に響いた。



 「原田さん？いかがですか？」

 「え…はい、とてもおいしいです。」

めぐみさんは、おでんを運んで来てからなぜだか僕の傍にいて、僕におでんの感想を訊ねた。



 「めぐみ、ご迷惑だろ。」

 普段滅多に話されないご主人が声をかけられた。



 「だって……」

 「原田さん、すみません。
 実は……そのおでん、めぐみが作ったんです。」

 「えっ！？めぐみさんが？」

めぐみさんは照れくさそうな顔で、小さく頷く。



 「実は、私も最近やっと調理師免許を取ったんです。
それで、マスターの手を借りずにすべて私が作ったのがこのおでんで…」

 「そうだったんですか。」

 「原田さん、本当のことを言ってやって下さいね。
まずいならまずいと…」

 「酷いわ、兄さん！」

 「え…？……兄さん？」

 「え…？？ご存じなかったんですか？」

キョトンとした顔で、めぐみさんは僕をみつめてて……



「あはは…僕、今までおふたりがご夫婦だと思ってました。
そうでしたか、ご兄妹……」

 込み上げる嬉しさを押し隠し、僕はめぐみさんの作ったおでんを口に運んだ。



 「うん、本当においしいです。
だしの味がすごく利いてるし、大根の炊き具合もちょうど良いですね。」

 「ありがとうございます！」

 新メニューのおでんには、身体が温もっただけじゃなく、僕の心もじんわりと温められていた。