売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉

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31.焦土

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「っだめです。本隊との通信魔法が通じません……!」
「くっ……これでは陽動というよりも、ただの捨て駒ではないか……」

 朝焼けの光に染まり始めた空を覆う、薄い雲。
 そこから冷たい小雨が降り注ぐなかで小隊を率いる軍人たちは皆、険しい表情を浮かべている。
 無理もない。
 もうじき、この丘陵地帯を進軍してくる魔族の部隊と真っ向から交戦となるのだから。

 頼みの綱である友軍本隊との通信魔法が途絶えたのは、魔族の別動隊から奇襲でも受けたのか、そもそもこの小隊を囮にして安全に撤退するためなのかは、僕如きの一魔導士には推測もできない。
 ただはっきりとわかるのは、初陣でこれってさすがに運が悪すぎるよね?ということだけだ。

 もれなく全員が先輩である十名ほどの魔導士たちが皆、揃いも揃って顔を青ざめさせているのは、夜明けの雨による寒さだけが原因ではない。
 なかには諦め悪く、本隊所属の通信役魔導士に向けて魔法を飛ばし続けている人たちも何人かいるようだが、きっとその努力が報われることはないのだろう。

 何せかれこれ、ほぼ一晩中もの間、音信不通とか絶対わざとでしょ。
 騎士と思しき高位の軍人たちが小声で囁き合う会話に聞き耳を立てるに、どうやら王家と貴族勢力の派閥争いが原因でこんな馬鹿げた目に遭っているらしい。

 曲がりなりにも名門貴族を出奔してきた身としては、心情的には非常に肩身が狭い。
 何かあれば犠牲になるのは、僕ら前線の人間だもの。例えば、初陣の魔導士とか……ふふっ。本当にもう――いい加減にしろ。

「あのぉ……意見具申」

「む?なんだ貴様――あぁ君か、クレ……いや、ヴァロット。何だ?」

 初めての戦争参加に初めての行軍、おまけに初めての野営と全滅の危機に、疲労と緊張がピークに達していて少しばかりテンションもおかしくなっていた僕は、気が付いたら小隊長へと声をかけていた。
 初陣の、それも十歳かそこらの正真正銘ひよっこ魔導士の言葉に耳を傾けてくれたのは、この隊を率いる責任者たる騎士が、僕の実家のことをそれなりに知っていたからだろう。
 まさか家門の名に感謝する日が来るなんて思わなかったなぁと、頭の隅で思いながら口を開く。

「魔族側の進軍ルートが予測できているのなら、地雷原で吹っ飛ばします。オーケー?」

「んぁ!?……ジ、ジラ?……は?おぅけぃ??」

 こいつ何を言い出した??という奇異の視線を周囲から浴びるなか、ストレス過多で限界を超えていたせいか小さく笑ってしまうのを止められないまま、僕はそのまま進言を続ける。
 しばし考え込んだ小隊長以下、数人の上官たちは、最終的に僕のそんな策に乗ってくれた。むしろ、他に取れる手段がないほどマズい状況だったんだもの。

 そうして、僕特製の中級使い魔スライムを急遽作成し、敵部隊が進軍してくるであろう地帯へばら撒きに向かった。
 小隊長直々に駆る馬に二人乗りさせてもらって、お尻の痛みに耐えながらも、スライムこと可燃性ガスを内部に生成し続ける危険物をせっせと投げ捨てること自体は簡単だ。
 でも粗悪な魔法インクのせいでポイントに到着するごとに急いで魔法陣を描き上げないといけないし、変わらず雨は降っているし、本当に最悪だ。
 最悪過ぎてずっと笑いが止まらなかったのは自分でもどうかとは思うけれど、まだ僕も子供なのだからきっと大目に見てもらえるだろう。

 幸運なことに急いで即席地雷原を作り上げた直後、魔族軍は予想進路を全く逸れることもなく、その場所を怒涛の勢いで進軍してきた。
 だからできるだけ引き付けて、タイミングを見計らってから、同僚の魔導士へ点火用の炎の魔法を撃ち込んでもらう。
 それ地雷とはちゃうで、と頭の中でツッコむ声は勿論聞き流す。

 そして――火気厳禁の使い魔たちは、大地をひっくり返した。

 火柱というよりも炎の壁となって、魔族軍を一瞬で飲み込んだ大爆発。
 それに一番驚いたのは僕だ。
 なんちゃって地雷型スライムをばら撒き過ぎたのか、生成する可燃ガスの量が結果的に多すぎたのか、何にせよ予想以上の戦果だ。

 これで僕も立派な人殺しなんだなって、冷めた頭の奥で考えていたけれども……どうしても笑いが止まらなかったのは本当に酷い。ストレスって恐ろしいよね、自分が制御できなくなるんだから。
 黒く焦土と化した広大な大地を前に、小隊の皆は計ったかのように無言のままだったからこそ、小さくとも場違いなこの笑い声はさぞ目立つことだろう。
 でも、そう自覚していても、もう止まらないものは止まらないんだから仕方ない。

「……ふ、ふふっ、ふ……あれ?……夢?」

 あの日と同じように、自分の少々不気味な笑い声が止まらないと思ったら、どうやら夢を見ていたらしい。
 いつの間にか下草の上に仰向けで転がっていた体を慌てて起こし、周囲を見回した。

 僕の記憶が確かならば、襲ってきたドラゴンに手榴弾スライムを命中させたはずなんだけれど、どうなった!?

 周囲にまだ微かに残る熱気と何かが焼け焦げたような臭いが鼻をついた瞬間、視界に飛び込んできたのは――。

「見たか者共!このこんがり具合!さすがは余のユーリオたんっ!!」
「ひゃ~さすがは焦土の魔導士たんだぁ。あんな使い魔、オラ見たことねぇわ」
「ひひんっ!ぶるぶるるぅぅぅっ!」
「せっかくですし、この丸焼きは城に持ち帰っていいッス?祝宴のメインディッシュにすべきかと!」
「いいですねぇ。ではさっそく転移で――」

 運よく倒し切れていたドラゴンの周りで盛り上がっているのは、長く奔放な銀髪を背に躍らせる長身の美丈夫と、その取り巻き魔族たちに他ならない。
 総勢で三十名程はいるようだが、やっぱり隠れて僕のことを皆でずっと見守ってくれていたのか。
 でもそれなら、輪の中心にいる一人だけは最後まで姿を見せてはいけないだろうに。

「……だからあんたら、何やってるのさ……」

 嬉しさ半分、呆れ半分で呟きながら立ち上がれば、揃ってこちらに視線を向けた魔族たちは全く慌てた素振りも見せず、口々に口を開く。

「おやユーリオ君、お久しぶりです。奇遇ですねぇ。ちょうど散歩途中でして……」
「びっくりしただぁ~。まっさかこげな所にドラゴンが出るとはねぇ。ユーリオたんも無事だったべか~?」

 そんな会話の後ろでは、他の魔族たちの影に隠れるように身を縮こませた男が、その側近と小声で話し合っていた。

「魔王様、今のうちにそっと立ち去るッス!神樹の下でマテですのっ!」
「う、うむ!演出に係わるからな。後のことは頼んだぞ?では名残惜しいが、余はもう行く――」

 だからその会話は隠す気があるのか、全部こっちにも筒抜けなんだってば。
 そう指摘したい気持ちはぐっと堪えて、また僕の目の前から姿を消そうとする男へ向かって、やや早口で告げた。

「どうせなら、ここからは魔王と二人で行きたいな」 

 彼が僕に課した最重要課題はおそらく、先程のドラゴン討伐で間違いないだろう。
 かなり運に左右されていようとも、どうにかそれは達成できたみたいなのだから、もうこんなグダグダ課題なんて終了でいいよ。

 とにかく、二晩ほど不本意な夜を過ごした挙げ句、ドラゴンと正面から戦闘するなんて命が幾つあっても足りないような目に遭ったのだ。
 僕だって疲れた。ここ数カ月の甘やかされ生活のせいで、この程度でストレスフルなんだ。
 だからもう余計なことを考え出す前に、意識的に本心を口にしながら、無意識に両腕を伸ばした。

 まだ僕からは多少離れた距離にいる魔族たちの後ろで、今にも身を翻しそうな名ばかりの『伴侶』とやらへ。

「寂しかったんだから、抱っこして」

 ……これ十六の男の台詞か?ろくに顔も可愛くない小柄なだけの男が何を言ってるわけ?そもそも――あぁマズい。いざ口にした途端、頭の中でのツッコミが止まらない!!

 揃いも揃ってポカンとする魔族たちの前で、強烈にいたたまれない気持ちがせり上がってくるし。
 おそらく不貞腐れたような仏頂面を晒してしまっているのだろうけれど、そのままきゅっと唇を噛んで、この微妙な時間をどう打ち切るべきか考え始めたところで、

「っ抱っこぉおぉ――!!ぅオレに任せろおぉおぉッ!!」
「あ!?コラ馬ッ!抜け駆けすんな!?」
「ぴょぴょぴょーんっとウーギが参りますがなッ!!」
「毛玉はカサカサ移動の間違いでしょう。ほーらユーリオくーん、滑らか鱗の方が気持ちいいですよぉ~?」
「ちょぉ閣下!?さりげなく尻尾で進路妨害ヤメテ!」

 ワッと僕に向かって殺到してくる異形の集団に、圧殺される未来が見えた。むしろそれしか見えない。
 でも賑やかな彼らにもみくちゃにされる寸前、魔族の集団はその場から忽然と姿を消した。

 後に残ったのは、珍しく無表情のまま佇む見目麗しい銀髪の男、ただ一人だけ。
 その淡く蒼く灯る瑠璃色の瞳をゆっくりと瞬かせながら、どうしてかいきなりの魔王モードで、彼は言った。

「ユーリオ。もう一度、言ってみよ」

 ……さすがに、甘えすぎて嫌われたか。
 伸ばしたままの腕もそろそろ怠いし、静かに窘めるような低い声音にも、いたたまれなさが更に加速していく。

「ユーリオ」

 でも、自らの望みをいつでも押し通す男の声でそう名前を呼ばれたら、自然と口は開いてしまう。

「……抱っこ……して?」

 消え入りそうな情けない声で、更に情けない言葉を口にしながら、ほんの少しだけ離れ離れになっていた魔王を見つめた。
 人とは違う次元に在ることを明示するような、どこまでも綺麗に整った男らしい秀麗な顔――その口元がひくりと小さく引きつる様すら決して無様ではない。

 だが直後、わざわざこの距離を転移魔法ですっ飛んだのか、一瞬姿が消えた途端ガバッと僕を抱き上げた魔王の顔は、直視できないほどにデレッと崩壊していた。

 そして深い深い森に響き渡る「う」と「い」の二音の連呼に若干引きながらも、やっぱり嬉しいと思ってしまうのだから、そろそろ僕も色々と手遅れなんだろうなと改めて自覚した。



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