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第三章 帝國の野望
51, 制圧
「ここが星導殿だ。そして、隣に見えるのがゲイリー兄上の研究棟になる」
淡い灰色の石で組まれた建物の前で足を止め、リゲルは淡々とそう告げた。
彼の示した先には、二つの建物が並ぶようにそびえている。
正面にあるのが星導殿。
無駄を削ぎ落とした垂直的な美しさを持つその建物は、皇城の一部でありながら、どこか異質だった。
一方、そのすぐ隣に寄り添うように建てられている研究棟は、星導殿と同じ灰色の石材を用いているはずなのに、こちらは印象がまるで違う。
壁面には補強のためか金属の枠が走り、細長い窓は必要最低限に抑えられている。装飾性は皆無で、実用だけを突き詰めた造りだ。
その周囲には、灰色の騎士服に身を包んだ騎士たちが整然と並び、私たちを迎えるように一斉に頭を垂れていた。
けれど、私の意識はそれどころではなかった。
視線を巡らせた先――騎士たちの足元、その周辺には、血に染まった黒い騎士服の騎士たちが無惨な姿で倒れている。
おそらく、上級騎士なのだろう。
凄惨な光景に胸を締めつけられ、私はその場に縫い留められたように動けなくなる。
だけど、かつてこの国で諜報員として使われていたロイドは、こうした光景に慣れているのか、目立った動揺を見せなかった。
ただ、研究棟の方へ一瞬だけ鋭い視線を向ける。
改めて星導殿を見上げる。
壁面は余計な装飾を排し、磨き上げられたかのように整えられている。ただ静かに、そこに存在しているだけ。
なのに、視線を引き寄せて離さない。
威圧感もないはずなのに、中に入ることをためらわせる、説明のつかない気配がある。
あのお化け屋敷の入口に立ったときのような、背筋をひんやりと冷たい空気が這い上がってくる感覚に近い。
「ミカ、どうしたの? こっちだよ。もう怖気づいちゃった?」
ハッとして我に帰ると、リゲルが星導殿に隣接している研究棟の入り口の前でこちらに振り向き苦笑していた。
「ミカ?」
リゲルの後ろにいたロイドが、心配そうに私の顔を見つめている。
「まさか、ちょっと気合いを入れていただけ」
私はそう強がりを言って、ロイドを安心させるように笑顔を向けると、リゲルの後に続いた。
扉をくぐった瞬間、湿り気を帯びた重たい気配が肌にまとわりついた。
通路は無駄に広く、天井が高い。
白い壁と床は清潔に磨かれているはずなのに、無機質で心の中が冷えていく感じがする。
妙に遅れて聞こえる足音を気にしながらリゲルを追っていくと、大きく開かれた扉の先に数人の騎士に囲まれ、両腕を拘束されている男が見えた。
「やあ、ゲイリー兄上、いい様だね」
すかさずリゲルが声をかけた。
「お、お前……なんのつもりだ?」
「この研究棟は僕が制圧したよ。ああ、研究棟だけじゃない。魔導戦力運用本部もだ。それと……皇極殿も間もなく掌握することになる」
「まさか……クーデター……お前が……?」
ゲイリーは口を噤んだまま青ざめると、もはや抵抗する気も無くしたようにぐったり項垂れた。
問題は室内の奥にある光景だ。
ガラスで隔離された向こうには、いくつもの寝台。
なんらかの装置が取り付けられた椅子。
そこには何人もの人間が見えた。
鎖で拘束されているわけではない。
なのに、この騒ぎの中、誰一人動こうとしない。
虚ろな視線、焦点の合っていない表情……
明らかにまともではない。
「ミカ、子供もいるみたいだ」
ロイドも私と同じ場所に目を向けて、低く口を開いた。その声には、抑えきれない憤りが滲んでいる。
「……リゲル、あの人たち……」
ロイドの言葉を受け、胸に湧き上がる感情を必死に宥めながら、私はどうにか声を絞り出した。
「ああ、兄上の実験体たちだね。君はあの人たちも助けたいんだろ? でも、残念だけど元に戻るかどうかわからないよ」
リゲルの感情のこもらない言葉に苛立ちを感じた。
結局、彼は自分の目的以外どうでもいいのだ。
「もちろん、助ける。それに、絶対に元に戻してみせる」
それは、確かな根拠があっての言葉ではなかった。
けれど師匠なら――大魔女エアデなら、きっと何とかしてくれる。
そう信じることで、かろうじて希望を繋ぎたかったのかもしれない。
「……君ならなんとかできそうな気がするよ。本当に君は不思議だ」
これまで無表情だったリゲルの顔が少し和らいだ気がした。
「君たちは実験台にされた人たちを保護するように!」
リゲルが灰色の騎士たちに短く命じた。
「さて――いよいよ本命、皇極殿だ」
続けて、自分自身に言い聞かせるように低く言い捨て、踵を返す。
私とロイドは迷わず、その背を追って外に出た。
その時だった。
地面を揺るがすような不穏な雑音……
あの黒い塊のような建物ーー皇極殿の方からだ。
ざわめき、という言葉では足りない。
重なり合ういくつもの声。
何かが壊れる音。
交差するいくつもの魔力の流れ。
それらがひとつの濁った塊になって皇城内を震わせている。
「ミカ、何か起こっているみたいだ」
ロイドが不安げに呟いた。
「何が……?」
私は音の正体を確かめようと発信地へ顔を向け、食い入るように見つめた。
「どうやら、始まったようだね」
リゲルはこちらを振り向くと、緊張感を漂わせ、口角を引き上げたのだった。
淡い灰色の石で組まれた建物の前で足を止め、リゲルは淡々とそう告げた。
彼の示した先には、二つの建物が並ぶようにそびえている。
正面にあるのが星導殿。
無駄を削ぎ落とした垂直的な美しさを持つその建物は、皇城の一部でありながら、どこか異質だった。
一方、そのすぐ隣に寄り添うように建てられている研究棟は、星導殿と同じ灰色の石材を用いているはずなのに、こちらは印象がまるで違う。
壁面には補強のためか金属の枠が走り、細長い窓は必要最低限に抑えられている。装飾性は皆無で、実用だけを突き詰めた造りだ。
その周囲には、灰色の騎士服に身を包んだ騎士たちが整然と並び、私たちを迎えるように一斉に頭を垂れていた。
けれど、私の意識はそれどころではなかった。
視線を巡らせた先――騎士たちの足元、その周辺には、血に染まった黒い騎士服の騎士たちが無惨な姿で倒れている。
おそらく、上級騎士なのだろう。
凄惨な光景に胸を締めつけられ、私はその場に縫い留められたように動けなくなる。
だけど、かつてこの国で諜報員として使われていたロイドは、こうした光景に慣れているのか、目立った動揺を見せなかった。
ただ、研究棟の方へ一瞬だけ鋭い視線を向ける。
改めて星導殿を見上げる。
壁面は余計な装飾を排し、磨き上げられたかのように整えられている。ただ静かに、そこに存在しているだけ。
なのに、視線を引き寄せて離さない。
威圧感もないはずなのに、中に入ることをためらわせる、説明のつかない気配がある。
あのお化け屋敷の入口に立ったときのような、背筋をひんやりと冷たい空気が這い上がってくる感覚に近い。
「ミカ、どうしたの? こっちだよ。もう怖気づいちゃった?」
ハッとして我に帰ると、リゲルが星導殿に隣接している研究棟の入り口の前でこちらに振り向き苦笑していた。
「ミカ?」
リゲルの後ろにいたロイドが、心配そうに私の顔を見つめている。
「まさか、ちょっと気合いを入れていただけ」
私はそう強がりを言って、ロイドを安心させるように笑顔を向けると、リゲルの後に続いた。
扉をくぐった瞬間、湿り気を帯びた重たい気配が肌にまとわりついた。
通路は無駄に広く、天井が高い。
白い壁と床は清潔に磨かれているはずなのに、無機質で心の中が冷えていく感じがする。
妙に遅れて聞こえる足音を気にしながらリゲルを追っていくと、大きく開かれた扉の先に数人の騎士に囲まれ、両腕を拘束されている男が見えた。
「やあ、ゲイリー兄上、いい様だね」
すかさずリゲルが声をかけた。
「お、お前……なんのつもりだ?」
「この研究棟は僕が制圧したよ。ああ、研究棟だけじゃない。魔導戦力運用本部もだ。それと……皇極殿も間もなく掌握することになる」
「まさか……クーデター……お前が……?」
ゲイリーは口を噤んだまま青ざめると、もはや抵抗する気も無くしたようにぐったり項垂れた。
問題は室内の奥にある光景だ。
ガラスで隔離された向こうには、いくつもの寝台。
なんらかの装置が取り付けられた椅子。
そこには何人もの人間が見えた。
鎖で拘束されているわけではない。
なのに、この騒ぎの中、誰一人動こうとしない。
虚ろな視線、焦点の合っていない表情……
明らかにまともではない。
「ミカ、子供もいるみたいだ」
ロイドも私と同じ場所に目を向けて、低く口を開いた。その声には、抑えきれない憤りが滲んでいる。
「……リゲル、あの人たち……」
ロイドの言葉を受け、胸に湧き上がる感情を必死に宥めながら、私はどうにか声を絞り出した。
「ああ、兄上の実験体たちだね。君はあの人たちも助けたいんだろ? でも、残念だけど元に戻るかどうかわからないよ」
リゲルの感情のこもらない言葉に苛立ちを感じた。
結局、彼は自分の目的以外どうでもいいのだ。
「もちろん、助ける。それに、絶対に元に戻してみせる」
それは、確かな根拠があっての言葉ではなかった。
けれど師匠なら――大魔女エアデなら、きっと何とかしてくれる。
そう信じることで、かろうじて希望を繋ぎたかったのかもしれない。
「……君ならなんとかできそうな気がするよ。本当に君は不思議だ」
これまで無表情だったリゲルの顔が少し和らいだ気がした。
「君たちは実験台にされた人たちを保護するように!」
リゲルが灰色の騎士たちに短く命じた。
「さて――いよいよ本命、皇極殿だ」
続けて、自分自身に言い聞かせるように低く言い捨て、踵を返す。
私とロイドは迷わず、その背を追って外に出た。
その時だった。
地面を揺るがすような不穏な雑音……
あの黒い塊のような建物ーー皇極殿の方からだ。
ざわめき、という言葉では足りない。
重なり合ういくつもの声。
何かが壊れる音。
交差するいくつもの魔力の流れ。
それらがひとつの濁った塊になって皇城内を震わせている。
「ミカ、何か起こっているみたいだ」
ロイドが不安げに呟いた。
「何が……?」
私は音の正体を確かめようと発信地へ顔を向け、食い入るように見つめた。
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リゲルはこちらを振り向くと、緊張感を漂わせ、口角を引き上げたのだった。
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