太陽と月

ko

文字の大きさ
75 / 197
違和感の正体

75

しおりを挟む
翌朝、いつもよりも早い時間に咲恵がインターホンを鳴らす。

鹿島により用意された朝食を皆で摂って、医療センターへと向かう準備を終えた。

『陽、今日は病院で悪い所がないか診てもらおう』

護衛の自動車を前後につけ、麻生の運転で医療センターへと向かう道行き、リアシートに陽を座らせたようとするが、朔也の首に腕を回し離れようとしない。
朔也の膝の間に座らせ咲恵と共にリアシートに乗り込めば、陽は車窓から見える景色に目を輝かせていた。

長谷美由紀との生活が全てだった陽には初めて見るものばかりだろう。
信号待ちの際、母親と手を繋いだ子供が自販機でジュースを買っている姿をじっと見つめる陽は何を思っているか、朔也はついつい勘ぐってしまう。
母親のことを思っているのか?
ジュースが欲しいのか?

いずれも正解ではない。ただただ、いくつものカラフルなパッケージの缶が並んだ、これまたカラフルな四角い箱が気になっているだけなのだ。
何かが欲しい、買ってもらおうと言う概念がない。

それでも受診が終わった『ご褒美』と言う名の下に自販機でジュースを買ってやりたいと考えたのは朔也だけでなく咲恵も、そして麻生さえも同じだった。

予約時間の10分ほど前に医療センターのエントランスをくぐれば、総合受付からスーツ姿の男性が咲恵に黙礼している。
他の患者への配慮だろう。咲恵も小さく一礼し、その男性へと歩み寄った。
特に挨拶もせず、無人のスタッフ専用エレベーターへと促されドアが閉まったところで漸く男性が口を開いた。

『副師長、ご無沙汰しております』

丁寧に頭を下げた男性に咲恵も恐縮しきりで朔也と陽を紹介する。
穏やかな眼差しを湛えたこの男性、医療センターで事務局長を勤める村上は、咲恵が在職中から同年代と言うこともあり男女の垣根を越えた気の置けない友人だと言う。

咲恵の夫、中野保夫が他界した後も咲恵を気遣い、心を寄り添わせてきたのだ。

『予約は総合内科でしたけれど、担当医はどなた?』

咲恵が問えば、村上がやや緊張の面持ちで

『それが、院長なんです』

通常この医療センターでは、院長が担当医となることはないのだと言う。
回診は熱心で全ての患者の名前と症状は頭に入れているようだが、やはり、その他の業務に多忙で直接診察することはないのだ。

『咲恵さんの紹介だと言ったら院長が自ら手を挙げられて』

既に自室で待っているのだと言う。

院長室で診察となるようだが大丈夫なのだろうか、院長室は院長室であって、診察室ではない。診察できる設備は整っているのか。
そんな朔也の疑問に今度は咲恵が答える

『朔也君、ここの院長室は診察室と遜色ないから安心して』

ただ最上階にあると言うだけで、ちょっとした処置ぐらいならできる設備が用意されているのだと言う。

短い会話が途切れたところでエレベーターは最上階で停止した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...