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本編
本当の救い手-1
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扉の外、佇んでいたのは十夜だった。
周りに誰もいないからか、いつもより近付き難い雰囲気は半減しているように感じられる
「大丈夫か?」
皆が寝静まった廊下でいつもよりも控え目に十夜は問う。
多くの人間が彼を誤解しているが、本当は気遣いのできる人間である。
おそらく、圭斗が言ったのはこの男のことなのだろう。彼にも眷属がいるのし、他に思い当たることもない。
「善美ちゃんなら、すっかり安心しちゃったみたいで眠ってます」
彼がいるなら安心できると紗綾は信じきっていた。
だが、十夜は首を横に振る。
「違う」
「えっと……部長が、善美ちゃんを救ってくれたんですよね?」
ヘタレだと言われている十夜だが、善美に何があるのかわかっているからこそ、ここにいるのだと紗綾は思っていた。そして、もう終わったのだと。
「あれは大丈夫だろうが、貴様はどうだ?」
「何もあるわけないじゃないですか。私は役立たずなんですから」
なぜ、そんなことを問うのだろうか。紗綾には理解できなかった。
「……貴様は全く役に立たないわけでもない」
少々の沈黙の後、小さく溜息を吐いて十夜は言い、紗綾は思わず彼をじっと見てしまった。
「本当ですか?」
「極稀に、だが」
「それって、大抵は役に立たないってことですよね?」
十夜がそんなことを言うのは珍しいが、遠回しになっただけだと紗綾は思った。
「……そうだな」
沈黙の後、十夜が頷き、今度は紗綾が溜息を吐きたい気分だった。
「そんなの、オカ研にとっては全然意味がないじゃないですか」
「それを決めるのは貴様でも、俺でもない」
全ては魔女のためにある。
オカ研の生贄は彼女に捧げられるものであり、生贄には選択権も拒否権もありはしないのだ。
そんなことは紗綾もわかっている。だが、そもそも、 生贄としての条件を何一つ満たしてはいないはずなのだ。
「意味があるなら知りたいと思うのはいけないことですか?」
「あの女が答えると思うのか?」
十夜の言う通りだった。
彼女が教えてくれたことなどない。いつだって何もわからないまま押し付けられてきた。
「力になりたいと思うことは……?」
この一年、彼らの苦悩を見てきた。ただ、見てきただけだった。
「必要ない。いればいい。それだけだ」
「でも、枷にはなりたくないんです」
「何も考えるな」
「考えずにはいられないんです」
考えずにどうしろと言うのか。
目で見えないものを、手で触れられないものを本当の意味で理解することなどできないと言うのに。
一瞬、十夜が困ったような表情をした気がした。けれど、薄暗い廊下でのことだ。気のせいなのかもしれない。
「救ったのは俺ではない」
「なら、先生が?」
紗綾は問いかけながらも、それはないはずだと思っていた。
たとえ、魔女が帰っても、帰宅するまでが洗礼だ。よほどのことがない限り、嵐は手を出さない。
「ロビンソン君はないですよね……?」
「あれは使えない」
残る一人リアム・ロビンソンは暴走した。その償いでもないだろう。
「だったら、誰が……」
「もう一人いるだろう」
「圭斗君、ですか……?」
圭斗が白を切り通すつもりなら、紗綾も迂闊には言えない。
たとえ、相手が十夜でも口を滑らせるわけにはいかなかった。
「だが、奴にそうする力はない」
やはり、十夜はわかっているのだろう。
圭斗は自分にできるだけのことをして、手を引いた。
「じゃあ、誰が……」
「貴様だ」
「そんなわけありません」
今度は十夜が自分をじっと見ている気がした。紗綾は困惑する。
まさか、寝惚けているわけではないだろうが、信じることはできない。
「わからないのか」
「わかるはずがないです」
一体、何をわかれと言うのだろうか。
十夜はどうしてしまったのだろうか。
「だが、貴様は正体を知っていたはずだ。あいつのことも、怨霊のことも」
「知りません」
圭斗のことは本人から聞いて知っていた。
生霊のことも全く心当たりがないと言うわけではないが、気のせいだと、考えすぎだと、自分の心にしまい込んで忘れてしまいたかった。
「それは、あれと同じ言いようだと思わないのか」
もしかしたら、十夜はずっと聞いていたのかもしれない。
善美の言葉を紗綾も忘れたわけではない。
「私には何もわからないから、何もできないんです。ただ、それだけです」
紗綾はそれを貫きたかった。
見透かされるとわかっていながら、吐き出してしまうことはできなかった。
辛いのは自分ではないのだから。
また、十夜は黙って、それからぼそりと言う。
「……あの男だって昔は他人を寄せ付けなかった」
十夜が言うあの男はただ一人しかいない。
「九鬼先生、ですか?」
「どこかで他人を拒絶する男だった」
今の嵐からは想像できないが、嵐が十夜の過去を知るように、十夜もまた嵐の過去を知る。
そして、どこかでは二人が似ていると紗綾は思っている。
「だが……いや、どうでもいいことだ」
言いかけて、十夜は頭を振った。
「そこまで言われたら気になります」
自分から言い出して黙るのは卑怯だと紗綾は思う。
「もう寝ろ」
「気になって眠れません」
「命令だ」
ずるい。そう思うものの逆らえない。
生贄とは言っても同列ではない。
現時点で紗綾の序列は最も低い。それこそ、奴隷のようなものだ。
「……おやすみなさい」
「ああ……」
渋々、紗綾は釈然としないものを抱えながらも踵を返した。
きっと、明日にはこんなやりとりもなかったことになっているのだろうと思いながら。
周りに誰もいないからか、いつもより近付き難い雰囲気は半減しているように感じられる
「大丈夫か?」
皆が寝静まった廊下でいつもよりも控え目に十夜は問う。
多くの人間が彼を誤解しているが、本当は気遣いのできる人間である。
おそらく、圭斗が言ったのはこの男のことなのだろう。彼にも眷属がいるのし、他に思い当たることもない。
「善美ちゃんなら、すっかり安心しちゃったみたいで眠ってます」
彼がいるなら安心できると紗綾は信じきっていた。
だが、十夜は首を横に振る。
「違う」
「えっと……部長が、善美ちゃんを救ってくれたんですよね?」
ヘタレだと言われている十夜だが、善美に何があるのかわかっているからこそ、ここにいるのだと紗綾は思っていた。そして、もう終わったのだと。
「あれは大丈夫だろうが、貴様はどうだ?」
「何もあるわけないじゃないですか。私は役立たずなんですから」
なぜ、そんなことを問うのだろうか。紗綾には理解できなかった。
「……貴様は全く役に立たないわけでもない」
少々の沈黙の後、小さく溜息を吐いて十夜は言い、紗綾は思わず彼をじっと見てしまった。
「本当ですか?」
「極稀に、だが」
「それって、大抵は役に立たないってことですよね?」
十夜がそんなことを言うのは珍しいが、遠回しになっただけだと紗綾は思った。
「……そうだな」
沈黙の後、十夜が頷き、今度は紗綾が溜息を吐きたい気分だった。
「そんなの、オカ研にとっては全然意味がないじゃないですか」
「それを決めるのは貴様でも、俺でもない」
全ては魔女のためにある。
オカ研の生贄は彼女に捧げられるものであり、生贄には選択権も拒否権もありはしないのだ。
そんなことは紗綾もわかっている。だが、そもそも、 生贄としての条件を何一つ満たしてはいないはずなのだ。
「意味があるなら知りたいと思うのはいけないことですか?」
「あの女が答えると思うのか?」
十夜の言う通りだった。
彼女が教えてくれたことなどない。いつだって何もわからないまま押し付けられてきた。
「力になりたいと思うことは……?」
この一年、彼らの苦悩を見てきた。ただ、見てきただけだった。
「必要ない。いればいい。それだけだ」
「でも、枷にはなりたくないんです」
「何も考えるな」
「考えずにはいられないんです」
考えずにどうしろと言うのか。
目で見えないものを、手で触れられないものを本当の意味で理解することなどできないと言うのに。
一瞬、十夜が困ったような表情をした気がした。けれど、薄暗い廊下でのことだ。気のせいなのかもしれない。
「救ったのは俺ではない」
「なら、先生が?」
紗綾は問いかけながらも、それはないはずだと思っていた。
たとえ、魔女が帰っても、帰宅するまでが洗礼だ。よほどのことがない限り、嵐は手を出さない。
「ロビンソン君はないですよね……?」
「あれは使えない」
残る一人リアム・ロビンソンは暴走した。その償いでもないだろう。
「だったら、誰が……」
「もう一人いるだろう」
「圭斗君、ですか……?」
圭斗が白を切り通すつもりなら、紗綾も迂闊には言えない。
たとえ、相手が十夜でも口を滑らせるわけにはいかなかった。
「だが、奴にそうする力はない」
やはり、十夜はわかっているのだろう。
圭斗は自分にできるだけのことをして、手を引いた。
「じゃあ、誰が……」
「貴様だ」
「そんなわけありません」
今度は十夜が自分をじっと見ている気がした。紗綾は困惑する。
まさか、寝惚けているわけではないだろうが、信じることはできない。
「わからないのか」
「わかるはずがないです」
一体、何をわかれと言うのだろうか。
十夜はどうしてしまったのだろうか。
「だが、貴様は正体を知っていたはずだ。あいつのことも、怨霊のことも」
「知りません」
圭斗のことは本人から聞いて知っていた。
生霊のことも全く心当たりがないと言うわけではないが、気のせいだと、考えすぎだと、自分の心にしまい込んで忘れてしまいたかった。
「それは、あれと同じ言いようだと思わないのか」
もしかしたら、十夜はずっと聞いていたのかもしれない。
善美の言葉を紗綾も忘れたわけではない。
「私には何もわからないから、何もできないんです。ただ、それだけです」
紗綾はそれを貫きたかった。
見透かされるとわかっていながら、吐き出してしまうことはできなかった。
辛いのは自分ではないのだから。
また、十夜は黙って、それからぼそりと言う。
「……あの男だって昔は他人を寄せ付けなかった」
十夜が言うあの男はただ一人しかいない。
「九鬼先生、ですか?」
「どこかで他人を拒絶する男だった」
今の嵐からは想像できないが、嵐が十夜の過去を知るように、十夜もまた嵐の過去を知る。
そして、どこかでは二人が似ていると紗綾は思っている。
「だが……いや、どうでもいいことだ」
言いかけて、十夜は頭を振った。
「そこまで言われたら気になります」
自分から言い出して黙るのは卑怯だと紗綾は思う。
「もう寝ろ」
「気になって眠れません」
「命令だ」
ずるい。そう思うものの逆らえない。
生贄とは言っても同列ではない。
現時点で紗綾の序列は最も低い。それこそ、奴隷のようなものだ。
「……おやすみなさい」
「ああ……」
渋々、紗綾は釈然としないものを抱えながらも踵を返した。
きっと、明日にはこんなやりとりもなかったことになっているのだろうと思いながら。
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