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第二章 芽吹く世界
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バーミアの研究室は学院のはずれにあった。
廃屋を改装したものらしく、中はとにかく狭苦しい。
だがあたりに漂うつんとした薬草の匂いと、よく使いこまれた器具の数々が、彼が熱心な研究者であることを如実に語っていた。
「これが『ラチカの薬根』だ!」
バーミアはアシミアの眼前にざる一杯の物体を置いた。
一つ一つが手のひらに収まる大きさで、とにかく黒く堅そうである。
「これが、ですか?」
「そうだ! 何か気になるところでもあったか?」
「私の知る『ラチカの薬根』と随分見た目が違うのですが……」
もしかしてこれは、この先生は――いきなり外れを引いたのか。
そんな不安がアシミアの胸中に沸き起こった。
とは言え、確証があるわけでは無い。
『エリム・テイル』では『ラチカの薬根』は薄黄色く丸みを帯びた物体だった。
目の前のにあるコレとは似ても似つかない。
「貴様の言いたいことは分かる。これは保存の為に陰干しし、後に火を通して完全に水分をとばしたものだ」
ゲームでは無いのなら、確かにそのように保存のことまで考えねばならない。
だがそれで成分が変質してしまったりはしないのか。
そのような疑問をぶつけると、バーミアはにやりと笑い、部屋の隅の管の沢山生えた鍋のようなものを顎で示した。
「それを解決するのがあれだ」
「何ですかあれ? 見たことが無い道具ですが」
「当然だ! この俺の自作した錬金道具だからな! 名付けて『宇宙炉』! ここに素材をぶち込めば、それの持つ力を余すことなく引き出すことの出来る一品よ!」
随分大きさな名前だな、とそんな感想しか出てこない。
「はぁ、しかしそれでも火を通して成分が壊れたりすることは解決することは出来ないと思いますが」
「ふん、今ので貴様が『錬金術』に造詣があっても、『薬学』については初心者だという事がわかったぞ。火を通して薬効が失われる時は、それが煮汁などに染み出した場合だ。素材を丸ごと魔力で圧縮し、全ての成分を絞り出すこの『宇宙炉』ならばその心配は無い!」
バーミアは鼻高々に胸を張った。
(ビタミンとかは火で壊れるんじゃなかったかしら?)
やはりそんな疑問も浮かんだが、口には出さない。
実際門外漢であるし、この魔力のある世界ではそれで正解なのかもしれないのだ。
それに結局の所薬のことなど分からない。
精々前世で冷え性だったから、一時期ハーブティーなどにハマったぐらいだ。
「さすがに焦げた部分はコイツに入れる前にこそぎ落とすがな。まぁどうせ皮の部分だから使いようも無い」
「……本当にそれですべての成分が出し切れるんですね?」
「ああ、一度生のヤツを丸ごと放り込んだこともあるが、そう変わらんものができた。もちろん、それで効き目の多寡は出るだろう。だがまずは低品質のものでも『霊薬』の作成そのものに成功することが大切なのだ!」
実際部屋の状態を見るに、資金状態は世知辛いようだ。
『霊薬』の作成に成功すれば学院から研究資金の増額もあり得るだろう。
「なぁに、素材の煮汁なんぞにそう神経質にならんでも良い! 俺の経験上、『錬金術』の肝は魔力を込めるという一点にのみある」
「魔力、ですか」
その理屈は分からないでも無かった。
『水精の壺』にしろ、それそのものはただの壺と変わらない製法である。
それが摩訶不思議な効力を持つのは、魔力を込めてあるからに違いない。
「おそらく『霊薬』も素材の持つ薬効を、魔力で増幅あるいは変質させることで出来上がるのだ! 重要なのは魔力の込め方、タイミング、質なのだろう」
とりあえずは何度もやってみることだ、とバーミアは『宇宙炉』に次々と『ラチカの薬根』を投入し、素材の抽出液を大量に作り出した。
そしてそれに様々な方法で魔力を注ぎ込んでいくようにアシミアに指示を出していく。
時に強く、時に弱く。
火の魔力を注いでみたり、水の魔力を注いでみたり、電気や火を同時に加えてみることもあった。
それでも中々『霊薬』は出来上がらない。
ただただ時間だけが過ぎていき、抽出液は減り、代わりに実験用のラットの死体が重なっていく。
「……今日はこのぐらいにしておくか」
やや消沈した様子でバーミアがそう告げたのは昼も過ぎ、夕方近くになった頃だった。
「そう残念がるな! 今回の方法ではダメだということは分かったのだ! この天才の栄光の道は着実に近づいている!」
そして初めて教師らしい顔でそう笑う。
「そう、ですわね。また次回ガンバリましょう」
「うむ、ではまた夏過ぎだな!」
「え!?」
「もう去年までの貯めこんでいた素材は今日で使い果たしてしまったからな! 次の収穫を待たねばならん!」
何でもないことのようにバーミアは言う。
夏過ぎというと、まだ半年以上先がある。
「先生、あの、薬を待っている人がいるんです。もう少しどうにかならないでしょうか?」
自分でも無茶を言っているのは分かる。
だが問わずには居られなかった。
「……今年植え付けした分が畑に埋まってはいる。『ラチカの薬根』は根分けで増えるからな」
「それを今使うわけには参りませんか?」
「貴様、分かっていっておるだろう。それをしたらその分、今年の収穫が減る」
だから駄目だ、とバーミアは頑として断った。
だがそれで諦めるのはあまりに惜しい。
そもそも乾燥させた根だから駄目だったのであって、今畑に埋まっている生の『ラチカの薬根』なら上手く行くかもしれない。
それにアシミアはバーミアの手法そのものに問題があるのでは、との思いが作業中から沸き起こってきていた。
『エリム・テイル』では初級『霊薬』の作成難易度はレベル1、そんなに難しい品でもないはずなのだ。
調合に掛かる時間は30分程度で、使用する道具はナイフ・すり鉢・鍋と製法も容易に想像がつくものだ。
間違っても今回行ってような小難しい緻密な作業は必要ではない。
――だからそのような方法で一度自由にやらせて貰えないだろうか?
アシミアがそう申し出ると、バーミアはあからさまに不機嫌な顔になった。
「それで上手く行くという保証はどこにあるのだ? 大体、それでは成分を煮出して魔力を加えるという大本の製法は変わらんではないか。それなら俺の『宇宙炉』で余すことなく成分を抽出した方が無駄が無い」
「ですから……その『宇宙炉』の工程に問題があるのかもしれませんし」
「何だとっ!」
口先から唾を飛ばし、バーミアは激高した。
「オレの二十年の努力を無駄という気か、貴様っ」
「そこまでは言っておりませんわ。非常に優れた道具であると思います。しかしそれが『霊薬』づくりに功を成すかと問われれば――」
「オレの『宇宙炉』よりも年若い娘が俺に向かって講釈を垂れるかっ!」
やはり陰で作業の失敗が響いていたのだろう。
その後は二人で売り言葉に買い言葉だった。
いつしか『霊薬』のことなど頭から抜け落ち、互いの粗を探すだけの言葉だけが続くようになった。
「大体偉そうに言うが、貴様が研究の何の役に立ったというのだ! 確かに作業は捗った。だが、それ自体はオレでも出来る! 精々手間が省けて時間の節約になったという程度ではなか! 貴様がオレの栄光に何を差し出せるのか、何か一つでもあるのならばこの場で言ってみろ!」
「――ッ! もう結構ですッ!」
そして逃げるように足早にアシミアはバーミアの研究室を後にするのだった。
廃屋を改装したものらしく、中はとにかく狭苦しい。
だがあたりに漂うつんとした薬草の匂いと、よく使いこまれた器具の数々が、彼が熱心な研究者であることを如実に語っていた。
「これが『ラチカの薬根』だ!」
バーミアはアシミアの眼前にざる一杯の物体を置いた。
一つ一つが手のひらに収まる大きさで、とにかく黒く堅そうである。
「これが、ですか?」
「そうだ! 何か気になるところでもあったか?」
「私の知る『ラチカの薬根』と随分見た目が違うのですが……」
もしかしてこれは、この先生は――いきなり外れを引いたのか。
そんな不安がアシミアの胸中に沸き起こった。
とは言え、確証があるわけでは無い。
『エリム・テイル』では『ラチカの薬根』は薄黄色く丸みを帯びた物体だった。
目の前のにあるコレとは似ても似つかない。
「貴様の言いたいことは分かる。これは保存の為に陰干しし、後に火を通して完全に水分をとばしたものだ」
ゲームでは無いのなら、確かにそのように保存のことまで考えねばならない。
だがそれで成分が変質してしまったりはしないのか。
そのような疑問をぶつけると、バーミアはにやりと笑い、部屋の隅の管の沢山生えた鍋のようなものを顎で示した。
「それを解決するのがあれだ」
「何ですかあれ? 見たことが無い道具ですが」
「当然だ! この俺の自作した錬金道具だからな! 名付けて『宇宙炉』! ここに素材をぶち込めば、それの持つ力を余すことなく引き出すことの出来る一品よ!」
随分大きさな名前だな、とそんな感想しか出てこない。
「はぁ、しかしそれでも火を通して成分が壊れたりすることは解決することは出来ないと思いますが」
「ふん、今ので貴様が『錬金術』に造詣があっても、『薬学』については初心者だという事がわかったぞ。火を通して薬効が失われる時は、それが煮汁などに染み出した場合だ。素材を丸ごと魔力で圧縮し、全ての成分を絞り出すこの『宇宙炉』ならばその心配は無い!」
バーミアは鼻高々に胸を張った。
(ビタミンとかは火で壊れるんじゃなかったかしら?)
やはりそんな疑問も浮かんだが、口には出さない。
実際門外漢であるし、この魔力のある世界ではそれで正解なのかもしれないのだ。
それに結局の所薬のことなど分からない。
精々前世で冷え性だったから、一時期ハーブティーなどにハマったぐらいだ。
「さすがに焦げた部分はコイツに入れる前にこそぎ落とすがな。まぁどうせ皮の部分だから使いようも無い」
「……本当にそれですべての成分が出し切れるんですね?」
「ああ、一度生のヤツを丸ごと放り込んだこともあるが、そう変わらんものができた。もちろん、それで効き目の多寡は出るだろう。だがまずは低品質のものでも『霊薬』の作成そのものに成功することが大切なのだ!」
実際部屋の状態を見るに、資金状態は世知辛いようだ。
『霊薬』の作成に成功すれば学院から研究資金の増額もあり得るだろう。
「なぁに、素材の煮汁なんぞにそう神経質にならんでも良い! 俺の経験上、『錬金術』の肝は魔力を込めるという一点にのみある」
「魔力、ですか」
その理屈は分からないでも無かった。
『水精の壺』にしろ、それそのものはただの壺と変わらない製法である。
それが摩訶不思議な効力を持つのは、魔力を込めてあるからに違いない。
「おそらく『霊薬』も素材の持つ薬効を、魔力で増幅あるいは変質させることで出来上がるのだ! 重要なのは魔力の込め方、タイミング、質なのだろう」
とりあえずは何度もやってみることだ、とバーミアは『宇宙炉』に次々と『ラチカの薬根』を投入し、素材の抽出液を大量に作り出した。
そしてそれに様々な方法で魔力を注ぎ込んでいくようにアシミアに指示を出していく。
時に強く、時に弱く。
火の魔力を注いでみたり、水の魔力を注いでみたり、電気や火を同時に加えてみることもあった。
それでも中々『霊薬』は出来上がらない。
ただただ時間だけが過ぎていき、抽出液は減り、代わりに実験用のラットの死体が重なっていく。
「……今日はこのぐらいにしておくか」
やや消沈した様子でバーミアがそう告げたのは昼も過ぎ、夕方近くになった頃だった。
「そう残念がるな! 今回の方法ではダメだということは分かったのだ! この天才の栄光の道は着実に近づいている!」
そして初めて教師らしい顔でそう笑う。
「そう、ですわね。また次回ガンバリましょう」
「うむ、ではまた夏過ぎだな!」
「え!?」
「もう去年までの貯めこんでいた素材は今日で使い果たしてしまったからな! 次の収穫を待たねばならん!」
何でもないことのようにバーミアは言う。
夏過ぎというと、まだ半年以上先がある。
「先生、あの、薬を待っている人がいるんです。もう少しどうにかならないでしょうか?」
自分でも無茶を言っているのは分かる。
だが問わずには居られなかった。
「……今年植え付けした分が畑に埋まってはいる。『ラチカの薬根』は根分けで増えるからな」
「それを今使うわけには参りませんか?」
「貴様、分かっていっておるだろう。それをしたらその分、今年の収穫が減る」
だから駄目だ、とバーミアは頑として断った。
だがそれで諦めるのはあまりに惜しい。
そもそも乾燥させた根だから駄目だったのであって、今畑に埋まっている生の『ラチカの薬根』なら上手く行くかもしれない。
それにアシミアはバーミアの手法そのものに問題があるのでは、との思いが作業中から沸き起こってきていた。
『エリム・テイル』では初級『霊薬』の作成難易度はレベル1、そんなに難しい品でもないはずなのだ。
調合に掛かる時間は30分程度で、使用する道具はナイフ・すり鉢・鍋と製法も容易に想像がつくものだ。
間違っても今回行ってような小難しい緻密な作業は必要ではない。
――だからそのような方法で一度自由にやらせて貰えないだろうか?
アシミアがそう申し出ると、バーミアはあからさまに不機嫌な顔になった。
「それで上手く行くという保証はどこにあるのだ? 大体、それでは成分を煮出して魔力を加えるという大本の製法は変わらんではないか。それなら俺の『宇宙炉』で余すことなく成分を抽出した方が無駄が無い」
「ですから……その『宇宙炉』の工程に問題があるのかもしれませんし」
「何だとっ!」
口先から唾を飛ばし、バーミアは激高した。
「オレの二十年の努力を無駄という気か、貴様っ」
「そこまでは言っておりませんわ。非常に優れた道具であると思います。しかしそれが『霊薬』づくりに功を成すかと問われれば――」
「オレの『宇宙炉』よりも年若い娘が俺に向かって講釈を垂れるかっ!」
やはり陰で作業の失敗が響いていたのだろう。
その後は二人で売り言葉に買い言葉だった。
いつしか『霊薬』のことなど頭から抜け落ち、互いの粗を探すだけの言葉だけが続くようになった。
「大体偉そうに言うが、貴様が研究の何の役に立ったというのだ! 確かに作業は捗った。だが、それ自体はオレでも出来る! 精々手間が省けて時間の節約になったという程度ではなか! 貴様がオレの栄光に何を差し出せるのか、何か一つでもあるのならばこの場で言ってみろ!」
「――ッ! もう結構ですッ!」
そして逃げるように足早にアシミアはバーミアの研究室を後にするのだった。
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