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五章

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 帰宅しようと下駄箱についてから、財布を忘れていることに気づいてしまった。「なにやってんのよ」と不満げなあかりは、一緒に来てくれる素振りがない。心当たりがあるのが教室しかなかったから小走りで戻った。

 目当ての財布は、やはり机の上。危ない危ない。誰かに持ってかれていたら。安心していると、床にノートが落ちていた。それも、学習用のものじゃなく、分厚くてどこにも名前が書かれていない。

 誰のだろう。というかなんに使うんだ?

 どうしたもんかと悩んだけど、持ち主に心の中で精いっぱいの言い訳と謝罪をしたあと、ノートを開いた。中身を確認できれば、誰の物かはっきりするし机の中にこっそりと戻しておける。

『〇月×日。
 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す絶対にあいつら輪廻転生繰り返しても許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない私がなんでこんな呪ってやる呪う殺絶対許――――――――――』




 パタン。ノートを閉じた。




「えええええ………」

 なんだろう。なんか怨嗟と憎悪に満ちた文字が隙間なくびっしりと描かれていたんだけど。

 おそるおそる今度は別のページを開いてみた。



『▽日〇日
 今日は一か月ぶりにお肉が食べられた。嬉しかった』


 ちょっと裕福じゃないのかな? 家庭環境が心配だな。

『私がこんな惨めな生活を送っているのはあいつらのせいだ。許せない』

 今までの人生で嫌なことあったのかな。


『そういえばバイト先の店長がタバコ吸ってた。許せない』


 ストレス溜まってるのかな。なんでもかんでも嫌になっちゃうのかな。


『昔のことを夢に見た。枕が涙と鼻水まみれになっていた。洗濯していると、あの頃に還りたくなった。戻りたい。転生したい』


 ……………………………………………………。


『この世に存在すべてが恨めしい。でも今の自分にはなんの力もない。無力。圧倒的孤独。死にたい』


 どうしよう。持ち主が誰か知りたくなくなってきた。見なかったことにしたい。でも、そうすると他の誰かに見られたら、それこそ居たたまれない。


『〇〇日××日
 今日久しぶりに魔法の練習をしてみた。やっぱりできなかった。魔力がない人の体が恨めしい。今度の魔法陣は特殊な物でやってみよう。元の世界で低級魔族がやっていたみたいに』


 厨二的妄想で現実逃避したのかな?


『今頃魔王軍は、魔界はどうなっているのだろうか。勇者ジンに滅ぼされているだろうか。こうしている今も同族が死んでいっていると想像するだけで腸が煮えくりかえる。必ずや勇者ジンと女神フローラに復讐をなさん』


 しかもまさかの魔王側で草が生える。

「って、ん?」

 見覚えのある名前にはた、と思考が停止した。

 勇者と女神の名前の部分。

「いやいや? まさかそんなはっはっは。偶然だ偶然」

 第一俺の名前なんてありふれた名前だし。某人気漫画の父親の名前と同じだし。女神の名前だってありふれていてオリジナリティーがなくて誰にでも発想できる。

 口に出してごまかそうとしたけど、心臓が鷲掴みにされるほどの衝撃と緊張感。さっきまでの殺伐とした内容じゃない。まさかそんなあっはっは。そんなわけあるかい! とわざとふざけた調子で、けどと次々にページを捲る手が止まらない。

 俺が勇者だったときの地名。国。都市。町。戦い。魔界。一緒に戦った仲間達一人一人の名前。魔王四天王達の種族と名前。記憶とピッタリ一致するたびに。まさか。まさかまさかまさかと焦燥感に駆られる。


『今は耐え忍ぼう。魔王サターニア・デヴィエル・リリエンディルスの名において必ずや帰還せん』





 パタン。




「oh………」

 おもわず感嘆符しかでない。宿敵だった魔王の本名をフルネームで書かれていたら、もう疑いようがない。

 ええ………? 魔王転生してきてんの? 

 俺と同じこの世界のこの時代に? しかも同じ学校の生徒として? それも、このクラスに?

 まじで?

 ただでさえ女神一人の対処に困っているのにここで魔王登場? あと一歩だったんだぞ? もう少しで女神フローラを追いだせるんだぞ? それなのにかつての宿敵兼ラスボス登場? ダブルブッキング?

 俺自分が殺した相手と同じクラスで和気藹々としてたの? もうクラスメイト全員が疑わしいよ? 明日からどうやって過ごせばいんだよ。

 幸い、魔王は俺が勇者だと気づいていない。でももし気づいたときには。女神フローラに知られたら。

 ………………………………………………………………………。よし見なかったことにしよう。

 他の誰かが発見して中身を見ても痛々しい日記か妄想帳にしかおもわれない。そして俺が下手に正体を探ろうとすればそれだけ危険が増す。ある意味戦々恐々としながら卒業までいなきゃだけど、それでもましだ。

 というか、もしかしたら別のクラスの奴のものかもしれない。というか偶然兄弟姉妹から借りてたものかもしれない。

「あれ? あなたは青井君?」
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 いきなり入ってきた誰かに驚きすぎて、奇声と変なポーズをしてしまった。

「あ、委員長。どうしたの?」
「いえ。忘れ物を、と。青井君は? 谷島さんと帰らないのですか?」
「あ、ああ。俺も忘れ物して。それでこれ拾っちゃって」
「ほう」
「名前も書かれてないし。誰のかなぁ見ていいのかなぁでもなぁって悩んでたところなんだよ」

 そうだ。委員長に渡して後は帰ってしまえばいい。押しつけるみたいで申し訳ないけど、落とし物を拾ったという形で委員長が預かったり誰かに聞いたりすればいい。

 もう俺はこれを早く手放したい。なかったことにしたい。

「ありがとうございます。拾ってくれたんですね」
「ああ、そうそう。ちょうどそこの床に―――――――――――――――――――――――――」

 今なんてった? この子。ありがとうございます? なんでお礼を?

「探す手間が省けました」
「もしかして、それって委員長のなの? 違うよね? 違うって言って? 五十円あげるから」
「いりません。正真正銘これは私のです」
「―――――――――――――――――――――――――――――――」

 嘘……だろ……?

 まじ……かよ……。

「青井君?」
「ちょっとレオン! なにしてんのよ! どれだけ待たせれば気が済むのって委員長?! なんであんた達が二人でこっそり逢引きしてるのよ!」 
「いえ。逢引きしていたわけでは」
「なるほど、それで遅かったのね。わざわざ嘘までついて」

 あかりと委員長が勘違いしているみたいで草………も生えなかった。

 白目を剥いて意識を消し飛ばしたかった。
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