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1.待って

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 ユーリオ・ヴァロット、十五……いや今日で十六歳、性別は男。

 沈んだ暗紅色の髪は幼い時に『長くしていてもみすぼらしい』と言われたから、貴族でありながらも項の辺りで短く切り揃えている。
 瞳の色もくすんだ琥珀色だから、伸ばした前髪で適当に隠すのが癖になった。
 容姿だって貴族階級にはありがちなそこそこ整っている程度であり、人目を引く華やかさとは無縁。
 同年齢の男と比べても遥かに劣る体格は騎士としては絶望的であり、魔導士になるしか軍人になる道はなかったほど。

 何をとっても見た目で人に誇れるものがない僕は、突然の状況変化に対処しきれないまま、相変わらず石のように固まっているところだ。

 というのも――

「あぁ、こんなおみ足に直接地を歩かせるなんてっ……!」
「いいですか、そっとですよ。決して包帯で絞めつけ過ぎぬように。」
「待て、やはりここは余の回復魔法で完璧に癒してやるべきでは?さすれば痛みも――」
「ド素人はお黙り下さい。慣らしもまだなのに、陛下の魔力で万一拒否反応が起きたら即死です。」

そんな会話が繰り広げられながら、傷ついたばかりの足を丁寧に手当てされているから。
 右足は、タキシードのような服装をした喋る小さな灰色兎、左足は、なぜか魔族の国の宰相サリオンと思しき魔族によって。

 そして僕が座っている場所は、あろうことか魔王の膝の上だったりする。

…………なるほど、さすが魔族。わけのわからないことをして、この先の展開を僕に読ませまいとしているに違いない。

 そうだよね、色々と諦めちゃっている人間を拷問したところで、与えられる絶望は小さいだろうし。
 それなら意味不明な施しでも与えて、生き延びる希望を抱かせる――とまではいかなくとも、混乱させた後に奈落に突き落とした方が、まだダメージを与えられるだろう。

 でも、お生憎様。これでもさ、別の世界だけれども成人して多分そこそこの年齢まで生きた記憶が、僕にはあるんだよ。
 だから大丈夫、僕は変に期待なんてしないし、希望も持たないし、自分の運命は理解している。

 魔王に売られた人間、それも敵国の魔導士の末路なんて、絶対にろくなものじゃないのだから。

 そう自分に言い聞かせつつも、僕は黙って固まったまま、魔王の膝の上からちらりと室内の様子を伺った。

 人間では使うのも一苦労の転移魔法で、国境線からあっという間にここへ移動してきたのだが、何というか………その、誰の趣味かは知らないが、非常に……可愛らしい部屋なんだよ。

 内装はパステルグリーンを基調としていて、金の金具がポイントの真っ白な調度品と大きなソファーが、見るからに柔らかそうな淡いベージュの絨毯に鎮座している。
 部屋にひとつだけある天井近くまで達する大きな窓は、裾にもれなくフリルがついた白いレースカーテンで囲まれ、外からの黄昏の光に小さく煌めいていた。
 そのうえ、僕が……いや、魔王が腰かけている天蓋付きの大きなベッドの上には、白いシーツの上になぜか黄色い花びらが撒かれているし。

 こういうのって、物語の中のお姫様とかだったら喜びそうだよね。というのが、僕の素直な第一印象である。

「まったく、せっかくの良き日だというのに……これでは宴は延期ですね。こんな状態のユーリオた、ごほん、ユーリオ君を付き合わせるのは酷でしょう。」

「ウーギも賛成ッス。今日を逃すのはひっじょーに口惜しい気もしますが……」

「…………是非もなし、か。」

 ひんやりとする何かを足裏に塗られ、白い包帯でいっそ神経質なほど完璧に巻かれた僕の両足。
 その処置を終えた後も一人と一匹の魔族は魔王の足元に跪いたままこれ見よがしに言葉を交わし、僕の背後からは心底腹に据えかねる、といった不機嫌な男の声音が響く。
 腰元に添えられた手に時折、腹や太腿辺りを撫でられているのは無視だ。おおかた肉付きでも確認しているのか?

(宴って……あぁ、僕を無傷の状態に戻してから、恨みのある魔族でも集めて寄ってたかってなぶろうってことかな。)

 生きたまま皮を剥がれたり、目玉を抉られたり、腕や足を折られてから獣をけしかけられたり――はぁあぁ……なんで前世の僕、『古今東西拷問史』なんて本を読んだ記憶があるわけ?
 いや、予想できる分まだマシなのかもしれない。でも、楽には死ねないだろう憂鬱さにも拍車がかかる。 

 そのせいで僕はつい、小さなため息を漏らしてしまった。
 魔力を強引に抑え込む首輪も、それに一役買っていたともいう。

 そしてそれを聞き咎めたのは当然、僕の一番すぐ傍にいる背後の魔王だ。

「む?どうしたユーリオたん。余の膝では固い……あぁ、こんな無粋な物がついていたのだな。」

「っ!?」

 昔から、無表情でいることを心掛けていた。
 笑ったり泣いたりすると、余計に家の中での風当たりが強くなったから。
 軍人となってからは、子ども扱いされないようにともっと表情を消すことを意識するようになった。

 けれども、魔族の王である男に肩を掴まれ、その手を首元に伸ばされた時には思わず、きつく目を閉じてしまった。
 ちらりと最後の視界に映った、男にしては綺麗な指先。
 その手は簡単に僕の首をへし折れるし、何なら切り離すことだって容易で…………

バチンッ!

「うむ、取れたぞ。どうだ、気分は?」

 闇になった世界で響いた何かが壊れる音は、どうやら自分の首の骨ではなかったらしい。

「…………え?」

 その事実に驚きながら恐る恐る目を開けた先には、壊れた黒い首輪を指先にぶら下げ、満足そうに輝く瑠璃色の瞳を眇める魔王がいた。

 もう少し丁寧にお願いします!そーですよ陛下!と足元から上がった声は聞き流し、気が付いた時には僕は初めて、魔王へと口を開いていた。

「どうして、制御の首輪を…………」

 ふっと体が楽になっていく感覚は、これでいつも通り魔法が使えるようになったことを教えてくれる。
 つまりそれは、僕に抵抗の手段ができたということで、いやでも、僕相手がいくら抵抗したところでどうせ無残に殺されることは変わりないか。
 あぁ、ならやはりそういった目的の為に首輪を壊したのか?

 疑問が言葉になり切る前に、頭の中で先に結論に辿り着きかけた時だ。

 魔王と名乗った男は、そっと僕の頬を両手で包み込みながらどこかはにかんだような笑みを浮かべて、言った。


「余との初夜に、こんな無粋な玩具は不要であろう?どうしても必要ならば、もっと見目の良い物を至急用意させるが。」

「あー!魔王様忘れてない!?慣らし、慣らし魔力!」
「陛下、今一度手順のご確認をお願いいたします。さもなければ、初夜の延期を進言いたします!!」


 あ、これ思ってたのと微妙に方向性が違う。

 そう本能で感じ取った僕はあれこれ考える暇もなく、そのまま言い争いに突入していく魔族たちを遮って、大きな声で口出ししていた。


「ちょっと待って!待って下さい!?初夜ってなに!?僕を嬲り殺しにするために連れて来たんでしょ!!?」


 バッと音を立てて僕に向けられた三対の視線は、ものの見事にきょとんとしていた。

 その直後、僕は全ての事情を知らされることになる。
 まずは戦場で僕に一目惚れした魔王が、事の発端であると。



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