Catch-22 ~悪魔は生贄がお好き?~

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本編

扉の向こうは地獄の三丁目-1

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 とにかく周囲からの視線が痛い。
 このまま逃げ出してしまいたいと思いながらも、いつしか紗綾は部室の前に立っていた。
 部室もまた独特の雰囲気を醸し出すのが、オカルト研究部だ。
 ドアの窓には中が覗けないように黒い紙が張られ、色々なものが貼り付けられている。その大半はなぜかメタルバンドのステッカーであったりする。

 控え目にノックし、紗綾はドアを開け、圭斗も続いて入る。
 そして、二人に冷たい視線が突き刺さった。

「あ、あの、生贄、です」

「フン、貴様でも役に立つ日が来ると思ったが……やはり役立たずだ」

 部屋の中央に置かれたソファーから二人を一瞥して、言い放つのはまるで人形のような男だ。
 白い肌、鋭い瞳、漆黒の髪は長く、前髪が顔の半分近くを隠している。
 学年によってネクタイの色は違うのだが、彼はどの学年とも違う黒いネクタイをしている。

「す、すみません……」

 紗綾は萎縮しながら小さな声で言った。
 黒羽十夜くろはとおや、このオカ研の部長であり、香澄の言う性悪男とはこの男のことである。
 部員であり、一応、副部長である紗綾への優しさはほとんど見られない。

「お前さぁ、どうして月舘にはそう冷たく当たるかな?」

 十夜の向かいから彼は声を発した。
 ナチュラルな黒髪に穏やかな光を宿した瞳、口元に笑みを浮かべた若い男だ。長い足を持て余している様子から長身であることが窺える。
 黒いカジュアルなスーツを纏い、イケメン教師と言ってもおそらく反論はないだろう。
 彼こそオカルト研究部の顧問であり、紗綾と香澄の担任であり、クッキーの愛称で親しまれる九鬼嵐である。

「わかりきっていることを聞くな。役に立たないからだ」

 十夜はむすっとした表情で吐き捨てる。その不遜な態度は嵐を教師として扱っていないというわけではない。
 彼にとって嵐は敬意を払う対象ではないというだけだ。

「いい子、いい子、ノルマは達成だよ。どうせ、生贄は一人いればいいんだし、誰だっていいの」

 嵐はソファーから立ち上がり、紗綾の前に立つと、目を細め、頭を撫でてくる。
 正直、紗綾としてはやめてほしいと思っているのだが、言えるはずもない。嫌悪があるかと言えばそうではない。単純に恥ずかしく、どうしたらいいかわからないのだ。

「他に部員いないんスか?」
「うん、いないよ。これだけー」

 圭斗の問いに嵐は極めて軽い調子で答える。
 部室ではいつもこうなのだ。

「廃部の危機とかないんスか?」
「大丈夫大丈夫、とっても良からぬ力が働くから。一年に一人入れれば全然問題なし」

 オカルト研究部に廃部の二文字は無縁のものである。
 三年の十夜、二年の紗綾、そして一年の圭斗が入れば今年も問題なしというわけだ。
 尤も、嵐がいる限り、たとえ部員が一人でもこの部が消えることはまずありえないだろう。

「この人が策士?」

 こっそりと問いかけてくる圭斗に紗綾は小さく頷く。
 若いが、落ち着きがあり、優しい印象のこの男は案外計算高いのだ。
 それでも香澄が恐れるほどではないと紗綾は思っていた。
 基本的に生徒には優しいのだ。悪ささえしなければ。自分に不利益がなければ、と言った方が正しいのかもしれないが。

「あ、俺、顧問の九鬼嵐、ちなみに月舘の担任の先生。よろしくー」

 にこりと嵐は笑みを見せる。
 だが、笑みを返した圭斗には何か含みがあるようだったが、紗綾にはよくわからなかった。

「それと、あっちが一応部長」
「黒羽十夜だ。部を汚すなら俺が呪ってやる」

 嵐が指せば、十夜はソファーに座ったまま視線だけを圭斗に向ける。

「やれるものなら、どうぞ」

 挑発的に圭斗が笑うのだから、紗綾はどうしたらいいかわからなくなる。
 どうにも部内の空気が険悪なものになっている気がするのだ。

「いいね、頼もしいよ。えーっと」
「榊圭斗っス」
「よし、榊。この入部届けにサインして。俺が偽造しちゃってもいいけどさ」
「いいっスよ。別に生贄になったとは思ってないんで」

 嵐から差し出された入部届けを受け取った圭斗はさらさらと記入する。
 これを書いてしまったが最後だと紗綾は知っている。
 逃げるという道は既にないのだが。
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