83 / 192
十章
Ⅴ
しおりを挟む
帝都は大騒ぎだった。脱獄犯が騎士団の営舎で大暴れして、そして騎士が脱獄犯に協力していたせいで、厳重な警戒態勢を敷いている。帝都から離れることさえもできず、毎日逃げ隠れする生活を送る羽目になる。そう覚悟していた。
「いやぁ、とんでもない騒ぎですねぇ、皆さん」
ニコニコ顔の恰幅のいいキロ氏は、奴隷たちを侍らせながら呑気に談笑している。俺たちは、当初ルウが気づき上げていた奴隷たちのコミュニティーを利用して逃亡していた。そんな俺を、やはりコミュニティーを通じて友人であるキロ氏の奴隷、ハーピィ子が接触してきて、ここまで招いてくれた。
さすがにこの人に迷惑をかけられない。断ろうとしたけど、キロ氏たっての願いだと請われて、仕方なく彼の屋敷にお世話になることになった。
「あんたはどうしてここまでしてくれるんだ?」
「いえ、私は以前ユーグ殿に助けられたので、その恩返しにとおもいまして」
「・・・・・・・・・商人てのは、利益しかほしくないんじゃねぇのか?」
「ネフェシュさんは勘違いをしておられますね。たしかに、儲けるというのは誰しも求めます。しかし、根底には信頼関係がなければいけません。義理や不義理を無視していたら、誰からも信用されません。商品も買ってもらえませんし、そもそも準備や仕入れもできないのですよ」
「ほぉ。興味深い。な、主どの」
「・・・・・・・・・」
「人を見る目を養っておかなければ、騙されて大損してしまいます。信用できる人でなければいけません。ユーグ殿は犯罪をする人ではないと判断しました」
「結局は個人の性根に左右されるってことだろうな。あんたはどうおもう? 主との」
「どうでしょうなぁ。それに、まったく邪な気持ちがないというわけでもないのですよ。これを機に親しいお付き合いや融通をきかせていただけたいという下心もありますので」
「そいつは主に言ってくれ。なぁ、主どの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「おや、わかりますか。これは東洋から仕入れた茶葉を用いていて―――」
キロ氏と対面で座っているシエナは、ソファの上で体育座りをして顔を伏せている。肘掛けに横にしなだれてちょこん、と頭を載せている姿は行儀が悪い。だから、会話をしているのは使い魔であるネフェシュとキロ氏。本来のシエナなら、愛想笑いをしながら和やかに会話を試みるはず。精神的にかなりまいっているらしい。
ネフェシュとキロ氏も、察しているんだろう。決して窘めることも悪感情を表に出してはいない。それよりもなんとか元気づけようとしているのがわかる。シエナも、部屋で引きこもるのではなくてここにいるってことは会話に参加したいんだ。きっと。
「なにをしておられるのですか? ご主人様」
つい注目していた俺は、姿勢を正して前を向く。仁王立ちで、腕を組んで耳と尻尾がピン! と立って、いかにも怒っていますとアピールしているルウ。能面のごとく表情が変わらない彼女だからこそ、おそろしい。口答えも反論もできない迫力、ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・という擬音がふさわしいまでの、地が震えて空気が張りつめるほどの圧迫された空間を創りだしている。
正座になってしまうのも、仕方ないだろう。
「それで? 改めて聞きますがどうして脱獄したんですか?」
「いや、その、ルウが危ないっておもったし。ルウに会いたかったし」
「あ?」
「ごめんなさい」
魔法薬の調合にあえて失敗させて手枷足枷、石壁を破壊して、牢獄を脱けだした。魔法も使えるようになったため、案外簡単だったけど、間違っていないって胸を張れる。だって実際にルウ達も死にかけていた。あそこで俺が駆けつけていなかったらどうなるか。いや、もう少し遅かったら・・・・・・・・・。
ゾッとする。いくら後悔してもしきれなかっただろう。もし殺されていたらあいつらを道連れにして暴れ回って刺し違える。だから、後悔はしていない。反省はしてるけど。
「私たちがどれだけご主人様を助けるために頑張っていたかおわかりですか?」
「・・・・・・うん」
「全部無駄になったではないですか。事態が悪化したではないですか。これじゃあ濡れ衣を晴らすどころじゃありません。シエナ様も騎士団をクビになったそうですし。わかっていますか?」
ルウの言っていることもわかる。けど、仕方ないじゃないか。だって、ルウが好きがゆえの過ちなんだから。そんな言い訳をしたところで、火に油を注ぐ結果にしかならないから言わないけど。
「今後、どうなさるおつもりですか? 濡れ衣を晴らせなかったら。ずっと逃亡生活を送ることになりますよ? 脱獄が失敗したらどうするおつもりだったんですか? 私のことが好きだとおっしゃっているくせに好きな私に負担をかけるのがお望みですか? どうやってお金を稼ぐおつもりですか? 私が働けばよろしいので? そうしてご主人様は働かないで研究だけなさるおつもりで? 最初から私のヒモになるおつもりで?」
「いや、そこまであの、認識が甘かったと後悔してる」
「あ?」
「・・・・・・・・・後悔してます」
てめぇその言葉遣いなんだ、わかってんのかって圧、太い声。すごいこわい。逆らえず敬語にしてみたけど、どうやらお気に召したらしい。
「奴隷である私が働ける方法なんて、体を売ることくらいですよ? まぁ奴隷ですから。命じられればかまいませんが。ああ、なるほど。他の男の人に抱かれた私に興奮なさるのですねわかります」
「違う・・・・・・いえ違いますはい。できるだけそうならないように俺も頑張りたいし」
「頑張る? どのような形で? 口だけならなんとでもほざけますよ? なんの実績も手柄も保証もないただの脱獄犯を、誰が雇うというのですか?」
奴隷に正座で説教される主。それも他の人たち(キロ氏とネフェシュとキロ氏の奴隷達)にチラチラ見られながらだから、泣きそう。
「それで? どうして私たちの場所がわかったのですか? 牢獄で創った魔法がどうとかおっしゃってたのと、関係あります?」
「よく聞いてくれたな! そう実はすごい魔法できたんだ! まだ完成じゃないけど――」
「あ?」
「・・・・・・・・・ごめんなさいはしゃぎすぎました説明します」
「あ?」
「説明させてくださいお願いします」
テンションが時々上がりそうになったけど、ルウに睨まれたおかげでちゃんと説明することができた。
俺が牢獄で創っていた魔法は二つ。一つは遠くにいる人物と話すことができる魔法。心の中で語りかけて、言葉にしなくても意思疎通ができる。名付けるとしたら、『念話』だろうか。とはいえまだ中途半端な魔法。脱獄してルウ達を探しながら牢獄内でできていなかった部分を煮詰めて、本当に使えるかどうか試していた段階。失敗はどこにもないって自信はあったけど、中々ルウからの返事が返ってこなかったから不安ではあった。
どこかおかしいところはないか、試行錯誤を繰り返していたときルウから助けて、という声が頭に響いたときは感動すらしたね。
「ご主人様が脱獄したのは、いつだったのですか?」
「二日前だったかな」
「じゃあ時折私が聞いていた幻聴って」
「俺の『念話』だよ」
きっと、牢獄もパニックになっていただろう。突然俺がいなくなったんだから。看守も監獄の役人も責任を問われるから必死に探した。そのせいで連絡が遅れて、ゲオルギャルスたちにやっと伝わった。慌てて二人はルウのところへ来た。どうやってシエナのところにルウがいるって知ったのか。それはアコ―ロンの魔法に違いない。どんな魔法なのか興味深いな。次会ったときまでに対策をたてておかなければ。
「二日間、魔法を創っていたのですか?」
「ずっとってわけじゃないさ。隠れてルウ達を探しながら。元々牢屋の中で理論だけは完成させられていたし。あとは実際に俺が発動できるための微調整と魔力を流しこんだり。あ、けど材料の確保が難しかったな。特に魔力を含んだやつは代用できないから――」
解説しかけたけど、ルウの一睨みで黙りこむ。
「ずいぶんと便利な魔法を創ったのですね。私たちが、ご主人様をどうやって助けようか話し合っている間に」
棘を含んだ言い方。どうやら俺がのほほんと研究にのめりこんでいたと勘違いをしているのか。
「この魔法を早く発動できるようにしたかったんだ。ルウを探してはいたけど、この魔法を使えればルウの居場所がわかる。それに便利ってわけじゃない。ルウにしか使えないし」
「そうですか、じゃあどうぞこのお屋敷でもっといろんな方々と『念話』できるように研究なさってください。私が脱獄犯となったご主人様を養う将来の練習のために」
「しねぇよ! 未来永劫そんな未来! というかそうならないために頑張るよ! それにこの魔法は絶対他のやつとはできないんだって!」
「どうしてそんな役にたたない魔法を創っていたのですか?」
役にたたないって、ひどい。俺にとっては大切な魔法なのに。
「だってルウと会話したかったし。いつでもどこでも絶対ルウのことを知れるし。そのためだけに最初から理論も組み上げて構築もしてるし。だからこの魔法で他のやつと『念話』するのは、絶対不可能なんだ。俺とルウの間でしか成立しない魔法ってわけ」
あれ、自分で説明してて気づいたけど、これはつまり俺とルウの特別な繋がりなんじゃないか? 他の誰にも真似できない、俺たちの間に立ち入れない愛の絆なのでは?
うわぁ、すっごい。今更だけどすっごい素晴らしい魔法創っちゃった。それに、今後も使えるし。いつでもどこでもルウと心の中で会話できるし。ふふ、嬉しい。
「・・・・・・・・・」
ルウは生ゴミ塗れになったドブネズミを見る目をしていて黙りこんだ。しかも後ろに下がって距離をとった。お風呂には入ったし、奇麗になったんだけど。あ、こんなときこそ『念話』使えばいいんだ。
――――気持ち悪い。死ねばいいのに。こんな最低な人に仕え続けるなんて。もう自分から奴隷になった自分をぶん殴って止めたい。しかもなんでちょっと嬉しそうなんですか。本当、気持ち悪い。一緒にいたくない、口もききたくない、生理的に無理、名前も呼ばれたくない、話したくない、こわ――――
「う、う、ううう・・・・・・・・・」
使わなきゃよかった。ルウの本音が、俺への気持ちが、オブラートに隠しようもない生の声が頭の中に響いてくる。涙がとまらない。
――――自分で発動して後悔して、なにしてるんですか。しょうもない――――
「なんで俺の考えがわかるんだ!」
――――ご主人様が『念話』を使っているから私にも伝わってきているのでは?―――
あ、なるほど。じゃあ俺の思考もダダ漏れってことか。恥ずかしいけど、嬉しい。
――――お暇をちょうだいいたします――――
――――なんで!?――――
――――ご主人様のダイレクトな生の気持ちを直接聞かされてストレスがマッハなので。ウェアウルフは繊細な種族なのです。生理的に受け付けられない人の好意を押しつけられると死んでしまうので――――
――――え、まじか。どうしよう。そこまで考えてなかった。伝えたいことだけじゃなくて、ただおもってることもそのまま伝わってしまうってことか。だったらある程度直さないと。だとしたら――――
――――とりあえず『念話』をやめてください。それならなんとか、身の毛もよだつご主人様の声だけなら死力を振り絞って血反吐をはく程度まで我慢できます――――
――――我慢できてねぇじゃねぇか!――――
「我慢できてねぇじゃねぇか!」
「ちょ、うるさいです。『念話』と声の両方でツッコまないでください。頭が割れそうです」
この魔法、使うときは限定したほうがいいな。
いつの間にか説教の時間は終わってしまったらしい。ルウはもう疲れた、どうでもいいというかんじで。だとしたら、今やるべきことは。キロ氏には迷惑をかけることになるけど、お世話になるしかない。もしだったら俺たちに脅されていたとか突き出して通報してもいい、と伝えているけど。
「お話しは終わったのか」
ネフェシュが飛びながら俺のところへ。頷くと、口を大きく開けてなにかを体内から取り出した。ぬるぬるしているけど、魔導具と地図だ。なにか印がついている。
「アコ―ロン、そしてブルーノってやつらの倉庫から持ってきたもんだ。あんたならこいつら解析できるんじゃねぇか?」
「いや、お前体どうなってんの?明らかにお前の体じゃ収納できないレベルの大きさと量じゃないか」
「俺のことは後回しにしろ」
「わかった、じゃあ早速とりかかる。手伝ってくれるか?」
「魔導具に向ける好奇心満載の目で俺を見るのをやめないかぎり無理にきまってんだろ。どさくさに紛れて解剖されちゃたまらねぇよ」
「失敬だな。そんなことしない。シエナとネフェシュの許可がもらえないならしない。爪だけで我慢するさ」
「おい、奴隷のルウ。お前が手伝え。やっぱこいつやべぇ。モーガンと同じで病気だ病気」
もう、なにをやっているんですか、とプリプリと頬を膨らませているルウ。そのまま調べだす。シエナをチラ見するけど、まだ立ち直れていないみたい。ソファから落ちて床で横になって倒れたままのの字を書いている。あいつはまだ放っておいたほうがいい。元はあいつが原因とはいえ、だいぶ世話になったし。俺だけじゃなくてルウも世話してくれてたし。シエナの部屋に匿って夜も一緒に――――
あ・・・・・・。
「なぁ、ルウ。シエナとなにかあったのか?」
シエナと行動を共にしていたのなら、その・・・・・・・・・まさか、いやそんなはずはってわかってるけど。信じてるけど。あいつも男だし。いいかんじになったなんてことは。ありえない妄想。シエナはルウを嫌っているけど、一緒に行動するうちに仲良くなってそのまま・・・・・・・・・俺以上の関係になったなんてこと。
想像するだけで死にたくなる。現実だったら、あいつを殺して俺も死ぬしかない。
ピク、と耳と尻尾だけ反応。明らかに動揺しているみたいで、ブルブル震えている。あきらかになにかあったじゃねぇか。やだ、知りたくない。親友と好きな子がなんて。脳が破壊される。
「なにかあったといえば・・・・・・・・・ありました」
ほらぁ・・・・・・・・・やっぱり。けどまだ大丈夫。まだ希望は持てる。なにかあったの部分、それが重要。
「へ、へへへへへへぇ・・・・・・・・・なにがあったんだ?」
「言えません。特にご主人様にだけは絶対」
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「どうしても知りたいのであれば『念話』を発動なさってください」
使えるかあああああああああああ!! やっぱりそういうことなんだろ!? そういうことなんだろちくしょおおおおおおお!!
死にたいほどの絶望を糧にして、そのまま解析を続けることで精神を保ち続ける。こんなことになったのもあいつらのせいだとモーガンとゲオルギャルス達への怒りも再燃する。
待っていやがれ、反撃のときだと心で唱え続けた。
「いやぁ、とんでもない騒ぎですねぇ、皆さん」
ニコニコ顔の恰幅のいいキロ氏は、奴隷たちを侍らせながら呑気に談笑している。俺たちは、当初ルウが気づき上げていた奴隷たちのコミュニティーを利用して逃亡していた。そんな俺を、やはりコミュニティーを通じて友人であるキロ氏の奴隷、ハーピィ子が接触してきて、ここまで招いてくれた。
さすがにこの人に迷惑をかけられない。断ろうとしたけど、キロ氏たっての願いだと請われて、仕方なく彼の屋敷にお世話になることになった。
「あんたはどうしてここまでしてくれるんだ?」
「いえ、私は以前ユーグ殿に助けられたので、その恩返しにとおもいまして」
「・・・・・・・・・商人てのは、利益しかほしくないんじゃねぇのか?」
「ネフェシュさんは勘違いをしておられますね。たしかに、儲けるというのは誰しも求めます。しかし、根底には信頼関係がなければいけません。義理や不義理を無視していたら、誰からも信用されません。商品も買ってもらえませんし、そもそも準備や仕入れもできないのですよ」
「ほぉ。興味深い。な、主どの」
「・・・・・・・・・」
「人を見る目を養っておかなければ、騙されて大損してしまいます。信用できる人でなければいけません。ユーグ殿は犯罪をする人ではないと判断しました」
「結局は個人の性根に左右されるってことだろうな。あんたはどうおもう? 主との」
「どうでしょうなぁ。それに、まったく邪な気持ちがないというわけでもないのですよ。これを機に親しいお付き合いや融通をきかせていただけたいという下心もありますので」
「そいつは主に言ってくれ。なぁ、主どの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「おや、わかりますか。これは東洋から仕入れた茶葉を用いていて―――」
キロ氏と対面で座っているシエナは、ソファの上で体育座りをして顔を伏せている。肘掛けに横にしなだれてちょこん、と頭を載せている姿は行儀が悪い。だから、会話をしているのは使い魔であるネフェシュとキロ氏。本来のシエナなら、愛想笑いをしながら和やかに会話を試みるはず。精神的にかなりまいっているらしい。
ネフェシュとキロ氏も、察しているんだろう。決して窘めることも悪感情を表に出してはいない。それよりもなんとか元気づけようとしているのがわかる。シエナも、部屋で引きこもるのではなくてここにいるってことは会話に参加したいんだ。きっと。
「なにをしておられるのですか? ご主人様」
つい注目していた俺は、姿勢を正して前を向く。仁王立ちで、腕を組んで耳と尻尾がピン! と立って、いかにも怒っていますとアピールしているルウ。能面のごとく表情が変わらない彼女だからこそ、おそろしい。口答えも反論もできない迫力、ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・という擬音がふさわしいまでの、地が震えて空気が張りつめるほどの圧迫された空間を創りだしている。
正座になってしまうのも、仕方ないだろう。
「それで? 改めて聞きますがどうして脱獄したんですか?」
「いや、その、ルウが危ないっておもったし。ルウに会いたかったし」
「あ?」
「ごめんなさい」
魔法薬の調合にあえて失敗させて手枷足枷、石壁を破壊して、牢獄を脱けだした。魔法も使えるようになったため、案外簡単だったけど、間違っていないって胸を張れる。だって実際にルウ達も死にかけていた。あそこで俺が駆けつけていなかったらどうなるか。いや、もう少し遅かったら・・・・・・・・・。
ゾッとする。いくら後悔してもしきれなかっただろう。もし殺されていたらあいつらを道連れにして暴れ回って刺し違える。だから、後悔はしていない。反省はしてるけど。
「私たちがどれだけご主人様を助けるために頑張っていたかおわかりですか?」
「・・・・・・うん」
「全部無駄になったではないですか。事態が悪化したではないですか。これじゃあ濡れ衣を晴らすどころじゃありません。シエナ様も騎士団をクビになったそうですし。わかっていますか?」
ルウの言っていることもわかる。けど、仕方ないじゃないか。だって、ルウが好きがゆえの過ちなんだから。そんな言い訳をしたところで、火に油を注ぐ結果にしかならないから言わないけど。
「今後、どうなさるおつもりですか? 濡れ衣を晴らせなかったら。ずっと逃亡生活を送ることになりますよ? 脱獄が失敗したらどうするおつもりだったんですか? 私のことが好きだとおっしゃっているくせに好きな私に負担をかけるのがお望みですか? どうやってお金を稼ぐおつもりですか? 私が働けばよろしいので? そうしてご主人様は働かないで研究だけなさるおつもりで? 最初から私のヒモになるおつもりで?」
「いや、そこまであの、認識が甘かったと後悔してる」
「あ?」
「・・・・・・・・・後悔してます」
てめぇその言葉遣いなんだ、わかってんのかって圧、太い声。すごいこわい。逆らえず敬語にしてみたけど、どうやらお気に召したらしい。
「奴隷である私が働ける方法なんて、体を売ることくらいですよ? まぁ奴隷ですから。命じられればかまいませんが。ああ、なるほど。他の男の人に抱かれた私に興奮なさるのですねわかります」
「違う・・・・・・いえ違いますはい。できるだけそうならないように俺も頑張りたいし」
「頑張る? どのような形で? 口だけならなんとでもほざけますよ? なんの実績も手柄も保証もないただの脱獄犯を、誰が雇うというのですか?」
奴隷に正座で説教される主。それも他の人たち(キロ氏とネフェシュとキロ氏の奴隷達)にチラチラ見られながらだから、泣きそう。
「それで? どうして私たちの場所がわかったのですか? 牢獄で創った魔法がどうとかおっしゃってたのと、関係あります?」
「よく聞いてくれたな! そう実はすごい魔法できたんだ! まだ完成じゃないけど――」
「あ?」
「・・・・・・・・・ごめんなさいはしゃぎすぎました説明します」
「あ?」
「説明させてくださいお願いします」
テンションが時々上がりそうになったけど、ルウに睨まれたおかげでちゃんと説明することができた。
俺が牢獄で創っていた魔法は二つ。一つは遠くにいる人物と話すことができる魔法。心の中で語りかけて、言葉にしなくても意思疎通ができる。名付けるとしたら、『念話』だろうか。とはいえまだ中途半端な魔法。脱獄してルウ達を探しながら牢獄内でできていなかった部分を煮詰めて、本当に使えるかどうか試していた段階。失敗はどこにもないって自信はあったけど、中々ルウからの返事が返ってこなかったから不安ではあった。
どこかおかしいところはないか、試行錯誤を繰り返していたときルウから助けて、という声が頭に響いたときは感動すらしたね。
「ご主人様が脱獄したのは、いつだったのですか?」
「二日前だったかな」
「じゃあ時折私が聞いていた幻聴って」
「俺の『念話』だよ」
きっと、牢獄もパニックになっていただろう。突然俺がいなくなったんだから。看守も監獄の役人も責任を問われるから必死に探した。そのせいで連絡が遅れて、ゲオルギャルスたちにやっと伝わった。慌てて二人はルウのところへ来た。どうやってシエナのところにルウがいるって知ったのか。それはアコ―ロンの魔法に違いない。どんな魔法なのか興味深いな。次会ったときまでに対策をたてておかなければ。
「二日間、魔法を創っていたのですか?」
「ずっとってわけじゃないさ。隠れてルウ達を探しながら。元々牢屋の中で理論だけは完成させられていたし。あとは実際に俺が発動できるための微調整と魔力を流しこんだり。あ、けど材料の確保が難しかったな。特に魔力を含んだやつは代用できないから――」
解説しかけたけど、ルウの一睨みで黙りこむ。
「ずいぶんと便利な魔法を創ったのですね。私たちが、ご主人様をどうやって助けようか話し合っている間に」
棘を含んだ言い方。どうやら俺がのほほんと研究にのめりこんでいたと勘違いをしているのか。
「この魔法を早く発動できるようにしたかったんだ。ルウを探してはいたけど、この魔法を使えればルウの居場所がわかる。それに便利ってわけじゃない。ルウにしか使えないし」
「そうですか、じゃあどうぞこのお屋敷でもっといろんな方々と『念話』できるように研究なさってください。私が脱獄犯となったご主人様を養う将来の練習のために」
「しねぇよ! 未来永劫そんな未来! というかそうならないために頑張るよ! それにこの魔法は絶対他のやつとはできないんだって!」
「どうしてそんな役にたたない魔法を創っていたのですか?」
役にたたないって、ひどい。俺にとっては大切な魔法なのに。
「だってルウと会話したかったし。いつでもどこでも絶対ルウのことを知れるし。そのためだけに最初から理論も組み上げて構築もしてるし。だからこの魔法で他のやつと『念話』するのは、絶対不可能なんだ。俺とルウの間でしか成立しない魔法ってわけ」
あれ、自分で説明してて気づいたけど、これはつまり俺とルウの特別な繋がりなんじゃないか? 他の誰にも真似できない、俺たちの間に立ち入れない愛の絆なのでは?
うわぁ、すっごい。今更だけどすっごい素晴らしい魔法創っちゃった。それに、今後も使えるし。いつでもどこでもルウと心の中で会話できるし。ふふ、嬉しい。
「・・・・・・・・・」
ルウは生ゴミ塗れになったドブネズミを見る目をしていて黙りこんだ。しかも後ろに下がって距離をとった。お風呂には入ったし、奇麗になったんだけど。あ、こんなときこそ『念話』使えばいいんだ。
――――気持ち悪い。死ねばいいのに。こんな最低な人に仕え続けるなんて。もう自分から奴隷になった自分をぶん殴って止めたい。しかもなんでちょっと嬉しそうなんですか。本当、気持ち悪い。一緒にいたくない、口もききたくない、生理的に無理、名前も呼ばれたくない、話したくない、こわ――――
「う、う、ううう・・・・・・・・・」
使わなきゃよかった。ルウの本音が、俺への気持ちが、オブラートに隠しようもない生の声が頭の中に響いてくる。涙がとまらない。
――――自分で発動して後悔して、なにしてるんですか。しょうもない――――
「なんで俺の考えがわかるんだ!」
――――ご主人様が『念話』を使っているから私にも伝わってきているのでは?―――
あ、なるほど。じゃあ俺の思考もダダ漏れってことか。恥ずかしいけど、嬉しい。
――――お暇をちょうだいいたします――――
――――なんで!?――――
――――ご主人様のダイレクトな生の気持ちを直接聞かされてストレスがマッハなので。ウェアウルフは繊細な種族なのです。生理的に受け付けられない人の好意を押しつけられると死んでしまうので――――
――――え、まじか。どうしよう。そこまで考えてなかった。伝えたいことだけじゃなくて、ただおもってることもそのまま伝わってしまうってことか。だったらある程度直さないと。だとしたら――――
――――とりあえず『念話』をやめてください。それならなんとか、身の毛もよだつご主人様の声だけなら死力を振り絞って血反吐をはく程度まで我慢できます――――
――――我慢できてねぇじゃねぇか!――――
「我慢できてねぇじゃねぇか!」
「ちょ、うるさいです。『念話』と声の両方でツッコまないでください。頭が割れそうです」
この魔法、使うときは限定したほうがいいな。
いつの間にか説教の時間は終わってしまったらしい。ルウはもう疲れた、どうでもいいというかんじで。だとしたら、今やるべきことは。キロ氏には迷惑をかけることになるけど、お世話になるしかない。もしだったら俺たちに脅されていたとか突き出して通報してもいい、と伝えているけど。
「お話しは終わったのか」
ネフェシュが飛びながら俺のところへ。頷くと、口を大きく開けてなにかを体内から取り出した。ぬるぬるしているけど、魔導具と地図だ。なにか印がついている。
「アコ―ロン、そしてブルーノってやつらの倉庫から持ってきたもんだ。あんたならこいつら解析できるんじゃねぇか?」
「いや、お前体どうなってんの?明らかにお前の体じゃ収納できないレベルの大きさと量じゃないか」
「俺のことは後回しにしろ」
「わかった、じゃあ早速とりかかる。手伝ってくれるか?」
「魔導具に向ける好奇心満載の目で俺を見るのをやめないかぎり無理にきまってんだろ。どさくさに紛れて解剖されちゃたまらねぇよ」
「失敬だな。そんなことしない。シエナとネフェシュの許可がもらえないならしない。爪だけで我慢するさ」
「おい、奴隷のルウ。お前が手伝え。やっぱこいつやべぇ。モーガンと同じで病気だ病気」
もう、なにをやっているんですか、とプリプリと頬を膨らませているルウ。そのまま調べだす。シエナをチラ見するけど、まだ立ち直れていないみたい。ソファから落ちて床で横になって倒れたままのの字を書いている。あいつはまだ放っておいたほうがいい。元はあいつが原因とはいえ、だいぶ世話になったし。俺だけじゃなくてルウも世話してくれてたし。シエナの部屋に匿って夜も一緒に――――
あ・・・・・・。
「なぁ、ルウ。シエナとなにかあったのか?」
シエナと行動を共にしていたのなら、その・・・・・・・・・まさか、いやそんなはずはってわかってるけど。信じてるけど。あいつも男だし。いいかんじになったなんてことは。ありえない妄想。シエナはルウを嫌っているけど、一緒に行動するうちに仲良くなってそのまま・・・・・・・・・俺以上の関係になったなんてこと。
想像するだけで死にたくなる。現実だったら、あいつを殺して俺も死ぬしかない。
ピク、と耳と尻尾だけ反応。明らかに動揺しているみたいで、ブルブル震えている。あきらかになにかあったじゃねぇか。やだ、知りたくない。親友と好きな子がなんて。脳が破壊される。
「なにかあったといえば・・・・・・・・・ありました」
ほらぁ・・・・・・・・・やっぱり。けどまだ大丈夫。まだ希望は持てる。なにかあったの部分、それが重要。
「へ、へへへへへへぇ・・・・・・・・・なにがあったんだ?」
「言えません。特にご主人様にだけは絶対」
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「どうしても知りたいのであれば『念話』を発動なさってください」
使えるかあああああああああああ!! やっぱりそういうことなんだろ!? そういうことなんだろちくしょおおおおおおお!!
死にたいほどの絶望を糧にして、そのまま解析を続けることで精神を保ち続ける。こんなことになったのもあいつらのせいだとモーガンとゲオルギャルス達への怒りも再燃する。
待っていやがれ、反撃のときだと心で唱え続けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる