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美園驚愕の、いや、歓喜の復活から、やっと落ち着いた浦和家朝の食卓。
以下、両親と美園の三人家族の会話である。
「私、就職するからさ。」
突然の美園の発言に、母親は驚いた。
「就職するって、どういうことなの?美園??」
「働く、ってことだよ。」
「お母さんはね、言葉の意味を聞いているのではないんだよ。美園。」
父親は、いつものように冷静に、会話に割って入った。
「就職先も決まってるんだよ。ねー、おばあちゃん。」
「おばあちゃん?」

美薗の視線の先には、美園が小さいころから大切にしていて、
今でもいつも一緒にいる、カエルのぬいぐるみがあった。
これが、見た目、実に可愛くない。
小さいころからの寝汗、ヨダレで汚れていることはもちろん、
積年の洗濯乾燥による老朽化、退色化。
いや、そもそもが、デフォルメというには崩れ過ぎていて、
変形といえば聞こえはいいが、歪曲(わいきょく)されたデザインなのである。

「このぬいぐるみにね、私のひいひいひいおばあちゃんが、とりついているんだよ。」
「とりついている?」
「美園。あんたのひいひいひいおばあちゃんってことは、
私のひいひいおばあちゃんになるのかな?」
「お母さん。指摘する観点が、ちょっとズレているような気が・・・。」
父親は、いつも冷静である。
「正確に数えてないから分かんないけど、まあそんなところじゃないの。」
「美薗。お父さんが今、正確に数えてみた。」
「え?」
「いいか美薗。お前のひいひいひいおばあちゃんってことはだな、約150年前、1860年代、江戸時代、それも幕末だぞ。薩長連合が1866年。長州藩の桂小五郎、のちの木戸孝允と薩摩藩の西郷隆盛が、土佐藩脱藩浪士・坂本龍馬の仲介でだな・・・。」
お父さんの冷静な熱弁(どっちだ?)をスルーして、
「でも、あんたまだ、女子高生よ。」
「いや、お母さん、そんなことよりも、翌年の1867年が大政奉還でね、それに続いて王政復古の大号令・・・。」
「あのさ、学生やりながらの、プロっているじゃん。
スポーツ選手とかさ、歌手とか女優とかさ。
そんなんと、一緒だよ。」
「なるほどね。一緒なのは、分かりました。」
「え?!お母さん、分かったのですか?」
「大体、何のプロなの?」
「プロの巫女だよ。」
「ボカロ?」
「それミクでしょ。
お母さん、良く知ってんね、そんなこと。
ミ・コ。
巫女だよ。」
「お母さん、さすが若者文化に詳しいんだね。」
お父さんも感心です。
「たまに神社とかで募集するコスプレバイトの素人じゃなくて、
私はプロだからさ。
死んで復活するときにね、
神さま・・・、
なのかな・・・・?
それっぽい人から、いただいた
霊能力?的なもの・・・?
なのかな・・・?
それを駆使して、人助けをするのさ。」
「人助けならいいかしらね。
ねえ、お父さん。」
「いやまあ、そうかもしれないけどね、お母さん。
前にも聞いたけどね、美園。
その霊能力的なものって、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。
前にも話したけどさ、
死んだときに神さま的な人から、
そうすることをOKするなら、
生き返えらせてやるって言われたんだからさ。」
「でもね、その霊能力的なものって、
今のところ、そのカエルのぬいぐるみと話ができるってだけだろ。
それに、話ができるのはお前だけなんだから、
どうもお父さんには、にわかには信じられないんだよ。」
「お父さんは、疑い深いからね。」
「いやいや、お母さん。疑い深いとか、そういうことでなくてですね。」
「まあ、話すと長くなるし、
私、そういう説明って苦手だからさ。おいおいそのうちにね。
それに、私だって、仕組みとか、決まりとか、理由とか、よく分かってないからさ。」
そう言いながら、美園が、両親に見せるスマホには、
「求む 霊能職者 経験不問 福利厚生優遇有り」
という求人ページが載っていた。
「へ~、時代も変わったね。
スマホで求人って、できるんだね~。」
「お母さん、論点はそこじゃないんだよ。
美園。
こんなのはね、
詐欺だよ。」
「何言ってんの、お父さん。
私プロだよ。
そんなの分かってるよ。
だから私が、就職して、詐欺じゃなくするんだよ。
ね~おばあちゃん。」
両親には、ただ古ぼけた、それも可愛くないカエルにしか見えない。
かく言う、このナレーターというのか、語り部というのか、そんな役割の、この私にも、そうであります。
「じゃ、学校終わったら、ここに寄ってくるから。
行ってきまーす。」
そう言うと、美園は家を元気に出て行った。
「お父さん。
私、自分の娘を信じなきゃダメだって分かってるんだけど、心配だわ。」
「お母さん。
私たちの娘は、一度死んだのに、生まれ返ってきてくれたんだよ。
それだけで、大感謝じゃないかな。」
「大感謝って、スーパーのバーゲンセールみたいですね。」
そう言いながら、もうお母さんは、今日のチラシを探しに行っている。
「それにね、
自分の将来を、自分で考えて、自分で決断して、進んでいくんだよ。
ある意味、独立心旺盛で、立派であると言えるんじゃないのかな。」
「なるほど。さすが、お父さん。いつもネガティブね。」
「それを言うなら、ポジティブでしょ。
お母さん、ホント英語苦手だから。」
「そうね。
私、生まれたときからずっと日本人だからね。」
「ところでお母さん。」
「なあに?」
「美薗の言う、おばあちゃんだけど、」
「ひいひいひいおばあちゃんね。」
「私方かね、それとも、お母さん方かね。」
「あー、そうね。それを聞くの忘れてたね。」

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