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本編
悲しみの悪魔-2
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二人で並んで、適当なところに座れば青春ドラマみたいだなどと紗綾は思う。
しかし、気分はそれほど軽やかではない。
授業をサボるなどという初めての経験にドキドキもない。
後ろめたささえ、圭斗が何を語るかの方がよほど不安で掻き消されている。
そんな中、圭斗はゆっくりと話し始める。
「俺、先輩のこと幸せにする、って言ったじゃないっスか」
紗綾はコクリと頷く。
初めて会った時、彼はそう言った。
それが始まりだった。だからこそ、鮮明に覚えている。
彼が初めてくれた言葉だった。
「それを嘘にしたりしないって誓える。これは本当」
じっと見詰めてくる圭斗の表情は真剣そのものに思えた。
もしかしたら、そんな彼に浮かれていたところもあったのかもしれない。
そこまでの言葉をくれたのは彼だけだったから嬉しかったのは本当だ。
だからこそ、見失ってしまっていたのかもしれない。
けれど、わかったこともある。
「私は……幸せになれなくてもいいの」
幸せになれるとしたら、それは嬉しいことだと紗綾も思うが、今はなれない。なるわけにはいかないのと思う。
「そんなこと言っちゃ駄目っスよ。言わないでくださいっス」
悲しげに圭斗の表情が歪む。
弱々しく首を横に振る彼を見ると切なくなるが、抱き締められるわけでもなかった。
「誰でも幸せになれる保証なんてないけど、権利までは誰にも奪えない」
「うん、わかるよ。圭斗君の言ってること」
「だったら……!」
紗綾とて諦めているわけではないのだ。
「ずっとね、みんなに視えないものがオカ研の人達には視えると思ってたの。でも、それはオカ研の人達に視えるものが私には視えないってことだってこの前気付いたの」
どちらを多数として、少数とするか。
ただの統計なら簡単だが、紗綾は自分が少数に属せないばかりか、最早多数にも入れないことに気付いてしまった。
それが生贄の宿命というものなのだと自分のことは諦められる。
そう自分のことならば簡単に諦められてしまう。
「私にだけ視えないの」
見える側の人間にとっては、多数の見えない側の人間と変わりない。
何もできないのに、そこにいるだけならばいない方がいいのかもしれない。
苦悩が見えていながら何もできないのだ。
迷惑をかけるばかりで、何にもなれない。
自分は何かになりたいのだと紗綾は思う。
どんな形であっても彼らの側になりたいのだと。
強く強く、ずっと望んできて、願いは叶わなかった。
そんなことを望むようになるとは考えもしなかったのに。
その類の力はない方がいいとわかっているはずなのに。
「視えるよ」
「え……?」
紗綾は何を言われたかわからなかった。
自分は視えない。しかし、彼には視える。それはわかっている。
「先輩にも視える」
もう一度、圭斗が言う。だから、紗綾は思わず苦笑いを零す。
「視えないよ」
視えるはずがない。
その否定を覆したところで何も変わらない。
「視える。俺がそれを証明してあげる」
圭斗は穏やかな笑みを浮かべているように見えた。
冗談を言っている風ではない。
彼は先ほどから、ふざける様子などない。否、いつだって彼は真っ直ぐだった。
眩しく目を逸らしたいほどに。
日の光を浴びてその髪は煌めいて、太陽がひどく近くにある気がした。
「手、出して」
「手?」
「うん、両手」
言われるがままに、おずおずと両手を差し出せば、圭斗の手が重なる。
「目、閉じて、集中して」
その声に誘われるように紗綾はそっと目を閉じる。
流れ込んでくるような彼の体温、繋いだ手に意識を移せば、何かが見えてくる。
犬、大きな犬が目の前にいた。
「っ……!」
驚いて紗綾は目を開けてしまった。
いるはずのないものが、見えるはずのないものが、確かに一瞬だけ見えた。
急に恥ずかしくなって、紗綾は手を引こうとしたが、目を開けた圭斗が、もう一度、と言うように微笑んで再び目を閉じる。
そして、紗綾もまた目を閉じた。
今度はゆっくりと見る。
自分を覗き込んでくる大きな動物……灰色の犬。
どこか威厳のある姿だと紗綾は思う。
神々しいとでも言えばいいのか、これが眷属というものなのだと感じた。
しかし、気分はそれほど軽やかではない。
授業をサボるなどという初めての経験にドキドキもない。
後ろめたささえ、圭斗が何を語るかの方がよほど不安で掻き消されている。
そんな中、圭斗はゆっくりと話し始める。
「俺、先輩のこと幸せにする、って言ったじゃないっスか」
紗綾はコクリと頷く。
初めて会った時、彼はそう言った。
それが始まりだった。だからこそ、鮮明に覚えている。
彼が初めてくれた言葉だった。
「それを嘘にしたりしないって誓える。これは本当」
じっと見詰めてくる圭斗の表情は真剣そのものに思えた。
もしかしたら、そんな彼に浮かれていたところもあったのかもしれない。
そこまでの言葉をくれたのは彼だけだったから嬉しかったのは本当だ。
だからこそ、見失ってしまっていたのかもしれない。
けれど、わかったこともある。
「私は……幸せになれなくてもいいの」
幸せになれるとしたら、それは嬉しいことだと紗綾も思うが、今はなれない。なるわけにはいかないのと思う。
「そんなこと言っちゃ駄目っスよ。言わないでくださいっス」
悲しげに圭斗の表情が歪む。
弱々しく首を横に振る彼を見ると切なくなるが、抱き締められるわけでもなかった。
「誰でも幸せになれる保証なんてないけど、権利までは誰にも奪えない」
「うん、わかるよ。圭斗君の言ってること」
「だったら……!」
紗綾とて諦めているわけではないのだ。
「ずっとね、みんなに視えないものがオカ研の人達には視えると思ってたの。でも、それはオカ研の人達に視えるものが私には視えないってことだってこの前気付いたの」
どちらを多数として、少数とするか。
ただの統計なら簡単だが、紗綾は自分が少数に属せないばかりか、最早多数にも入れないことに気付いてしまった。
それが生贄の宿命というものなのだと自分のことは諦められる。
そう自分のことならば簡単に諦められてしまう。
「私にだけ視えないの」
見える側の人間にとっては、多数の見えない側の人間と変わりない。
何もできないのに、そこにいるだけならばいない方がいいのかもしれない。
苦悩が見えていながら何もできないのだ。
迷惑をかけるばかりで、何にもなれない。
自分は何かになりたいのだと紗綾は思う。
どんな形であっても彼らの側になりたいのだと。
強く強く、ずっと望んできて、願いは叶わなかった。
そんなことを望むようになるとは考えもしなかったのに。
その類の力はない方がいいとわかっているはずなのに。
「視えるよ」
「え……?」
紗綾は何を言われたかわからなかった。
自分は視えない。しかし、彼には視える。それはわかっている。
「先輩にも視える」
もう一度、圭斗が言う。だから、紗綾は思わず苦笑いを零す。
「視えないよ」
視えるはずがない。
その否定を覆したところで何も変わらない。
「視える。俺がそれを証明してあげる」
圭斗は穏やかな笑みを浮かべているように見えた。
冗談を言っている風ではない。
彼は先ほどから、ふざける様子などない。否、いつだって彼は真っ直ぐだった。
眩しく目を逸らしたいほどに。
日の光を浴びてその髪は煌めいて、太陽がひどく近くにある気がした。
「手、出して」
「手?」
「うん、両手」
言われるがままに、おずおずと両手を差し出せば、圭斗の手が重なる。
「目、閉じて、集中して」
その声に誘われるように紗綾はそっと目を閉じる。
流れ込んでくるような彼の体温、繋いだ手に意識を移せば、何かが見えてくる。
犬、大きな犬が目の前にいた。
「っ……!」
驚いて紗綾は目を開けてしまった。
いるはずのないものが、見えるはずのないものが、確かに一瞬だけ見えた。
急に恥ずかしくなって、紗綾は手を引こうとしたが、目を開けた圭斗が、もう一度、と言うように微笑んで再び目を閉じる。
そして、紗綾もまた目を閉じた。
今度はゆっくりと見る。
自分を覗き込んでくる大きな動物……灰色の犬。
どこか威厳のある姿だと紗綾は思う。
神々しいとでも言えばいいのか、これが眷属というものなのだと感じた。
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