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六章

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 「ふふふ。流石ですね勇者ジンよ。あの者が魔王の転生体だったことにいつから気づいていたのですか?」 
「そっちこそ、いつから?」
「貴方達が火山に行く行かないの相談をしているときにです。魔王しか持ち得ない独特な邪悪な気配があの者からしたので」

 早よ言えや。

「お願いです! もう勘弁してください!」

 けど、今はそれどころじゃない。もう光速で土下座をした。

「俺にはもう荷が重いです! 限界です! もしくはここで俺を殺してください!」
「女神たる私が罪のない人間を殺めるなんてできるはずがありません」

 くそ、過去+現在進行形でなんの罪のない人間(俺)の人生を台無しにしてるくせに。

「じゃああの元・魔王をなんとかしてください! ここでてめ・・・・・・あなたが元・魔王を殺せば俺が転生する必要なんてないでしょう!? なんだったら元の世界にあいつを連れていって見せしめにリンチさせたり国を救う人柱に利用できるでしょう!」
「ごく最近まで普通の同級生に対してそんなことさせるなんてあなた本当に勇者ですか?」
「このとおりです!」
「いくら土下座されようと私は――――」
「このとおりですっっっ!」
「もう土下座じゃなくて頭倒立になっているではないですか! ふざけているんですか!」
「大真面目です!」
「なんて純粋な瞳を・・・・・・ここまで勇者の頭がおかしくなっているなんて」

 なんとでもほざけ。もしもこのままだったらいつか確実にバレる。そうなったら元・魔王(現委員長)は俺を殺しにくる。あの日記を見る限りじゃ相当恨んでいるし。でも、それは女神フローラも同じ対象のはず。

 もしあかりの体に女神フローラが取り憑いているなんてことになったら。あかりまで死んでしまうかもしれない。

「わかりました。では私がなんとかいたしましょう。とはいえ魔法もなんの力も使えない体ですから多少荒っぽくせざるをえませんが」

 おお、俺の熱意が通じたのか。

「それでは『学校中が大騒ぎ!? 痴情の縺れによる狂気の犯行!』作戦に必要な金属バットを探しに参りましょう」
「ちょっと待てやあああああ!! てめぇなに物騒な作戦考えてんだぁ!」
「はて。野球部とやらの部室はどこでしょうか」
「行かせるかああああああ! そして教えるかあああああああ!」

 なんつぅとんでもねぇことを。だめだ。こいつに期待した俺が間違いだった。認識不足だ。委員長より先に女神をなんとかしないと。

 羽交い締めをしながら、なんとか作戦を考える。

「女神が人殺しちゃだめだろ!」
「私は元の世界において、無力でした。ただ魔王の暴虐を眺め人々が嘆き哀しみを知りながら貴方達にだけ戦わせていました。今でも悔いているのですよ」
「今悔いなくていい! もっと早く悔いててくれええええ!」
「貴方達にだけ手を汚させていたくありません。私こそ手を真っ先に汚さなければいけなかったのです。いわばこれは私の罪滅ぼし。そして責任です」
「汚れるのはお前じゃないから! あかりだから! あかりが滅ぼせない罪背負っちゃうから!」
「あかりあかりって。そんなにこの娘が好きなのですか? 私と異世界とこの娘で誰が一番大事なのですか?」
「なにめんどくせぇ彼女みたいなことほざいてんだぁ! あかりに決まってんだろがあああ!」

 というかあかりの顔と声でそんなこと言われたら・・・・・・キュンとするじゃねぇかばかやろ――――。

「もし魔王が反撃してきたらどうすんだ! お前が返り討ちになってお前いなくなるぞ!」
「だからこそです。今のうちに禍根は断っておかなければ。私がこの体にいられるのもずっとでは――――」
「・・・・・・・・・なに?」
「あ」

 今とんでもないこと言わなかった? その証として、女神フローラはやっちまったってなかんじで目を逸らし続けている。若干だけど冷や汗もかいてる。

「なに? お前ずっとここにいられないの?」
「・・・・・・・・・」
「ガァン! ガァン!(聖剣をコンクリートの床に叩きつける音)
「ああ、やめなさい! ただでさえ貴方に加護を与えたせいで力が弱まっているのに!」
「白状したな」
「ああ!?」

 そうか。こいつあかりの体にずっといられないのか。だからちょっと強引にでも解決しようと。

「あとどれくらいなんだ?」
「さすがにそこまで私は――――」
「スチャ・・・・・・(聖剣をかまえる音)」
「く、一体なにをしようとも私は口は割りませんよ! もう二度も貴方の卑劣な手段には屈しません!」
「カチャカチャ、ジィィ~~・・・・・・(ベルトを緩めてジッパーを下ろす音)」
「なにをする気ですか!?」
「あ~~。漏れる漏れる」
「一ヶ月! 一ヶ月です!」

 一ヶ月。ちょっと長いな。

「もしかして、一ヶ月経っていなくなったらこの世界に来るのに時間がかかる的なやつか?」

 女神の能力が具体的にどれほどのものなのか。俺は詳しく知らない。けど、俺を探すのに時間がかかりすぎたこと。そしてあかりの体に取り憑いてからのこれまでを鑑みて、万能ではないんじゃないか? もしすぐにまた戻ってこれるんだとしたら。俺を帰還させるためのやり方が雑すぎる気がする。

 世界に極力干渉できない女神が力を使い元・勇者を探すためあらゆる時間軸・世界を巡り、そして最後に残った力で人間の体に取り憑いている。しかも時々人格を乗っ取っている。その力が無くなってしまえば。きっと力を回復させるためにすんごい時間が必要なんじゃ?

 めっちゃありえる。

「・・・・・・そのとおりです」

 珍しく女神が認めた。しめしめ。だったら方針は――――

「もうとりつくろっても意味はないでしょう。私に残された時間はごく僅かです。だからこそ――――」

 今までにないほど真剣で、切羽詰まったあかりの顔と、女神フローラの顔が重なって見えて仕方がない。

「それに、元・魔王がどれほどの力を有しているのか未知数です。もしなんらかがきっかけで魔法を使って暴走をはじめてしまったら。いえ、別の方法、この世界の武力と法を用いてまた野望を果たそうとしたら? 今のまま元・魔王に俺達の正体が知られたら? あかりが、貴方が、そしてこの学校の人達が巻きこまれます。貴方のパパ・ママ。あかりの両親。無駄に優しくて善良な同級生達。この世界に住まう人々全員が異世界と同じ悲劇を味わうことになります」

 反論できない。まさかこいつがここまで考えていたとは。けど、俺もうむこうで生きていける自信ないし。パソコンもネットもゲームも携帯も漫画もテレビも電気も水道も電化製品も電車もなにもない異世界なんて。

 でも、魔王のことも放置できないし。

「・・・・・・じゃあ魔王が二度と世界征服なんて野望抱かなきゃいいんだろ?」
「?」
「一ヶ月だ。俺は全力で今のあいつを楽しませる」
 
 日記を見た限りだと、今のあいつはこっちの世界で不幸の連続すぎた。魔王だったときの記憶も相まって以前よりも危ない。

 けど、俺はこの世界で救われた。パパ・ママ。あかり。趣味。人間関係。もう勇者だった頃には戻りたくない。そう意地になっておもえるくらいに。だったら、今の魔王にも同じくらいの救いを与えたら?

 俺のように、もう魔王も世界征服なんてことに拘らないんじゃないだろうか。

「それでもしだめだったら。だめだって判断したんなら。お前の好きにしろ」
「まるで試練のようですね。昔は私が与える立場だったのにまさか自ら進んで望むとは」
 
 にっこりと、実に慈愛と優しさに満ちた、幼なじみらしからぬ浮世離れした柔和な笑み。普段のあかりとのギャップも相まって無駄にドキッとする。

「いいでしょう。これが最後の試練です。全力で抗って私が行う試練に耐えてみせなさい。あの愚かで醜い魔王でさえ救うと望むならば。変わるためのチャンスを与えるというのであれば。私も最大限の試練を与えましょう。見事突破してみせなさい。勇者ジン」

 だから、俺はもう勇者ジンじゃないってのに・・・・・・。
 
「って、最大限の試練?」

 まさか、こいつなにをするつもりだ?
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