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二十七章
Ⅳ
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オスティンと魔獣は森から離れつつあるとはいえ、魔獣のなした被害は広がりつつあるし、アコ―ロンはそちらで手一杯だった。アンナ達の周囲の安全を確保すると、どこかへと消えてしまった。
ルウと魔物達の傷の手当てをするために薬草と使えそうな物を探し回る。以前までのアンナだったならば、ただ神に祈り、縋るのみ。信仰に縛られて動くことができなかっただろう。
巨大な筋肉の塊、神と紛うほど暴れているオスティンの言葉が、今も心に残っている。彼が地を震わしながら闘争の余波から身を守りながら、今の自分がすべきであることをはっきりと認識し、行動していた。
魔道士の姿は信仰に生きてきたアンナの仲で鮮烈に焼きついている。本来なら心臓が竦むほど争いを嫌悪していたのに。逆にカッカカッカとなにかが燃えあがる。じっとしていられない。
(魔道士とはなんでございましょう)
単なる魔法の研究者が、どうしてあそこまで戦えるのか。ユーグもオスティンも、命を懸けている。荒っぽくて自分には無理だと断していた彼らが目指している称号に、どうしてここまで自分は惹きつけられるのか。
(信仰とはなんでございましょう)
神を裏切るつもりなんて毛頭ない。これまでの自分の信仰を疑うことも捨てるつもりはない。
知りたい。漠然とそうおもっている。
であるなら、一人だけ止っていていいわけがない。
「あ、」
そして、ユーグを発見した。
「ああ、あああああ・・・・・・・・・!」
岩壁の穴の真下。岩石のせいか窪みができたところに水が流れ落ちていて、泉のようになっている。ユーグはそこでぐったりとしたまま浮いている。
なんとか右眼を丸ごと抉られたような空っぽの眼孔と、痛々しいまでの顔の傷。ボロボロの衣服。酷い有様だが、引き上げたユーグを発見できたことの歓喜に打ち震えていた。
「ユーグ様、ユーグ様」
よかったと。心の底から安堵した。
「ユーグ様。もし?」
死は常に身近にあった。それでも親しい者が生きている事実が嬉しくないわけがない。
「ユーグ様?」
最初、アンナは歓喜した。
そして、次第に訝む。
通常であるならば、呼吸で胸が上下するはずだ。けど、それらしい様子がない。身動ぎ一つしない。なにより、常に身近にあった死が訪れた者特有の、生の気配がない。
おそるおそる、アンナは耳を口と鼻にくっつける。そして手首の脈を。
そして、悟る。
「ああ・・・・・・・・・!」
これはもうユーグではない。かつてユーグだったもの。命が尽き、空っぽの肉の器。
つまりは死体だと。
「ああ、神よ」
アンナは、神に祈ろうとした。けどできなかった。何故この人を連れていったのかと。神の思し召しを非難しながらそれを隠して願うなど、アンナにはできなかった。
ユーグのことはよく知らない。それでも自分を助けてくれた。奴隷を愛し、夢をだき、邁進する若者だった。アンナがユーグの死を悼み、惜しむのはそれで充分だった。
「ご主人様・・・・・・・・・?」
ルウがフラフラとしながら、いつの間にかやってきていた。声を出そうとして、
「ルウ、さん?」
どこかおかしいことに気づいた。姿形、表情、瞳の奥の感情の揺らぎでさえそっくりそのままルウだ。ルウのはずなのに、何故か別人のようだ。
「ご主人様?」
ルウはユーグの側に屈んで、たどたどしい手つきで顔を、傷を撫でる。包むようにして、冷たい皮膚を温めたいのかしきりに擦る。
「ご主人様。なにを呑気に寝ているのですか。起きてください」
ぺし。ぺし、ぺし。弱々しいかんじで、掌でユーグを打った。
「遺産はどうなさったのですか。グレフレッド様は。あの魔獣はなんですか。ご主人様がもしや目覚めさせたのですか。なにをなさっているのですか」
「ルウさん」
「寝ている暇などございませんでしょう。魔道士になられるのでしょう。そのためにここまで来たのでしょう。だのに、ここで寝ていたらいつまでも魔道士(予定)のままですよ」
「ルウさん・・・・・・・・・」
この少女は、わかっている。ユーグが死んだのだと。それを受け入れたくなくて、否定したくて。
「ほら。ご主人様。尻尾です。ご主人様がお好きな尻尾です。今ならなんでもしてよいのですよ?」
尻尾を忙しなくユーグに押しつけて動かしまくっている。
「私を一人残すのですか? 勝手に求婚して、勝手に勘違いして、私の話も聞かず。誤解されたままなのですか?」
「許しません。一生恨みます。あなたではない別の人の奴隷になります。許せるのですか?」
初めての光景ではない。愛する人を失った人は、現実を受け入れられない。何度も見てきた光景であり、こういうときどうすべきかアンナは心得ている。
なんと声をかけてよいのか。
「?」
ルウの全身の毛が、一本一本浮きだした。ふわふわだった耳と尻尾は蕾が開く花のようだ。剣山のようにプツプツと逆立っているというのではなく、なにか得体のしれない力が働いているようで不自然なものだ。
瞳の内側から光が灯り、声をかけるのも躊躇う怪しい雰囲気、白いオーラがぽ、ぽ、と彼女を包んでいく。元々生気が薄い少女で感情が消失しているような能面だったけど、今のルウはなにかがおかしい。
「あれが、ご主人様を」
「あの、ルウさん?」
立ち上がったルウは、オスティンと魔獣のほうを目指し歩みを開始する。反射的に彼女がなにをするつもりなのか察してしまったアンナは、
「いけませぬ!」
ルウを止めんと、力の限りしがみついた。けど、ふっさりとした体毛に覆われはじめた腕が、手が、営利的に伸縮をしたままの爪が。
変貌を遂げつつあるルウの肉体がアンナを弾き飛ばし、そのまま目にもとまらぬ速さで走っていってしまった。
ルウと魔物達の傷の手当てをするために薬草と使えそうな物を探し回る。以前までのアンナだったならば、ただ神に祈り、縋るのみ。信仰に縛られて動くことができなかっただろう。
巨大な筋肉の塊、神と紛うほど暴れているオスティンの言葉が、今も心に残っている。彼が地を震わしながら闘争の余波から身を守りながら、今の自分がすべきであることをはっきりと認識し、行動していた。
魔道士の姿は信仰に生きてきたアンナの仲で鮮烈に焼きついている。本来なら心臓が竦むほど争いを嫌悪していたのに。逆にカッカカッカとなにかが燃えあがる。じっとしていられない。
(魔道士とはなんでございましょう)
単なる魔法の研究者が、どうしてあそこまで戦えるのか。ユーグもオスティンも、命を懸けている。荒っぽくて自分には無理だと断していた彼らが目指している称号に、どうしてここまで自分は惹きつけられるのか。
(信仰とはなんでございましょう)
神を裏切るつもりなんて毛頭ない。これまでの自分の信仰を疑うことも捨てるつもりはない。
知りたい。漠然とそうおもっている。
であるなら、一人だけ止っていていいわけがない。
「あ、」
そして、ユーグを発見した。
「ああ、あああああ・・・・・・・・・!」
岩壁の穴の真下。岩石のせいか窪みができたところに水が流れ落ちていて、泉のようになっている。ユーグはそこでぐったりとしたまま浮いている。
なんとか右眼を丸ごと抉られたような空っぽの眼孔と、痛々しいまでの顔の傷。ボロボロの衣服。酷い有様だが、引き上げたユーグを発見できたことの歓喜に打ち震えていた。
「ユーグ様、ユーグ様」
よかったと。心の底から安堵した。
「ユーグ様。もし?」
死は常に身近にあった。それでも親しい者が生きている事実が嬉しくないわけがない。
「ユーグ様?」
最初、アンナは歓喜した。
そして、次第に訝む。
通常であるならば、呼吸で胸が上下するはずだ。けど、それらしい様子がない。身動ぎ一つしない。なにより、常に身近にあった死が訪れた者特有の、生の気配がない。
おそるおそる、アンナは耳を口と鼻にくっつける。そして手首の脈を。
そして、悟る。
「ああ・・・・・・・・・!」
これはもうユーグではない。かつてユーグだったもの。命が尽き、空っぽの肉の器。
つまりは死体だと。
「ああ、神よ」
アンナは、神に祈ろうとした。けどできなかった。何故この人を連れていったのかと。神の思し召しを非難しながらそれを隠して願うなど、アンナにはできなかった。
ユーグのことはよく知らない。それでも自分を助けてくれた。奴隷を愛し、夢をだき、邁進する若者だった。アンナがユーグの死を悼み、惜しむのはそれで充分だった。
「ご主人様・・・・・・・・・?」
ルウがフラフラとしながら、いつの間にかやってきていた。声を出そうとして、
「ルウ、さん?」
どこかおかしいことに気づいた。姿形、表情、瞳の奥の感情の揺らぎでさえそっくりそのままルウだ。ルウのはずなのに、何故か別人のようだ。
「ご主人様?」
ルウはユーグの側に屈んで、たどたどしい手つきで顔を、傷を撫でる。包むようにして、冷たい皮膚を温めたいのかしきりに擦る。
「ご主人様。なにを呑気に寝ているのですか。起きてください」
ぺし。ぺし、ぺし。弱々しいかんじで、掌でユーグを打った。
「遺産はどうなさったのですか。グレフレッド様は。あの魔獣はなんですか。ご主人様がもしや目覚めさせたのですか。なにをなさっているのですか」
「ルウさん」
「寝ている暇などございませんでしょう。魔道士になられるのでしょう。そのためにここまで来たのでしょう。だのに、ここで寝ていたらいつまでも魔道士(予定)のままですよ」
「ルウさん・・・・・・・・・」
この少女は、わかっている。ユーグが死んだのだと。それを受け入れたくなくて、否定したくて。
「ほら。ご主人様。尻尾です。ご主人様がお好きな尻尾です。今ならなんでもしてよいのですよ?」
尻尾を忙しなくユーグに押しつけて動かしまくっている。
「私を一人残すのですか? 勝手に求婚して、勝手に勘違いして、私の話も聞かず。誤解されたままなのですか?」
「許しません。一生恨みます。あなたではない別の人の奴隷になります。許せるのですか?」
初めての光景ではない。愛する人を失った人は、現実を受け入れられない。何度も見てきた光景であり、こういうときどうすべきかアンナは心得ている。
なんと声をかけてよいのか。
「?」
ルウの全身の毛が、一本一本浮きだした。ふわふわだった耳と尻尾は蕾が開く花のようだ。剣山のようにプツプツと逆立っているというのではなく、なにか得体のしれない力が働いているようで不自然なものだ。
瞳の内側から光が灯り、声をかけるのも躊躇う怪しい雰囲気、白いオーラがぽ、ぽ、と彼女を包んでいく。元々生気が薄い少女で感情が消失しているような能面だったけど、今のルウはなにかがおかしい。
「あれが、ご主人様を」
「あの、ルウさん?」
立ち上がったルウは、オスティンと魔獣のほうを目指し歩みを開始する。反射的に彼女がなにをするつもりなのか察してしまったアンナは、
「いけませぬ!」
ルウを止めんと、力の限りしがみついた。けど、ふっさりとした体毛に覆われはじめた腕が、手が、営利的に伸縮をしたままの爪が。
変貌を遂げつつあるルウの肉体がアンナを弾き飛ばし、そのまま目にもとまらぬ速さで走っていってしまった。
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