魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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過去編

従軍

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 戦争がおこるらしい。物の値段が徐々にあがっていたり人々の顔が暗かったり、まるで我が身におこっていることのような雰囲気が不気味だ。研究所でもなにかと話題になっている。誰々のところに招集礼状が届いた。もしかしたら自分たちも。負けたらどうなるか。そんなことを話して不安がっていても、どうにもならない。まだ始まってもいないのだ。戦争に勝てるわけでもなくなりはしない。

 どこか現実味がなかった。対岸の火なんて優しい出来事じゃなくてどこか遠くの国の出来事を喋っているくらいの認識しか持てず、いつもどおりのことしかできない。

 けど、もし戦争で負けてしまったらここの研究はどうなるのか。すべて敵に没収されてしまうのか。破棄されてしまわないか。それだけが心配だった。

 だから自分の元に招集命令が届いても、最初は正しく認識できなかった。しばらくして、そういえば俺は魔法士だったと納得する。魔法士は平民よりも強力な魔法を扱える。軍人でなくても、戦いを生業としていなくても戦争に行かなくてはいけない。ただ遅いか早いかの問題でしかなかったのだ。

「そうか。君のところにも届いたのか」

 所長に伝え、仕事の引き継ぎをすることに一日を費やした。仕事終わりになんとなくシエナに会いたくなって、食事と酒に誘った。シエナの使い魔がいないのは残念だけど。

「シエナはどうなんだ?」
「僕は帝都の治安維持活動専門の隊だからね。今はまだ。けど、戦争が長引けば僕たちも行くよ。そのための編成や命令系統が話し合われている」
「どれくらい続くのかな」
「上の人たちは楽観視している。三ヶ月で終わるって根拠もなく決め込んで今から敵と交渉する際の条件を話し合っている。軍人は・・・・・・・・・一年以上かかるっておもっている。僕もそうだ」
「一年か」
「敵の戦争理由と規模。地形。それらを頭に入れて戦争するのが軍人だからね。まぁある意味正しい在り方だよ。大臣たちが実際に戦うわけじゃないし。口出しされると悪くなるし。お互いの領分を弁えているんだから」
「そんなもんなのか」
「実をいうとね。僕はちょっと前から戦争がおこるっておもってた」

 ん? と眉をひそめたのと同時にシエナが苦笑いを浮かべた。

「帝都に、スパイが潜んでいたんだ。情報操作しようとしたり施設を破壊しようとしたり。あとは陛下を暗殺しようとしたり。今も平民として何人かがスパイとして隠れている。僕は騎士の役目としてそいつらと戦っていた」
「まじか」
「きっと、前々から共和国は戦争を仕掛けるタイミングをうかがっていたんだとおもう」

 シエナは深刻な顔をしているけど、俺はどう反応していいかわからず、酒を飲むしかできない。

「なぁ、ユーグ。君はどれくらい魔法を使えるんだ?」

 『紫炎』が基本として、形態を変えることはできる。けど、実際に戦えるかどうかわからない。そもそも俺は研究者。戦いを目的にしていない。『紫炎』も、そもそも火系統の魔法に対してどこまでアレンジできるかっていう俺なりの研究テーマに基づいて創ったものだし。

「人を殺したことは、あるかい?」
「あるわけないだろ」

 学生時代、一度だけ貴族たちと大喧嘩したことがある。あと、それがきっかけで仲のよかった友とも魔法を使って揉めた。あれ以来喧嘩らしい喧嘩なんてしちゃいない。ましてや人殺しなんて。遺跡調査にも何度か行っているから、命を落としかけたことは何度もある。けど、あれは調査。戦いじゃない。
 
「部隊の隊長の指示に背く行動はしちゃだめだよ。同じ部隊の人たちと行動をともにして。魔法を遠くから撃って援護とか遠距離から戦うことを心がけて。魔法が間に合わないくらい敵が近づいてきたら無理しないで逃げてもいい。それから、戦場で食べる物は普通のと違って固いし飲みにくい。けど大事なものだから水と一緒に常に身につけておくように。もしだったら敵兵士のものを奪ってもいいし魔物や植物も食べられる。あとは――――」
「お母さんか!」
「友達に死んでほしくないって考えてアドバイスするのは、当然だろう?」

 死。普段とは違うシエナの重い言葉がずっしりと胸に入って残り続ける。

「今からできるだけ体を動かしておいたほうがいい。君はただでさえインドアで体力があるほうじゃないだろう」
「遺跡調査には何度か行っているから、なんとなく自信はある」
「調査と人との戦いは根本的に違うよ。それに――――」
「なぁ、シエナ」
「うん?」
「こわいか? 人を殺すのって。死にそうになるのって」
 
 黙りこんでしまう。どんな言葉で説明するべきか逡巡している。そんなシエナの優しさが、嬉しくもある。

「死んだあとのことをイメージしたらいいんじゃないかな。 もし自分が死んでしまったらって」

 俺が死んだら。どうだろうか。両親と兄は悲しむだろうか。研究所はどうなるだろうか。シエナは嘆くか。だめだ、イメージができない。

「君は魔道士になることしか頭にないからね。そのことにすべての力を注いでしまってる。だから難しいかもね」
「魔道士・・・・・・・・・」

 それだけで、自然とイメージできてしまう。自分の死後。死。そのことの意味することを。途端に恐怖にまみれる。体が震える。どうしようもなく、我慢できない。

「りふじんじゃねぇかこんなの・・・・・・・・・」
「ユーグ・・・・・・・・・」

 シエナは俺の心境を慮ってくれているのか。顔をくしゃくしゃにして、肩に手を置いてくる。

「どうしようシエナ・・・・・・・・・」
「死なないことだよ。絶対に。それしかない」

 実に単純で、真理を突いている。なんの慰めにもならない。

「戦い方や動き方は、実際に軍に入れば教えられる。けど、もしよかったら軍に行くまでの間、僕がレクチャーして――――」
「そんなことしていられるか!」
「え?!」
「こうしちゃいられねぇ! 家に戻って創りかけの魔導具とか魔法薬完成させてくる! 設計図も形にして・・・・・・・・・」
「え? え?」
「あ、そうだシエナ! もしだったらお前が魔導書預かっててくれないか!?」
「ちょ、ちょっと待ってユーグ。なんの話?」
「はぁ? なにってお前が言ったんだろ」
「え? ええ?」
「だから!」

 俺が死んでしまったら。それはすなわち夢が叶えられないこと。魔道士になる。そのことと戦争について結びつけてイメージしてしまうのは流れ的に自然だった。それ以外、なにも思い浮かばなかったしなにもなかった。

 もし俺が死んだら・・・・・・・・・ぞっとする。だってまだ創りたい魔法はいくらでもある。魔導具も魔法薬も。魔導書も完成させられていない。夢を叶えられていないのに、その途次で終わりを迎える。もがいてあがいて努力して。すべてを捧げて一生を費やして。それでも魔道士になれなかったら納得はできるだろう。けど、そんなことすら許されないで終わってしまったら。それだけで、こわくなる。

 それに、あの楽しい研究中の時間も二度と味わえない。それも嫌だ。軍に行くまで時間はない。今から不眠不休で研究することは可能だが、魔導書の完成自体は不可能。戦場に魔導書は持っていけるのだろうか。けど、戦場で消失してしまったら。くそ、こんなことになるんだったらもっと時間を大切にするんだった。シエナの使い魔だってちょっと調べてみたかったのに。やりたいこと、創りたい魔法はいくらでもある。
 
「え? もしかして死ぬこと自体じゃなくて夢を叶えられないまま死ぬことがいやなの?」
「当然だろ! あ、そうだ! お前の使い魔、この機会にちょっと調べさせてくれ! 頼む今生の願いになるかもしれないんだ! いつかあいつを調べたいっておもってたけど!」
「・・・・・・・・・・・・はっはっは」

 ぽかんとした気の抜けた顔が、満面の笑みになって、慌てふためいている俺を椅子に座らせる。なんだ? と抗議した途端、

 パァン!! と力いっぱい頬を張り飛ばされた。

「ちょ、お前なにしやがるんだ!」
「うるさいよ! 僕の心配してやった気持ちを返せ! 友情を返せ! もういいちょっと来い! かわいいちゃんねぇと楽しくお酒が飲める場所に連れていく! そうすれば君も少しはまともになれるさ!」
「やめろそんなとこ行かないぞ! そんなことよりも研究したいんだよ!」
「うるさい! 研究しかやってないからそんなふうな考えしかならないんだよ! 他にも良いことはたくさんあるって知れば君はまともになるはずさ!」
「好きでやってんだほっとけ!」
「このまま放置していたら君は将来マッドサイエンティストになるよ! 研究のために人の心を理解しないで平気で他人を貪って踏みにじって利用しようっていうタイプになるよ!」
「そんな馬鹿なこと!! ・・・・・・・・・・・・・・・・なるはずねぇだろ!」
「迷ったね!? 自分でも不安になっただろ! この魔道士(予定)野郎!」
「おい今のどういう意味だ! というか百歩譲っても自分の体を捧げるに留めるわ!」
「その発想がでてくる時点でなにも譲れてないんだよ!」
「いいから離してくれ! 友達なら離せ!」
「友達をこえた親友だから離せないね!」

 ギャアギャアと喚きながら店で暴れている俺たちは、きっと店中の注目を浴びてしまっているだろう。自覚はしていても、お互い譲らないものだから際限がない。最終的に飲み比べ勝負をして負けたほうがいうことを聞くという流れになってしまった。死への恐怖も、焦燥も酒の酔いがごまかしてくれて、夜がふけるまで飲み続けた。
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