売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉

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4.祝宴

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「では余のユーリオた、ごほん。ユーリオが十六の年を迎えたと併せて今日と今後ももれなく祝して、乾杯ッ!」

 高らかに変な事を言い放つ魔王の声に、間髪を入れず割れるような轟音が上がる。

「乾杯ッ!!ユーリオたんおめでとぉおぉおぉおお!!!」
「おめでとぉ―――!!ユーリオたーんッ!!信じてたぜ魔王様ぁぁあ!!来世もついていきますぅぅう!!」
「魔王陛下万歳ッ!!ユーリオたんこっち向いてぇえぇ!!」

 どこまでも続く、広大な大広間。
 床も壁も柱も、全てが黒い石でできている重厚そうな空間は今、赤や青、黄、緑、白といったカラフルなリボンが高い天井に連なるシャンデリアから幾本も伸びている。
 キンキラキンに輝く人間や異形、獣の姿をした巨大な彫像たちが壁際をズラリと彩るなか、赤絨毯が敷き詰められたホールには黒山の人だかり。

 その誰もが魔族であることなど、もはや確認するまでもない。一目見たら大体わかるもん。
 頭に角があったりそもそも顔が獣だったり、尻尾や羽根、なんだかよくわからない系の姿もあるし……。
 そんな一同に会する魔族たちを、ひな壇のように高くなった大広間の最奥で、広々とした濃紺のソファーに魔王と隣あって座りながら僕は眺めていた。

 手の中には、乾杯用にと渡されたグラスまで持たされて。

 金に輝く大きなはいは細かな宝石でふんだんに装飾されているが、華美な見た目に反して僕の手でも持ちやすい。
 その中で揺れる透き通った液体は、おそらく毒だろう。

 むしろそうであってくれと僅かな希望を持ちながら、飲め飲めと目で語る魔族たちの注目を一身に浴びる中で、一気にそれをあおった。

 目覚めた後からずっと擦り減るだけの精神が限界で、もうやけくそな気分だったから。


 いきなり敵国に売られて、豪勢な部屋で初夜とかぬかす魔王と添い寝する羽目になって、朝起きたら「はぁ、寝起きのユーリオたん……」とデレデレしながら口走る顔だけはいい変態にガン見されていたとか、どういうこと。
 いっそ目覚めなくてもよかったのに、とこの時ほど思ったことはない。
 でもあの状況でもぐっすり眠れた僕って、もしかして相当逞しいのではないだろうか?

 とりあえず生あくびを噛み殺しながら、上半身裸の暑苦しい長髪魔族から少しでも距離を取ろうとベッドの中でもぞもぞしたところで、突然部屋の扉が外からバーンと開き「初夜終わったですー!?」「手順間違えてたら締めますよ」とひとりと一匹が部屋に飛び込んで来た。

 その時点で、僕は悟った。
 これ、前世一回分があろうとも、僕ごときが理解できる状況じゃないよねって。

 こうなったらとことん流されるしかないけど、いつ殺されてもいいように覚悟だけはしておこう。
 そう開き直った僕は、タキシードをピシっときめている昨日と同じ灰色兎が足の包帯を解いていくのをベッドで上体を起こしたまま大人しく見守った。

 器用に蛇身をくねらせて移動したサリオンに同じ寝床から追い立てられた魔王は、ぶつぶつ言いながら部屋の外に出て行ったようだ。
 そうして主君を追い出した魔族の宰相は、そのまま壁際に備え付けられた真っ白なクローゼットの扉を開けた。
 垣間見えただけでも、ぎっちりと衣類が吊るされているそこから数着の衣服を手に取ると、僕に見えやすいようベッドの上にそれらをささっと並べて彼はこう言ったのだ。

「これからなのですが、衣装はどれにしましょうか。」

 中性的な美人がにっこり微笑むと、金の片眼鏡モノクルまでもがキラリと光ったように見えたのは、多分錯覚かな。
 だから何かまた変な言葉が聞こえた気がしたけれど、それもきっと幻聴だよね、きっとそうだよね。

「――待てサリオン!貴様、やはり余を差し置いて抜け駆けするつもりだな!?ユーリオの生誕祭衣装は余が見るとあれほど取り決めたであろうが!!」

「陛下にお任せすると白か黒しかお選びにならないでしょう?そんなカビの生えた感性でユーリオ君を飾ろうなど、言語道断です。」

「ふむふむ、おみ足の傷はもう大丈夫っス。でもここは念のために、ウーギ特性のこの靴をお召しあれ。むふふっ……計画通りっ」

 派手な白いローブを纏った魔王が僅か数秒で再び部屋に現れ、その右腕と称される魔族は主君を蔑んだように嗤い、喋る兎がひとりほくそ笑む。

 そんな中で僕ができることといったら、とりあえず貴方たちは誰で僕はどうなるんですか、という真っ当な問いかけひとつだった。

 昨日は突然のことで冷静でいるためにも色々と考えることに忙しくて、ろくに口も開けなかったけど、一夜明けても変わらずにこんな状況に置かれていると、それも馬鹿馬鹿しくなってくる。
 引き渡された捕虜の分際で発言とは不敬だ、やはり地下牢へ監禁して拷問だ!とか言われる方が、逆に納得できるかもしれない。いや、納得しかない。

 だというのに、魔族兎に温かく柔らかな湿った布でささっと体を拭われながら、魔王とその宰相が口々に自己紹介と合わせて説明をしてくれるのを聞いたところ、僕は更に能面のような顔になるしかなかった。

 やはり、下半身が蛇のような美人な魔族は魔族の国の宰相サリオンで、この喋る兎魔族はウーギという名前で魔王専属の執事、のようなものらしい。
 そこまではいい。
 だが――……

「もしや、昨夜のうちにお話しされていないので?何をやってるんですかこのポンコツ陛下。いいですかユーリオ君、君は陛下の――」

「サリオン、黙れ。昨夜はユーリオの体調と魔力の慣らしの為にも、早々に就寝したのだ。余のは宴の後よ。」

「……さすが陛下、その深謀遠慮には畏れ入りますとも。」

 フフンと得意げに胸を張る魔王と、一度ちらりと僕に視線を向けた後、主君をとてもかわいそうな目で見るその腹心の部下。
 あぁここにも傷跡がッ!と喚きながら、せっせと背中を拭ってくれる執事兎の声をBGMに、僕は願った。

 もう意味不明過ぎて辛いから、いっそさっさと殺してくれと。



 そうして流されるまま、魔王と宰相が舌戦を繰り広げながらもどうにか意見の一致をみた服――薄い緑色に濃い青で刺繍の施された裾の長いジャケットに、控えめなフリルが襟についた白いシャツ、膝が隠れる程度の青いズボン、という僕などでは一生縁もないはずの上質な衣服に着替えさせられ、僕の『生誕祭』とかいうよくわからない祝宴が開催される大広間へと連れて来られたわけだ。

 適当に伸ばしたままでいた前髪も兎が手にした鋏によって整えられたせいで、目を疑うその光景がバッチリ視界に入ってもう表情ひとつ動かせない。

 そこでの異様な盛り上がりも意味がわからないけれど、こんな趣向で嬉々としていざ毒殺とか、嬲り者にするならまだ理解できるかもしれない。
 正直、魔族については僕もあまり詳しくは知らないまま戦っていたわけだけど、噂通りの悪趣味だったなら今までのふざけた出来事も納得できるし。

 でも、いざ僕が口にしたグラスの冷えた液体はとても甘くて、それでいて後味も爽やかで喉が焼けることもなく、空きっ腹にぽっと柔らかな熱が灯るくらいで、今まで口にしたどんな物よりも――おいしかった。

 あれ、嘘?これ本当に、ただの飲み物?はぁ??

 そう驚いて、目を瞬いた瞬間、再び大広間は地鳴りのような音に包まれた。
 口々に僕の誕生日を祝う見知らぬ魔族たちと、隣でにまにまと締まりのない顔で微笑む魔王。

 やがて白いコック帽を被った人間の子供くらいの大きさをしたペンギンたちがどこからともなく現れ、琥珀色のクロスがかかった目の前のテーブルへ次々に御馳走を乗せた皿を置いていく。

 他にも山盛りの料理が乗った盆を頭上に掲げるようにして、魔族たちが密集する中へ突撃していく数多のコック帽ペンギンたち。
 それを呆然と眺めていると、隣の魔王がやけにその蒼く揺らめく双眸をキラキラさせながら、一口サイズの何かの肉を突き刺したフォークを僕へと差し出してくるではないか。

「さぁさぁ、存分に食べるがいい。そ、それとも……余が手ずから食べさせてもよいか?よいのか?」


 そろそろ、いいかな?これ、絶対おかしいよって心のままに叫んでもいいかな?


 なんだか大歓迎されていることはもうわかった、受け入れるしかない、むしろこの後どんでん返しされた方が安心する。
 でもさ、いくら悪趣味な演出だとしても、僕は敵国の魔導士なんだよ?
 この手で幾人もの魔族を手に掛けたこともある、ここではれっきとした恨まれるべき存在、のはずなのに。

 もしかして魔族とは頭のおかしい種族だったのだろうか、と失礼極まりないことを考えかけた刹那、喜色に満ちた喧騒の響くホールを一喝する怒声が、上がった。

「いい加減にしろ魔王ッ!!そいつは、オレの、オレの弟を殺したんだぞッ!!!」

 ピタッと静まり返った大広間の視線は、声を上げた魔族に集中する。
 その中心にいたのは、虎の頭をした見るからに武人の男、だった。

 あぁよかった、魔族にもまともな人がいたんだ。
 これからあの人に糾弾されて、きっと周りの魔族たちもそれに同調していって、弟の仇だ、仲間の仇だといって殺されるんだろう。
 最期に美味しいものも飲めたし、僕の命が国や殿下の役に立てるならもうそれでいいや。

「ほう、だから?申してみよ、序列一位――轟雷将軍アスタード。」

 ここに連れてこられて初めて、魔王が魔王らしい不穏な声音でそう言い放つのを聞きながら、最期にもう一口、といつの間にかペンギン給仕がおかわりを入れてくれていたグラスに僕は再び口をつけた。

 対する虎男は、一段下がったホールから悔し気にその牙を剥き出しにして――

「だから!!せめて!今回くらい!弟の分までオレがユーリオたんを隣で愛でてもいいでしょうがッ!!!」

「黙れ若輩者がッ!!余は『ユーリオたんを愛でる会』永世名誉会長なるぞ!!序列一位ごときがこの座を奪えるとでも思うたか!!」

「ちなみに私は名誉副会長ですからね、ユーリオ君。さぁ、あんなうるさいのは捨て置いて、こちらの一品などいかがです?人間向けにきちんと味を調整していますので、きっとお気に召して頂けると自負しておりますよ。」

 虎男と魔王が言い合うさなか、音もなく隣にやって来た宰相蛇から差し出されるのは綺麗に彩りよく肉やら野菜のようなものが盛りつけられた、皿。

 とりあえず反射的にそれを受け取りながら、僕はついに心のままに言葉を紡ぐことができた。


「もう無理、意味わかんない。魔族って頭おかしいの?ほんっと、誰か説明してよ。」


 直後「ユーリオたんが喋ったぁぁぁ!」と湧き上がった歓声にも「なんで!?」と即座に言い返せたことは、自分でも驚きだった。






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