太陽と月

ko

文字の大きさ
96 / 197
朔也の葛藤

96

しおりを挟む
麻生により開けられたリアシートへのドアの向こうには既に吾妻がタブレット端末と何やら書類とを交互に眺めている。
2人揃っての入店だったのだ。朔也ですら1時間程で店を出てきているのに、吾妻はそれよりも早くに出たことになる。

まさか、早漏か、それとも俺と同じで…

『随分と早いな』

吾妻も同じようなことを考えていたのだろう。朔也が今考えていたような言葉をかけられた。
フロントシートとリアシートが完全に隔絶されているのをいいことに、吾妻の言葉には容赦がない。

『で、どうだった?』

書類をしまいタブレット端末のディスプレイを暗くした吾妻が右側の口端だけをあげて朔也を見遣る。付き合いの長い吾妻には朧気ながら結末が見えていたのだろう。

『勃たなかった』

短く答える朔也に、吾妻も短く答える。

『だろうな』

そう言われてしまうと己が性的に不能みたいではないかと若干苛立ちの色を見せた朔也だが事実なのだから仕方ない。

陽が相手ならいつでも痛いぐらいに勃ち上がるそれが豊満で艶やかで性的な対象として100点満点の女相手に全く反応しないのは朔也にとっては想定外のことだったのだ。

『最近の朔也を見てれば、その程度のことは予想がつく』

言い切る吾妻に返す言葉が見つからない。

『なんか色々諦めついたわ』

覚悟もできた、と言う朔也は少し疲れたような安心したような顔を吾妻にだけ見せた。

話はこれまで、と言うように吾妻が黒と焦げ茶の小さなペーパーバックを掲げ見せた。

『今、相手してくれた嬢が土産でくれた』

と言うペーパーバックの中には黒く小さな缶が入っている。
今日は吾妻の発情期ではなかったらしく、予約の際にその旨を話しておいたのだと言う。そう言ったサービスを受けない代わりにと用意されたのが紅茶マイスターなる資格を持つ嬢だったのだ。
本部の離れで桐島により点てられるお茶にも、嬢が淹れる紅茶にも然して興味はなかったのだが

『騙されたと思って召し上がってみてください』

妹の菜々子と同じような年格好の娘から言われれば、無下にすることなどできず、ソープランドの個室でガラス張りの浴室を見ながらスコーンと紅茶を楽しんだと言うのだ。

それが思いの外美味であり、それを嬢に伝えたところ淹れ方のコツを長々と、いや、丁寧に語り土産に同じ茶葉を持たせてくれたらしい。

『今から俺が淹れてやるから』

早々にインターコムで麻生に指示を出している。行き先は組事務から朔也の自宅へと変更された。

普段はバーボンを好む吾妻が紅茶を嗜むなど少々滑稽な気もするが、飲んでみるのも悪くない。

それに何だかんだと言い訳をつけて吾妻も陽の顔を見たいのだろう。
今朝も午後のスケジュールの話を向けた朔也が言い淀むのを見て真っ先に陽の心配をしたぐらいなのだ。

今夜は吾妻も食卓を共にすればいい。その旨、早速楠瀬へメッセージを送る朔也だった。
鹿島は更に腕によりをかけることだろう。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...