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四章
Ⅷ
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『もふもふフェスティバル』を終えて三時間後。二人で遅すぎる夕食をおくっている。正面に座しているルウからはさっきのことは触れるな喋るな話題にするなという無言の圧が発せられている。もちろん、そんな圧などなくてもこちらから口にするうもりはない。
後悔と罪悪感が半端ない。とてつもない虚脱感もある。なにが『もふもふフェスティバル」だよ俺。馬鹿じゃねぇの? いくら久しぶりだからってはっちゃけすぎだろ・・・・・・。
「ご主人様のご学友だったのですよね」
「んあ!?」
まさかあっちから喋るとは。完全に虚を突かれて咄嗟に変な声が出てしまったじゃないか。
「さっきのお方です」
エドガーのことか。あんな奴のせいで、面白くない気分になった。努めて平静を装いたいけど、額に力が加わってしまうのを和気藹々とした和気藹々とした雰囲気は諦めていたものの、手作り料理の味だけでも堪能したかった。
「かなり親しい間柄であったように見受けられましたが」
さっきの圧のお返しのつもりとばかりにスルーを試みたけど、無理そうだ。仕方ない。
「昔のことだ。もう違う」
「なにかあったのでしょうか。あの御方とご主人様が、仲たがいをしてしまうような出来事があった、と。そのようなお話だったので」
おかしい。その話のとき、ルウは工房にいたはずじゃないか? 訝しみを察してか、「もうしわけありません」頭を小さく頭をさげられた。
「私は、ウェアウルフですから。普通の人間よりも聴覚が優れているのです。お部屋が別でも、隣の部屋の話し声が聞こえるのです」
「そうなのか」
「はい。両親が寝室で夫婦の営みをしているときも、自分の部屋にいるとき聞いてしまったことが何度もありました」
「それは・・・・・・いやだな」
子供にとって親のそんな生々しいもん、聞きたくないだろう。けど、そのままルウは俺に期待するようにじっと見つめ続ける。話してくれ、と促がしている。
「う~ん」
正直、嫌だけど・・・・・・。でも話さなければいけないんだろうな。俺の過去とか、大魔道士をこえるという目標にも繋がつながることなんだから。
「俺が通っていた魔法学院というところは、その名前のとおり魔法を学ぶ場所だ」
帝国中の、魔力を持っている子供。十二~十八歳までの子供が対象となっていて、入学が義務づけされている。平民、貴族、王族。身分に隔たりなく。魔法とはどのようなものか、魔力とはなにか。実際に魔法を扱うにはどうすればいいか。実際に魔法を使った実技の授業だけじゃなく歴史や偉人、用途。魔法に関する学問を身につける。
「エドガーとはそこで知り合った。同学年で、同じ平民だったし、同じ講義を取っていた。自然と仲良くなったな」
食事を一緒にするだけじゃない。夜にはお互いの部屋にいって遅くまで勉強したり遊んだりした。休日も、一緒に出掛けたりした。つまらないことで口論になって、魔法で喧嘩をして教師にこってり罰則を与えられた。おまえのせいだ、いいやおまえが悪いとしばらく仲が悪くなったことも何度かある。今振り返ると、おもわず微笑みそうなほど懐かしい。ルウが相手だからか、穏やかに話せる。
「十代っていう未成熟なガキだからなのか、それとも育った環境の違いかヒエラルキーってのがあってな」
「ひえらるきー、とは?」
「簡単にいうと、学院内の身分制度」
貴族は立場上、平民と親しくしない。平民も平民としか交わらない。貴族の中にも序列があってそれによって阿っていたり関わる相手が変わっていたけど、それはどうでもいい。とにかく、貴族と平民の間には絶対的な壁があった。
表面上、平民は貴族に下として接する。当然として貴族の学生が横暴な振る舞いをしても、許される。けど平民がその逆を貴族にすることは許さない。貴族が平民に命じ、家来のようなことをさせて拒むことができない。それ以外にもいじめ、いやがらせ。かつあげ、新たに習った魔法の練習相手。
とにかく貴族たちは横暴で尊大で、平民になすすべはなかった。逆らう平民もいた。学院側に訴えた。けど、貴族達は実家の権力とか金で強引に従わせたり、脅したりしていたから、学院側は問題にしなかった。生徒が訴えても相談しても。それが原因で退学しても。なにもしなかった。
昔はそんな学院側を恨んでいた。情けない、と腹立たしかった。けど、成人して働いている今だからこそ理解できる。下手に貴族側を罰したりすれば自分の職を失う。学院がなくなったらそこで働いている全員が路頭に迷う。下手をすれば生徒たちの親族にまで及ぶ。それに、人間関係とか出世とか人脈とか、とにかく大人の都合があったんだろう。
そんな風に今、過去を認められている自分が、不思議だった。成長して大人になったという証なんだろうか。だが、決して嬉しくはなく自嘲の笑いが出てしまう。
「十五のとき、貴族と平民全部が完璧に分かれたけんかがおきた」
きっかけは、エドガーだった。一人の貴族が、エドガーの大事にしている道具を要求して、拒んだ。最終的に貴族たちのせいで壊れてしまった。それで、俺と二人で抗議にいった。横柄な対応をされて、口論になった。周りにいた、日頃から不満を抱いていた奴らもそれに加わって、最終的に授業なんて全員無視して、一日中魔法が飛び交って怪我人が出るほどの騒ぎになった。
本物と比べるなんておこがましいけど、あれは当時の俺たち平民にとって、子供たちにとって一つの戦争だった。
「普通、学院内でけんか騒ぎになったら、理由に関わらず両方罰則を与えられる。俺たち平民は、全員一週間停学で反省文と課題を鬼のようにやらされた。牢屋みたいなところに入れられて。貴族側はなにもなかった。お咎めなし。無罪放免」
あのときにこの世界の仕組みについて知ったのかもしれない。とにかくこの世界は理不尽で残酷で不公平。けど、それが普通。個人の力ではどうしようもない。許せないが受け入れるしかない、どうしようもない現実を。悔しかった。
「それからエドガーとな。話をした。毎晩。貴族たちに復讐してやろう。世界をかえてやろうってな」
ルウの耳だけが反応を示したけど、ともかく話を続けた。
「最初は、不平不満を語るだけだった。次第に、どうやって復讐するかとか手始めに誰を襲うかって話をエドガーはした。その計画とか手段とかな。同じ頃に、俺は魔道士について知った」
心惹かれた。衝撃を受けた。己の実力と才能のみで人々から尊敬されて崇められる。身分も産まれも関係ない。努力と才能でなれる特別な存在。
夢中になった。古代の魔法とか新しい魔法。歴代の魔道士たちの研究。どうやったらなれるか。座学だけじゃなくて、図書室に行って歴史とか古文書とか、魔法の作り方についての本を読むのに時間はかからなかった。
「俺は、復讐として魔道士になるのも一つの道だと思った。普通の魔法士にはなれない偉大な存在、国から認められ歴史に名を残す。ただふんぞり返っているような器の小さい貴族じゃなれない存在になって見返してやるのが、復讐だって。エドガーに魔道士の話をしたけど、意見が合わなくなった。エドガーは俺に賛成しなかった。なれるかどうかわからない。なれない可能性が高い。逆に、手っ取り早いから貴族を闇討ちしようとか暗殺しようとか、反乱しようとか、そんな物騒なことを言いだし始めた。俺は、賛成しなかった。そっちこと失敗する可能性が高いし後がこわいからな。下手をすれば捕まって処刑。エドガーはそれでもいいと。あいつらを道連れにして死ねれば本望だと。俺はそんなことよりもあいつらよりすごい存在になって逆に馬鹿にして見返してやろうとか」
話は何日か続いた。ときには罵倒もしたし、激しく言い合った。そんなぶつかり合いが続いて、あの日がきた。
「あるとき、学院中で盗みが頻発するようになった。金とか魔導具とか。俺が自分の部屋に戻るとエドガーがいて、部屋中を漁っていた。泥棒が入ったのかってくらい荒らされていた。動揺していたエドガーを見て、なにをしていたかすぐ見当がついたよ」
問い詰めた。俺の財布とか金になりそうなものを、盗もうとしてたと笑いながら言っていた。学院をやめる、一人で復讐をする。そのために金を集めている。ユーグも一緒に来い、と。
知らず知らずに、右側の目を擦ってしまう。もうないはずの右目が、疼いた気がした。
「エドガーを責めた。あいつも、俺を責めた。口論して、取っ組みあいになって・・・・・・。最終的に、激しい魔法の打ち合いになった。そして、俺はあいつに負けて、右目を抉りとられた。意識を取り戻したとき、医務室で寝ていた。エドガーは学院を出奔して、行方不明になったことを、知らされたよ」
裏切り者。部屋で意識を失う前、最後にそう言われた。エドガーの心境を、理解できる。貴族達に不満を抱いて、同じような仕打ちを受けて、復讐を誓っていた。それなのに、自分に賛同してくれない俺が、同じ道に進もうとしない俺が、おじけづいたようにかんじたんだろう。
それでも、許せない。認められない。親友だった。その親友の金を盗み、そして俺の右目を奪った。俺のやり方を散々否定して、馬鹿にした。到底許せる問題じゃない。けど、半分忘れていた。嫌な記憶として存在ごと奥底に沈めていたんだ。
「そんなところだ。それから今までずっと、絶縁していた」
一気に喋りはじめて、疲れた俺は冷えたスープで喉を潤した。沈黙がこわい。ルウは、俺の好きな子は、今の話を聞いてどうかんじたんだろう。反応が、こわくて顔を上げられない。一心にスープを飲み続ける。
「では・・・・・・ご主人様は」
どくん、心臓が跳ねた。いつものときめきとは違う。後ろめたさからくる動揺か。
「ご主人様が大魔道士をこえようとしているのは、復讐のためなのですか」
・・・・・・やっぱり、そうくるだろうな。
「そうだった。昔はな。今は違う。正直、復讐とかはない」
「では、なにゆえでしょうか」
「楽しかったし、充実していたからだ。研究が」
最初は、右目の代わりとなる魔導具を作ろうとしたのがきっかけで、魔道士への第一歩を踏みだした。それもかなり高性能なやつを。けど、魔導具を一から作り出すことの困難さは、並大抵じゃなかった。それも、今までにない自分だけの魔導具を作りだすのだから、失敗失敗、また失敗の繰り返し。
けど、そうやって繰り返しているうちに、試行錯誤をしているときでさえ楽しかった。どうしてうまくいかないのか。改善するのはどうすればいいか。答えを出して、失敗して・・・・・・そうして完成させられたときの爽快さは、なんともいえない。他では得られない。泣いて感動したものだ。
その義眼は、今も眼孔に埋まっている。けど、今は使えない。それでも魔導書にしっかり最初のページに記されている俺だけの初めての魔導具。夢の一歩を踏みしめた証。
とにもかくにも、そこからだった。新しい魔法を編み出すための研究も、素材を選ぶときも、復讐なんて忘れて没頭できた。学院を卒業して就職して現実を知っていって大人になったというのもあるのだろう。あれほど憎んでいた貴族とかこだわらなくなった。
夢を持っているからだ。復讐というどこか負の感情に満たされたものじゃなく、夢に向かっているという事実が、夢のための時間が、楽しさや喜びが、俺を充実させている。
だから昔とは違う理由で、エドガーとは同じ道を行かない。復讐したいのならすればいい。もう、進んでいる道は異なっているのだから。
「葛藤は、なかったのでしょうか。復讐を忘れて、夢に生きることに。手段が目的に変化したことに戸惑いや、悩むことはなかったんですか」
「なかった」
「思い出したり後悔したり、やっぱり復讐しようとおもうことも? まったく?」
「ないな」
「そうですか。うらやましいですね。私は・・・・・・できそうもありません」
「ルウはルウ。俺は俺。皆違うよ」
「ですが、もし、それでも迷い続けたとしたら? 復讐か夢か。どうすればよろしいでしょうか?」
「それは・・・・・・・・・わからないな」
なんだろう。ルウの切実とさえいえる問いかけは、なんだか違和感がある。どこか必死さもあって、懇願しているようでもある。教えて、助けて、と。
「なるほど。結局最後は自己の判断に任せ責任を委ねるということなのですね。誰かに頼ることも許されないのですね」
「そういうわけじゃないんだがな・・・・・・」
「そして、自分の体験したことを偉そうに講釈していたのに、悩んでいるその人自身に・・・・・・そんなこと知るかてめぇのことはてめぇで解決しろばぁか、と放り投げるのですね」
「だからそうじゃねぇよ! 悪意ある解釈すぎるだろ!」
「ですが、ありがとうございます。もし、私もそんな状況になったとき、参考にさせていただきます」
「ああ、うん」
もし、参考にか。さっきの違和感は奇麗さっぱり失せている。俺の杞憂だったのだろうか。
「ご主人様のルーツを知ることもできて、よかったです」
ルーツ・・・・・・ルーツか。そういえば、過去とかきっかけとか話したのは初めてじゃないだろうか。今更ながら恥ずかしくなってきた。けど、ルウに知ってもらえて嬉しい。
「なぁ、ルウ。そういえば昔俺さ――」
「それでは、私は食器を洗って参ります」
いい機会だからもっと知ってもらいたい。思い出話をしようとしたけど、全スルーされて空振りする。
「学院のときだけど――」
「忙しいのでやめてください」
完璧なシャットダウン。皿洗いを始めたルウを追いかけてみたけど、無駄だったははは、己の職務に忠実なところもいとおしいけど。
それにしても、懐かしい。あの頃は本当に夢中で毎日研究していたっけ。・・・・・・それが今じゃこの有様だ。研究は遅々として進まず、魔導書を完成をさせられていない。情熱と楽しさは今どこにもない。あのとき必ず常にあった衝動。心が躍る探究心。欠片さえもない。
大魔道士を越えた存在になる、とは志してはいるものの未だ成し遂げられていない。本当になれるんだろうか? 考えてみれば俺みたいなまだ二十そこそこの若造が、大魔道士をこえるなんておこがましいのでは? このままでいいんだろうか。どうすればいいんだろうか。昔はこんな風に悩むだなんて想像すらしなかった。昔の俺だったら今俺になんて言うだろう。
このままだったら。不安が不意に襲ってくる。過去何度となくやってきたそれを、妄想と振り払い、闇雲に突っ走ってきた。けど、それを最近は、いずれ来る未来だと半ば受け入れてしまっている。
もしかして、俺は―――。
台所から、何故かルウが小走りでやってきて俺の前に仁王立ちする。
「私は、迷っています」
そのままルウにぎゅっと抱きしめられた。胸のあたりに頭をすっぽりとおさめられながら。右手は頭に、左手は背中に回されて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにこれ? 一体なにがおこっているんだ? 柔らかさとか体温とか良い匂いとかが唐突過ぎて展開についていけない。反応できない。
とにかく幸せで幸せで嬉しくてただこの時間を堪能することにした。
「なので、今猛烈にしたいことをいたしました」
とりあえず、すごい幸せですごい嬉しくて、頭を空っぽにして全身全霊で受け入れることにした。
「ご主人様が悩んでいるようだったので、自然と抱きしめてしまっていました」
ありがとう。すごいためになった。悩み全部吹き飛んだ。というか忘れた。
「ですが、明日にはまた変わっているかもしれません」
うんうん・・・・・・・・・・・・もうなに言っているのかわからない。
突然ルウは離れて、そのままぱたぱたと去って行ってしまう。ルウに抱きしめてもらった時間を何度もリピ―トすることに全神経&記憶&妄想力を注ぎ込むことに夢中になった。
後悔と罪悪感が半端ない。とてつもない虚脱感もある。なにが『もふもふフェスティバル」だよ俺。馬鹿じゃねぇの? いくら久しぶりだからってはっちゃけすぎだろ・・・・・・。
「ご主人様のご学友だったのですよね」
「んあ!?」
まさかあっちから喋るとは。完全に虚を突かれて咄嗟に変な声が出てしまったじゃないか。
「さっきのお方です」
エドガーのことか。あんな奴のせいで、面白くない気分になった。努めて平静を装いたいけど、額に力が加わってしまうのを和気藹々とした和気藹々とした雰囲気は諦めていたものの、手作り料理の味だけでも堪能したかった。
「かなり親しい間柄であったように見受けられましたが」
さっきの圧のお返しのつもりとばかりにスルーを試みたけど、無理そうだ。仕方ない。
「昔のことだ。もう違う」
「なにかあったのでしょうか。あの御方とご主人様が、仲たがいをしてしまうような出来事があった、と。そのようなお話だったので」
おかしい。その話のとき、ルウは工房にいたはずじゃないか? 訝しみを察してか、「もうしわけありません」頭を小さく頭をさげられた。
「私は、ウェアウルフですから。普通の人間よりも聴覚が優れているのです。お部屋が別でも、隣の部屋の話し声が聞こえるのです」
「そうなのか」
「はい。両親が寝室で夫婦の営みをしているときも、自分の部屋にいるとき聞いてしまったことが何度もありました」
「それは・・・・・・いやだな」
子供にとって親のそんな生々しいもん、聞きたくないだろう。けど、そのままルウは俺に期待するようにじっと見つめ続ける。話してくれ、と促がしている。
「う~ん」
正直、嫌だけど・・・・・・。でも話さなければいけないんだろうな。俺の過去とか、大魔道士をこえるという目標にも繋がつながることなんだから。
「俺が通っていた魔法学院というところは、その名前のとおり魔法を学ぶ場所だ」
帝国中の、魔力を持っている子供。十二~十八歳までの子供が対象となっていて、入学が義務づけされている。平民、貴族、王族。身分に隔たりなく。魔法とはどのようなものか、魔力とはなにか。実際に魔法を扱うにはどうすればいいか。実際に魔法を使った実技の授業だけじゃなく歴史や偉人、用途。魔法に関する学問を身につける。
「エドガーとはそこで知り合った。同学年で、同じ平民だったし、同じ講義を取っていた。自然と仲良くなったな」
食事を一緒にするだけじゃない。夜にはお互いの部屋にいって遅くまで勉強したり遊んだりした。休日も、一緒に出掛けたりした。つまらないことで口論になって、魔法で喧嘩をして教師にこってり罰則を与えられた。おまえのせいだ、いいやおまえが悪いとしばらく仲が悪くなったことも何度かある。今振り返ると、おもわず微笑みそうなほど懐かしい。ルウが相手だからか、穏やかに話せる。
「十代っていう未成熟なガキだからなのか、それとも育った環境の違いかヒエラルキーってのがあってな」
「ひえらるきー、とは?」
「簡単にいうと、学院内の身分制度」
貴族は立場上、平民と親しくしない。平民も平民としか交わらない。貴族の中にも序列があってそれによって阿っていたり関わる相手が変わっていたけど、それはどうでもいい。とにかく、貴族と平民の間には絶対的な壁があった。
表面上、平民は貴族に下として接する。当然として貴族の学生が横暴な振る舞いをしても、許される。けど平民がその逆を貴族にすることは許さない。貴族が平民に命じ、家来のようなことをさせて拒むことができない。それ以外にもいじめ、いやがらせ。かつあげ、新たに習った魔法の練習相手。
とにかく貴族たちは横暴で尊大で、平民になすすべはなかった。逆らう平民もいた。学院側に訴えた。けど、貴族達は実家の権力とか金で強引に従わせたり、脅したりしていたから、学院側は問題にしなかった。生徒が訴えても相談しても。それが原因で退学しても。なにもしなかった。
昔はそんな学院側を恨んでいた。情けない、と腹立たしかった。けど、成人して働いている今だからこそ理解できる。下手に貴族側を罰したりすれば自分の職を失う。学院がなくなったらそこで働いている全員が路頭に迷う。下手をすれば生徒たちの親族にまで及ぶ。それに、人間関係とか出世とか人脈とか、とにかく大人の都合があったんだろう。
そんな風に今、過去を認められている自分が、不思議だった。成長して大人になったという証なんだろうか。だが、決して嬉しくはなく自嘲の笑いが出てしまう。
「十五のとき、貴族と平民全部が完璧に分かれたけんかがおきた」
きっかけは、エドガーだった。一人の貴族が、エドガーの大事にしている道具を要求して、拒んだ。最終的に貴族たちのせいで壊れてしまった。それで、俺と二人で抗議にいった。横柄な対応をされて、口論になった。周りにいた、日頃から不満を抱いていた奴らもそれに加わって、最終的に授業なんて全員無視して、一日中魔法が飛び交って怪我人が出るほどの騒ぎになった。
本物と比べるなんておこがましいけど、あれは当時の俺たち平民にとって、子供たちにとって一つの戦争だった。
「普通、学院内でけんか騒ぎになったら、理由に関わらず両方罰則を与えられる。俺たち平民は、全員一週間停学で反省文と課題を鬼のようにやらされた。牢屋みたいなところに入れられて。貴族側はなにもなかった。お咎めなし。無罪放免」
あのときにこの世界の仕組みについて知ったのかもしれない。とにかくこの世界は理不尽で残酷で不公平。けど、それが普通。個人の力ではどうしようもない。許せないが受け入れるしかない、どうしようもない現実を。悔しかった。
「それからエドガーとな。話をした。毎晩。貴族たちに復讐してやろう。世界をかえてやろうってな」
ルウの耳だけが反応を示したけど、ともかく話を続けた。
「最初は、不平不満を語るだけだった。次第に、どうやって復讐するかとか手始めに誰を襲うかって話をエドガーはした。その計画とか手段とかな。同じ頃に、俺は魔道士について知った」
心惹かれた。衝撃を受けた。己の実力と才能のみで人々から尊敬されて崇められる。身分も産まれも関係ない。努力と才能でなれる特別な存在。
夢中になった。古代の魔法とか新しい魔法。歴代の魔道士たちの研究。どうやったらなれるか。座学だけじゃなくて、図書室に行って歴史とか古文書とか、魔法の作り方についての本を読むのに時間はかからなかった。
「俺は、復讐として魔道士になるのも一つの道だと思った。普通の魔法士にはなれない偉大な存在、国から認められ歴史に名を残す。ただふんぞり返っているような器の小さい貴族じゃなれない存在になって見返してやるのが、復讐だって。エドガーに魔道士の話をしたけど、意見が合わなくなった。エドガーは俺に賛成しなかった。なれるかどうかわからない。なれない可能性が高い。逆に、手っ取り早いから貴族を闇討ちしようとか暗殺しようとか、反乱しようとか、そんな物騒なことを言いだし始めた。俺は、賛成しなかった。そっちこと失敗する可能性が高いし後がこわいからな。下手をすれば捕まって処刑。エドガーはそれでもいいと。あいつらを道連れにして死ねれば本望だと。俺はそんなことよりもあいつらよりすごい存在になって逆に馬鹿にして見返してやろうとか」
話は何日か続いた。ときには罵倒もしたし、激しく言い合った。そんなぶつかり合いが続いて、あの日がきた。
「あるとき、学院中で盗みが頻発するようになった。金とか魔導具とか。俺が自分の部屋に戻るとエドガーがいて、部屋中を漁っていた。泥棒が入ったのかってくらい荒らされていた。動揺していたエドガーを見て、なにをしていたかすぐ見当がついたよ」
問い詰めた。俺の財布とか金になりそうなものを、盗もうとしてたと笑いながら言っていた。学院をやめる、一人で復讐をする。そのために金を集めている。ユーグも一緒に来い、と。
知らず知らずに、右側の目を擦ってしまう。もうないはずの右目が、疼いた気がした。
「エドガーを責めた。あいつも、俺を責めた。口論して、取っ組みあいになって・・・・・・。最終的に、激しい魔法の打ち合いになった。そして、俺はあいつに負けて、右目を抉りとられた。意識を取り戻したとき、医務室で寝ていた。エドガーは学院を出奔して、行方不明になったことを、知らされたよ」
裏切り者。部屋で意識を失う前、最後にそう言われた。エドガーの心境を、理解できる。貴族達に不満を抱いて、同じような仕打ちを受けて、復讐を誓っていた。それなのに、自分に賛同してくれない俺が、同じ道に進もうとしない俺が、おじけづいたようにかんじたんだろう。
それでも、許せない。認められない。親友だった。その親友の金を盗み、そして俺の右目を奪った。俺のやり方を散々否定して、馬鹿にした。到底許せる問題じゃない。けど、半分忘れていた。嫌な記憶として存在ごと奥底に沈めていたんだ。
「そんなところだ。それから今までずっと、絶縁していた」
一気に喋りはじめて、疲れた俺は冷えたスープで喉を潤した。沈黙がこわい。ルウは、俺の好きな子は、今の話を聞いてどうかんじたんだろう。反応が、こわくて顔を上げられない。一心にスープを飲み続ける。
「では・・・・・・ご主人様は」
どくん、心臓が跳ねた。いつものときめきとは違う。後ろめたさからくる動揺か。
「ご主人様が大魔道士をこえようとしているのは、復讐のためなのですか」
・・・・・・やっぱり、そうくるだろうな。
「そうだった。昔はな。今は違う。正直、復讐とかはない」
「では、なにゆえでしょうか」
「楽しかったし、充実していたからだ。研究が」
最初は、右目の代わりとなる魔導具を作ろうとしたのがきっかけで、魔道士への第一歩を踏みだした。それもかなり高性能なやつを。けど、魔導具を一から作り出すことの困難さは、並大抵じゃなかった。それも、今までにない自分だけの魔導具を作りだすのだから、失敗失敗、また失敗の繰り返し。
けど、そうやって繰り返しているうちに、試行錯誤をしているときでさえ楽しかった。どうしてうまくいかないのか。改善するのはどうすればいいか。答えを出して、失敗して・・・・・・そうして完成させられたときの爽快さは、なんともいえない。他では得られない。泣いて感動したものだ。
その義眼は、今も眼孔に埋まっている。けど、今は使えない。それでも魔導書にしっかり最初のページに記されている俺だけの初めての魔導具。夢の一歩を踏みしめた証。
とにもかくにも、そこからだった。新しい魔法を編み出すための研究も、素材を選ぶときも、復讐なんて忘れて没頭できた。学院を卒業して就職して現実を知っていって大人になったというのもあるのだろう。あれほど憎んでいた貴族とかこだわらなくなった。
夢を持っているからだ。復讐というどこか負の感情に満たされたものじゃなく、夢に向かっているという事実が、夢のための時間が、楽しさや喜びが、俺を充実させている。
だから昔とは違う理由で、エドガーとは同じ道を行かない。復讐したいのならすればいい。もう、進んでいる道は異なっているのだから。
「葛藤は、なかったのでしょうか。復讐を忘れて、夢に生きることに。手段が目的に変化したことに戸惑いや、悩むことはなかったんですか」
「なかった」
「思い出したり後悔したり、やっぱり復讐しようとおもうことも? まったく?」
「ないな」
「そうですか。うらやましいですね。私は・・・・・・できそうもありません」
「ルウはルウ。俺は俺。皆違うよ」
「ですが、もし、それでも迷い続けたとしたら? 復讐か夢か。どうすればよろしいでしょうか?」
「それは・・・・・・・・・わからないな」
なんだろう。ルウの切実とさえいえる問いかけは、なんだか違和感がある。どこか必死さもあって、懇願しているようでもある。教えて、助けて、と。
「なるほど。結局最後は自己の判断に任せ責任を委ねるということなのですね。誰かに頼ることも許されないのですね」
「そういうわけじゃないんだがな・・・・・・」
「そして、自分の体験したことを偉そうに講釈していたのに、悩んでいるその人自身に・・・・・・そんなこと知るかてめぇのことはてめぇで解決しろばぁか、と放り投げるのですね」
「だからそうじゃねぇよ! 悪意ある解釈すぎるだろ!」
「ですが、ありがとうございます。もし、私もそんな状況になったとき、参考にさせていただきます」
「ああ、うん」
もし、参考にか。さっきの違和感は奇麗さっぱり失せている。俺の杞憂だったのだろうか。
「ご主人様のルーツを知ることもできて、よかったです」
ルーツ・・・・・・ルーツか。そういえば、過去とかきっかけとか話したのは初めてじゃないだろうか。今更ながら恥ずかしくなってきた。けど、ルウに知ってもらえて嬉しい。
「なぁ、ルウ。そういえば昔俺さ――」
「それでは、私は食器を洗って参ります」
いい機会だからもっと知ってもらいたい。思い出話をしようとしたけど、全スルーされて空振りする。
「学院のときだけど――」
「忙しいのでやめてください」
完璧なシャットダウン。皿洗いを始めたルウを追いかけてみたけど、無駄だったははは、己の職務に忠実なところもいとおしいけど。
それにしても、懐かしい。あの頃は本当に夢中で毎日研究していたっけ。・・・・・・それが今じゃこの有様だ。研究は遅々として進まず、魔導書を完成をさせられていない。情熱と楽しさは今どこにもない。あのとき必ず常にあった衝動。心が躍る探究心。欠片さえもない。
大魔道士を越えた存在になる、とは志してはいるものの未だ成し遂げられていない。本当になれるんだろうか? 考えてみれば俺みたいなまだ二十そこそこの若造が、大魔道士をこえるなんておこがましいのでは? このままでいいんだろうか。どうすればいいんだろうか。昔はこんな風に悩むだなんて想像すらしなかった。昔の俺だったら今俺になんて言うだろう。
このままだったら。不安が不意に襲ってくる。過去何度となくやってきたそれを、妄想と振り払い、闇雲に突っ走ってきた。けど、それを最近は、いずれ来る未来だと半ば受け入れてしまっている。
もしかして、俺は―――。
台所から、何故かルウが小走りでやってきて俺の前に仁王立ちする。
「私は、迷っています」
そのままルウにぎゅっと抱きしめられた。胸のあたりに頭をすっぽりとおさめられながら。右手は頭に、左手は背中に回されて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにこれ? 一体なにがおこっているんだ? 柔らかさとか体温とか良い匂いとかが唐突過ぎて展開についていけない。反応できない。
とにかく幸せで幸せで嬉しくてただこの時間を堪能することにした。
「なので、今猛烈にしたいことをいたしました」
とりあえず、すごい幸せですごい嬉しくて、頭を空っぽにして全身全霊で受け入れることにした。
「ご主人様が悩んでいるようだったので、自然と抱きしめてしまっていました」
ありがとう。すごいためになった。悩み全部吹き飛んだ。というか忘れた。
「ですが、明日にはまた変わっているかもしれません」
うんうん・・・・・・・・・・・・もうなに言っているのかわからない。
突然ルウは離れて、そのままぱたぱたと去って行ってしまう。ルウに抱きしめてもらった時間を何度もリピ―トすることに全神経&記憶&妄想力を注ぎ込むことに夢中になった。
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2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
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【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
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恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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