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八章

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「うちさぁ~。まがりなりにもエルフじゃん? 魔法のエキスパートじゃん? らっけ、普通の人間には感じ取れないもん感じれるんだわ~~」

 ドサドサドサッと買い物籠にでたらめなジャンルのお菓子と飲み物を投入していく。話に集中しながら籠の中身を選別する作業より、手に食い込む取手が辛い。

「元々、ウチ魔法使えるように転生の魔法創り直したけど。魔法が使えない種族だったらいやだな~ってかんじだったし。あの子が立ち眩み? ぽくなったときエルフセンサーが働いたんだよね~。そんであれ? っておもって探知の魔法使って調べてみたらドンピシャだったわけよ~」

 油断していた。まさか一番気づかれたくなかったやつに。まだこいつの目的、本心も不明瞭。こうして近くにいることさえ不本意なんだ。 

「まさかあの子も女神の生まれ変わりとか転生とか?」
「だったらどうするんだ?」 
「やべ、ウケる。同窓会とかしちゃう?」
「するかっっっ!」
「あはははは~~。んでもあの子自分の女神の力気づいてなくね? 女神の力が出たのも一瞬だったし。勇者のあんたも頑なにレオン呼びだし。女神だったらウチがダークエルフだったってわかるっしょ?」

 こいつ、なんて冷静で的確に正解に近づいているんだ。

「じゃあなになに? あんただけ女神だって気づいてんの? そんであの子には知らせたくないわけ? まさか魔王様もうちらの近くにいたりしてね~~」

 もういっそのことこいつの口を永遠に塞いでしまったほうがいいのでは? そうすれば一つの不安材料が減るし、幸いなことに聖剣使えるし。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺るか?

「お、新作出てんじゃん!」

 どこにでもいる普通の女子高生のように目を輝かせながら、化粧品のサンプルに食いついている。香水のサンプルを嗅いで、俺の鼻の下に持ってきた。

「ど? これ。マジやばくね?」
「お前はなにがしたいんだ?」
 
 殺す気がすっかり削がれた俺は脱力しながら払い除けた。

「あ? どゆこと?」
「女神だって気づいて、それでどうするつもりだって聞いてるんだ。勇者だった俺に近づいたのだってなにが目的なんだ」
「別にどうも?」
「嘘つけ!」
「嘘って決めつけひど!」
「うるせぇ! なにか目的がなかったら敵だったやつに親しげに近づいたりしないだろ!」
「はぁ? あ、あ~~~。なる。あんたはウチと戦いたいん? 昔みたいに」
「お前次第だ」
「ウチ別に昔みたいにするつもりないし。割り切ってっし。そもそも魔王様見つけたところでもう付き合うつもりないし。諦めてっし」
「・・・・・・・・・」
「んまぁあんたがウチのこと信用できないってのもしょうがないけど。ん~~。とりま腹割って話すべ?」

 レジで会計を終えたあと、二人でベンチに腰掛ける。厚すぎる化粧を直しながら。

「あんたはさぁ。この世界楽しい?」
「そりゃあ、当たり前だろ」
「ははは~~。だよね~~。ウチこの世界に来たとき赤ん坊に転生しててさぁ~。最初はテレビとか風呂とか驚いたし車もバイクも。それどころか魔法なんかよりもっとすげぇもんあんじゃん! まぁ研究肌だったウチはそっちに夢中になっちってねぇ~~」

 俺も、そうだったからなんとなく同意してしまう。ちょっと事情は違うけど。

「んまぁ、そんでも魔王様捜しはしてたわ。義務感だったけど。子供の行動範囲じゃあ地球のどこに行くのもムズいし。魔力も魔法も連発できんし。んな怠いことよりもっと楽できんじゃん! って。なんだったらいっそのことこっちの世界楽しんだほうがよくね? っておもってさぁ~」

 こいつ、俺と同じ真理に辿りついたのか?

「それに、めっっちゃ豊かじゃん。魔界とか王国と比べて。こんだけ暮らしに困らなかったり便利だったり娯楽が多かったら、そらどうでもよくなるっつの」
「それな」

 ついこいつの語尾が移ってしまった。けど、同意するしかない。

「んだからウチからあんたと戦うつもりとか女神をどうこうするつもりはないし。んでもあんたらが戦うっつうならウチも考えるけど。学校はやめね? 生徒達に迷惑かけっし、絶対めんどうなことになるっしょ?」

 こいつ、なんてまともな思考回路と常識を兼ね備えているんだ。自分の情報を抹消するために街一つ疫病で潰したくせに。
 
「まぁウチもめんどうだから異世界人だったこと隠してっし? ちょくちょく魔法使ってっけどそれも緊急時だし、あんたも聖剣と勇者のこと隠してんのもそれっしょ?」

 もしかして、こいつ俺と同じなのか? 俺が勇者であることを捨てて青井レオンとして生きているように、こいつもダークエルフじゃなくて新藤白亜として生きているのか?

 あのときの焦燥感と心細さは、記憶の中に残っている。こいつも、あのときの俺と同じ気持ちを味わったのか?

 俺は、勇者であることを完全にやめきれていない。昔に拘って、こいつを信用しきれないで、敵と断じている時点で。

 こいつを信用するってことは、青井レオンとして本当に生きるってことじゃないか?

「あかりな。女神に取り憑かれてるんだ。時々女神の人格が出てきて俺を勇者に戻させて異世界に帰還させようとしてる」
「うわ、マジかよ。ろくでもねぇな」
「そうだろ」
「マジムカチャッカインフェルノオオオォォ案件じゃん」
「こっちは勇者に戻るつもりも帰還するつもりもさらさらないのにな。迷惑な話だ」

 ふ、と吹出しそうだ。まさかダークエルフと女神の悪口で意気投合するなんて。

 でも、あかりに嘘をついてごまかしたことを鑑みれば。こいつは信じていいんじゃないか?

「あ~~。だから初めて屋上で会ったとき、マジで真剣なってたんか。あんたはあのあかりって子と仲いいんしょ? このままでいいわけ?」
「いいわけないだろ。大切な幼なじみなんだし。それに・・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・このままじゃあかりの体に負担がかかる」

 好きだから。恋愛感情があるから。それをごまかしたのは信用していないからじゃない。恋心を誰かに話すのが恥ずかしいってだけだ。

「そっかぁ。んならウチ協力できっかもね」
「え、どういうことだ?」
「女神、きっと今弱ってんしょ? そうじゃなかったら女神の人格にずっと支配されてるはずだし」
「ああ、それな」

 まぁ時間制限付きだけどな。だからこそ隠したりやり過ごしたり、なんだったら力を消耗させて自滅を狙ってる。

「だったら異世界で企てたことが役立つかな~って」
「いや、変なことすると女神フローラがなにするか」
「あ~~。そっかぁ。じゃあやめとくわ」

 そろそろ帰らないと。皆待ってるし。俺が立ち上がったのに倣って、ダークエルフ、いや新藤白亜もつられたように立ち上がる。そんなに話す時間は長くなかったのに、腰と尻が痛くて背伸びとストレッチを軽めに。

「んじゃ、俺とお前の間で異世界の話題はタブーな。俺も青井レオンとして生きたいし」
「おけおけ。んでも女神のこと放置でいいん?」
「いいさ。このままいけばあいつは消える。時々ごまかすのに大変だけどな」
「そっかぁ。とりまおけだわ」

 俺はちょっと疑心暗鬼になっていたんだ。女神フローラ、元・魔王である委員長に振り回されすぎていた。
 
 けど、これからはこいつ、新藤白亜がいる。完全に信用しきれるかどうか自信がない。それでも、もっと仲を深めてもいいかもな。同じ学校の生徒として。

「女神の完全なる封印魔法かけられればあかりから引き剥がすだけじゃなくて永遠に女神を眠らせることができっかもだけど」
「それもっと詳しく」
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