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2巻
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俺はアスガルド。
前世は日本人で、異世界に転生したのに、なんのチートもないスキルなしのテイマーをやっている。
そして、家族は娘ただ一人。
妻は家を空けがちな俺を見限ったのか、三年前に子供を置いて蒸発した。
スキルのあるテイマーと違い、テイムできない魔物もいるが、その分、師匠から譲り受けた豊富な知識をもとに、Sランク冒険者にまで昇り詰めた。
俺が所属していたのは、幼馴染と作ったクラン『獣の檻』。
パーティーを組んだ最初のメンバーかつ幼馴染で、俺の親友のランウェイが、クランマスターを務めるクランだ。
獣の檻がSランクのクランになり、最高難度のダンジョンに潜る日の前日。
俺はランウェイから戦力外通告を受けてしまった。
俺がテイムするBランクの魔物――フィッチを手放し、より強い魔物をテイムするのを拒んだことが理由だ。
卵から育て、何度も俺の命を救ってくれたフィッチを、俺は家族のように愛していて、手放すことができなかったんだ。
そして俺は生まれ故郷のルーフェン村に戻り、長年ほったらかしにしていた幼い娘、リリアと共にのんびり暮らす道を選んだのだ。
村に戻ると、村は魔物の被害にあえいでいた。
討伐費用がないので村を捨てなくてはならないと嘆く村長。
……ん? ──って、いやいや、それ、討伐しなくてもなんとかなるぞ?
俺は次々に舞い込む魔物のトラブルを解決していくなかで、『まもののおいしゃさん』を始めることを思いついた。
討伐だけが冒険者の仕事じゃない。
俺は、人間と共生可能な魔物と人間との架け橋になることを仕事にしたいと思った。
魔物たちの危険な生態は、人々がそう望みさえすれば、討伐しなくても解決できることがあるんだ。
様々な魔物と人々との共生を実現させ、貧乏だった村は潤っていった。
ついにはSSランクの魔物、クラーケンを利用して、白いダイヤと呼ばれる栄養豊富な天日塩を生み出すことに成功し、新たな観光名所を誕生させた。
その噂を聞きつけた他の地域からもどんどん声がかかり、民衆は「魔物を守れ! 討伐よりも共存を!」と言い出した。
他の冒険者が討伐に行っても、近隣住民たちに邪魔をされる始末。
魔物を狩れなくなった冒険者たちは次々と廃業を余儀なくされ、ついには俺に王宮から声がかかる。
俺は『まもののおいしゃさん』として、安易な儲け話に飛びついた人々の目を覚まさせ、冒険者たちは再び冒険者ギルドに戻ってきたのだった。
さて、次はどんな依頼が待っているのだろうか。
第一章 一万体の魔物
俺はフィッチを伴い、スリリアントの街へとやってきていた。
ここはかなり大きな街で、別の国との貿易も盛んな都市に近い街である。
俺がここにやってきたのは、冒険者ギルドの受付嬢によって、『活用共生検討の余地があるもの』に振り分けられた依頼を、実際にそれが可能かどうか確かめるためだ。
スリリアントの依頼主であるペギーさんはまだうら若き女性で、街の代表としてトラブルに対応する、役場の人間とのことだった。
この世界は女性の地位が低く、なかなかこうした仕事に就くのは難しい。そもそも識字率が低いため、選択肢がないのだ。
女性が仕事で稼ごうと思うと、冒険者くらいしか方法がないのが、今の俺の住む世界の現状である。
にもかかわらず、この若さでその仕事を任されるということは、彼女はかなり優秀な人なのだろう。
ペギーさんは一瞬フィッチに怯えたあとで、俺を現場である憩いの広場へと案内してくれた。
「……ここは街の人たちの憩いの広場ですが、ある日突然、大量の魔物が発生するようになったのです。おまけにこうして……」
ペギーさんはそう言って、斧か何かで幹を割られて中が丸見えになってしまった木を、遠くから指さした。
幹の中が見えているのはその一本だけで、まだ新しい傷口が遠目からでも分かる。
その穴は自然に開いたのではないことが見て取れた。
「あの穴の開いた木の中が空洞になっているのは分かりますか? 木の専門家に調査してもらったのですが、ここに生えている木は、すべてこの状態ということでした」
ペギーさんの説明を聞いて周りを見ると、広場を取り囲むように、かなりの数の木が生えていた。
「──どうやらこの木の中の空洞を、棲み処にしている魔物がいるようなのです。毒を持つ、かなり凶暴な魔物だということで、みんな恐れて広場に近付かなくなりました」
ペギーさんはこわごわといった様子で体を両手で抱きすくめながら話す。
すべての木が同様の状態であるということは、見えないだけで、たくさんの魔物がそこに存在しているのと同義だ。
見えないから怖くない訳ではない。
幽霊と同じようなもので、そこにいるかもしれない、いや、きっとそこにいるはずだという想像に、人はまず恐怖を覚えるのだろう。
「あの木の幹の調査をする際にも、斧で幹を壊した人間が、魔物の毒にやられて医者にかかっているのです。しかもですよ? 魔物は一種類じゃないんです」
「一種類ではない?」
俺はペギーさんに聞き返した。
「別の種類の魔物までもが、木の幹の中に棲んでいるようなのです。正直、一刻も早くどうにかしてほしいのですが……」
それはあまりないことだな。動物にも魔物にも基本的には自分たちの縄張りというものがあり、同じ種族であっても別の群れを近付けることはしない。
「活用共生検討の余地ありということで、討伐ではなく、まずはアスガルドさんに見ていただくのがよいでしょう、と冒険者ギルドで受付嬢の方に言われてしまいまして……」
「なるほど、お話はよく分かりました」
「安く済むのであればと、上層部がアスガルドさんを雇うことを決めてしまったのです。本当に、そんなことが可能なのでしょうか?」
ペギーさんは、むしろ早く討伐に切り替えたいようだった。見えないとはいえ、凶暴な魔物が幹の中にいる。しかもそれが二種類も、と言われてしまっては、気が急くのも無理はなかった。
「ふむ、まずは見てみましょう」
俺は最初に、斧で割られた方の木の幹の内部を覗き込むと、確かにそこには二種類の魔物がうごめいていた。ただ、幹が割られて直接雨風が当たるようになったことで魔物の数は少なくなっているようだ。
続いて他の木の幹をノックしたり、幹に耳をつけたりして、内部の音を確かめる。
ペギーさんは、今にも目の前で俺が襲われるのではないかという想像をしているのか、恐怖のあまり逃げ出したそうに、ガタガタ震えながらその様子を見ていた。
「確かに、中は空洞になっているようですね。すべての木が同じ状態でしたよ」
俺は木の幹をコンコンと拳で叩きながら言う。
「おまけに、二種類の魔物がいるかもしれないのではなく──確実に二種類の魔物が幹の中を棲み処にしているようです。穴の開けられた木と同じ魔物が中にいることが、動く音で分かりますね」
穴から魔物は出てきていないのに、ペギーさんは絶望的な顔になった。
「凶暴な魔物が二種類も……ですか? 本当にそんなものと共生したり、活かして私たちの助けにしたりするなんてこと、できるのでしょうか……?」
ペギーさんの表情は、共生できると伝えられても断りたいのが、ありありと分かるものだった。
共生や活用ができると伝えても、『魔物は恐ろしいもの』『近付きたくないもの』と思っている人たちがまだまだ多い。
そこを言葉で説明しても、感覚で理解するのは難しい。
ましてや、あらかじめ凶暴と聞かされてしまっているのだから、ペギーさんの反応も無理からぬことだった。
「いや、凶暴なのは、そのうちの一種類だけだ。もう一種類はまったくおとなしいものですよ」
そう聞かされても、ペギーさんが安心する様子はなかった。
「──それに、凶暴と言っても、外敵に対してのみです。攻撃しない限り襲ってはきません」
人間を捕食するタイプの魔物でもない限り、基本積極的に人間を襲うことはない。
「ペギーさん。最初にどなたかが、魔物を木の外で見かけて、この木を調査することになったのではないですか?」
「はい、その通りです」
「調査を開始することで、彼らの棲み処である木をわざわざ傷つけて、幹の内部をむき出しにしたことが、彼らに攻撃と見なされてしまったのですよ」
俺は木に触れながら、そう言った。
この木に棲む魔物が昨日今日ここに現れた訳ではないことは、幹の内部の様子から分かった。
調査の際にわざわざ刺激してしまったことで、ここまで大騒ぎになってしまったのだろう。
「では、我々は放っておけばよかったということですか?」
「はい、そうなりますね。この木はいつからここに?」
「もう何十年も前からになります。この広場が作られてから、ずっとここにあるものです」
ペギーさんは木を見上げながら言う。
「その間、特に魔物が見つかるようなことはありませんでした。今まで我々は安全に暮らしていたのですが……」
「──この木の中にいる魔物は、二種類とも、この木と共生関係にある魔物です。この木がここに植えられたすぐあとには、もう中に棲んでいたことでしょう」
それを聞いて、ゾッとしたような表情を浮かべるペギーさん。
「木の幹の内側をご覧になりましたか? 昨日今日でこんな風になった訳ではないことが、お分かりになるかと思います」
「いえ、私はちょっと……近づけないです」
そう言って、ペギーさんが一歩後ずさる。
「それがここまで気付かれずに、何十年と経過しているのです。気付かれるようなことがなければ、今まで通り、彼らはここで暮らしていたでしょうね」
何十年も何事もなかったことが示している通り、共生関係にある木を、魔物はむしろ守っていた。
そうやって静かに暮らしていたのに、魔物だというだけで騒ぎ立てられたことが、ここに棲んでいた魔物たちが人間を襲った原因だった。
だがペギーさんは、『知らない間に何十年も棲みつかれていた』という部分に、背筋が寒くなったような表情を浮かべていた。
共生が可能であっても、街の人たちが受け入れなければ、結局は退治することになってしまう。
活用共生には、そこに暮らす人々の魔物に対する拒絶反応という壁が存在しているのだ。
「もし、魔物をどうしても討伐なさりたいのであれば、この木そのものを撤去する必要があります」
「木を切り倒すということですか?」
俺の言葉を聞き、ペギーさんが聞き返す。
「魔物と共生関係にあるこの木は、中にいる魔物がすべて討伐されたところで、再び同じ種類の魔物を呼び寄せるでしょう。この木が自分自身の身を守るためにね」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「この木の葉しか食べない魔物もいるのですよ。魔物を呼び寄せたくないなら、そもそもこの木を人の住むところに植えるのは、あまり適切じゃない」
「それはできません。この木は親睦の証として、姉妹都市であるサンスクリッダから贈られたものなのです」
俺の言葉に、ペギーさんは首を振って困りだし、そして続ける。
「この木を撤去することを、我々は望んでいません」
「……では、魔物との共生を選ぶしか、選択肢はないと思います。この木に魔物を寄せつけなくする手段は、今のところありませんのでね」
「そんな……」
ペギーさんはあくまでも討伐したいようだった。
「──何度も討伐の依頼をなさるか、このまま放っておいて共生していくか。答えは二つに一つですよ、ペギーさん」
俺はペギーさんに選択を迫った。
「討伐を望むのであれば、俺にはこれ以上できることはない。改めて、冒険者ギルドに討伐の依頼をなさってください」
討伐に切り替えるかどうか判断するのは依頼者だ。俺はもう、冒険者として討伐の仕事はしない。討伐するのであれば俺に出番はない。
俺の言葉を聞いて黙りこくるペギーさんを見て、俺は続ける。
「すぐには答えが出ないと思います。どちらの方が街のためにとってよい選択なのか、よく考えてお決めになるといいでしょう。俺は、放っておくのが一番いいと思いますがね」
この街のように、ある程度予算が潤沢な場所ともなると、お金を払えばすぐに解決できる討伐をしたいのだと思うが、それでもいずれは、共生の道を選ぶことになるだろうと俺は思っていた。
実はこの中にいる比較的凶暴な方の魔物は、同種の魔物の種族の中で、最も強力な毒を持つことで知られており、討伐ランクがCランクに指定されている。
人の住むところに出る魔物の中ではかなり高いランクで、現れるたびに毎回討伐していたら、いくら予算が潤沢とはいえど、きりがない。
なにせ一つの木の中には五十体以上もの魔物が棲んでおり、しかも木は全部で二百本以上も植えられているのだから。
Cランクとはいえ、それが一万体。大規模な討伐隊が必要になるだろう。
冒険者ギルドの受付嬢が、この問題を『活用共生検討の余地あり』の書類の中で最重要に据えたのも頷ける。
ペギーさんをこれ以上怯えさせてはいけないので、直接口にはしなかったが、討伐を依頼するのであれば、一万体という途方もない魔物の数を、やがて知ることになるだろう。
だが、共生を選ぶのであれば、具体的な魔物の数まで知る必要はない。
そして、俺はペギーさんに別れを告げて、スリリアントの街をあとにした。
★ ★ ★
しかし、後日緊急で呼び出され、俺はフィッチと共に、再びスリリアントの街へとやってくることになった。
冒険者ギルドによると、状況が一変したので再度確認してほしいとのこと。
ある程度予想していたことではあったが、『このタイミングでか』と思っていた。
「状況が変わったとのことだが、いったい何があったというんです? ペギーさん」
俺は慌てた様子のペギーさんをなだめながら言った。
「三種類目の魔物が湧いたんです!! 一つの木に三種類もですよ? どうしてこんなことに……」
ペギーさんは思わず地面に膝をついて、頭を抱えていた。
「やはりこの木が、いえ、この街そのものが呪われているとしか思えません……我々は一体どうしたらいいんですか?」
そう言うペギーさんに俺は質問する。
「では、討伐に切り替えるということでしょうか」
「討伐を依頼したら、木の中には魔物が一万体以上もいるとのことで、莫大な討伐費用を提示されてしまいました」
だろうな。Cランクが一万体だ。それ以上のランクがいないことだけは救いだが、この状況では街全体がパニックになってもおかしくない。
「一万体を毎回討伐なんて、いくらこの街の予算が潤沢でも、到底できることではありません。その上、三種類目の魔物だなんて……!! この木は呪われているんでしょうか」
そう言うペギーさんは今にも泣きそうだった。
「友好と親睦の証である、この木を切り倒すしか、我々にはもう選択肢が残っていないのでしょうか? 教えてください、アスガルドさん!!」
「ペギーさんは、その魔物を直接目撃されましたか?」
「……いえ、直接は……ただ、魔物を見た人の話によると、新しく現れた魔物が凶暴な方のCランクの魔物を襲っていたと言うのです」
「新しい魔物が、元々いた魔物を襲っていた、ですか」
「Cランクを襲える魔物って、一体何ランクなのでしょう? 少なくともCランク、下手をすれば、Bランク以上だってありえますよね?」
「まあ、ありえるでしょうね」
俺は慌てるペギーさんの質問にそう答える。
「街にBランクが出たなんて、私はいまだかつて聞いたことがありません」
「俺は聞いたことがありますが、まあそういった例は少ないですね」
「それでもなお、『活用共生検討の余地あり』として、再びアスガルドさんにお願いしてみるように冒険者ギルドの受付嬢に言われてしまったのです」
「──ひょっとして、その三種類目の魔物は、空を飛びますか?」
俺はペギーさんに尋ねた。
「……はい、ご存知なのですか? それとも、冒険者ギルドの方から、事前に何か聞いてらっしゃるのですか?」
「いや、特に聞いてはないが」
「……一つの街に、魔物が三種類も棲んでいるだなんて……本当にこれでも共生可能なんでしょうか? とても私にはそうは思えません。やはり何とか上にかけあって、討伐をしてもらうしか……」
ペギーさんがそう呟くのを聞いて、俺は彼女に言う。
「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?」
「え?」
「というよりも、遅かれ早かれ、三種類目はこの街に現れただろうからな。それが今だったという、それだけの話なんだ」
俺の言葉に、ペギーさんはキョトンとしていた。
この木はスプラバギジュアという種類の樹木だ。この樹木は例に漏れず、幹の中の空洞を、その巣として、スコーピアントとシェルズパスという昆虫タイプの魔物に提供する共生植物である。
スコーピアントは姿かたちはアリのような魔物で、毒針のある尻をサソリのように上げて毒攻撃をするのだ。その毒性は毒を持つアリタイプの魔物の中でも最強を誇る。
また、このスコーピアントはクワガタのような鋭く長い牙を持ち、それであらゆるものを切断することもできる。街に現れる魔物の中ではかなり強く、凶暴な魔物なのだ。
一方、シェルズパスは大人しい昆虫タイプの魔物で、その姿は真っ白な貝殻のような見た目をしている。
また、その体の下側にタコの吸盤のようなものがついており、そこから木の栄養分を吸い取っているのだ。
そして、彼らが集まってる様は、大分不気味に見える。
スプラバギジュアはスコーピアントに棲息場所だけでなく、餌も与える。それは葉っぱから分泌される栄養と、そこに共に棲むシェルズパスが分泌する糖が多く含まれた甘露だ。
その餌の見返りとして、スコーピアントは、絡みついてくる蔓や植食者からスプラバギジュアを守る。
この二種類の魔物は、スプラバギジュアの幹の中以外では生存することができず、この樹木もまた、それによって恩恵を受けているので、これらの三者は互いにとって必要不可欠な存在と言える。
また、この関係性によって、いくら討伐しても、彼らはスプラバギジュアのところに再び集まってきてしまうのだ。
一方、スプラバギジュアをめぐる魔物の関係性には、スワロウフライという別の魔物も関与する。
それは燕のような見た目だが、実際には蝶に似た性質を持つ、れっきとした昆虫タイプの魔物だ。
スワロウフライの幼虫は、甘露などの報酬をスコーピアントに与えることによって、スコーピアントからの攻撃を受けずに、スプラバギジュアの葉を摂食できる。
また、このスワロウフライもスプラバギジュア以外の植物の葉を食べることができない。
おまけにスワロウフライの成虫はスコーピアントとその幼虫を食べる。
そして、スワロウフライは、スコーピアントの数が減った隙に、彼らの幼虫に似た自分たちの子供を孵化させ、甘露を与えつつ、スコーピアントにその幼虫を守らせる。
だからこの三者が同時に存在する場合、魔物の数は一定数に保たれる。なおかつ人間が刺激しなければ攻撃することもないため、共生が可能になるのだ。
この街の名前のスリリアントとは、『アリと生きる』という意味の、古代語と合成された言葉が由来である。
おそらくこの街が作られた際に、スプラバギジュアを贈られた当時の役人は、三者の魔物とその樹木が共生できることを理解した上で、この木を植えたのだろう。
だが魔物が街に棲むことを街の人々に伝えれば、間違いなく拒絶される。ただ、スコーピアントとシェルズパスは幹の内部にいるから、隠していれば絶対にその秘密が暴かれることはない。そして、その事実を知られなければ、人々は何も気にせずに生活をすることができる。
贈られたスプラバギジュアを必ず植えなければならない使命があったとはいえ、随分と乱暴な真似をしたものである。
「この穴の開いた幹を塞ぎましょう。それでもう問題はないはずです。攻撃しなければ、襲ってくることのない魔物ですからね」
俺は木の幹を撫で、少し間を空けてから続ける。
「それと、スプラバギジュアの木の活かし方をお教えしますよ」
「木の活かし方……ですか?」
ペギーさんは不思議そうに首を傾げる。
「スプラバギジュアの実は、食べられることをご存知ですか?」
「いいえ? だって、この木はいつも、実のようなものがなっても常に緑色で、とても食べられそうには……」
ペギーさんは、木の枝になっているたくさんの実を見ながら言う。
「ああ。それが普通なんです。でも、下にたくさん実が落ちているでしょう? 落ちていれば緑色でも成熟している証拠なんですよ」
スプラバギジュアは緑色のドングリのような実が生り、熟すとそれが落ちる。
山にも自生しているため、そこでは落ちた実はすぐに動物や魔物に食べられてしまうが、ここは街中でそんな動物も魔物も存在しない。
落ちてすぐに拾いに来なくとも、取り放題なのである。
実は緑色をしているが、熟して落ちた実の中の種をアク抜きしたものは、ナッツのような味と風味を楽しむことができるのだ。
また、専用の道具を使えば、実から油を搾り取ることも可能なため、非常に使い勝手のいい植物なのであるが、食べられることも、その加工方法についても、あまり知られてはいない。
俺は実を割って中の種を取り出すと、種を重曹と水を混ぜたものに浸けてアク抜きを開始した。
種は外側に茶色い渋皮がついていて、本当によくあるナッツそのものだ。
また、残った実の部分は、ラカラという度数の高い酒を用意してもらい、それに漬けた。
一週間後、種を取り出して洗ったら、三日ほど天日干しをしてほしいとお願いし、また来るとペギーさんに告げて、俺はスリリアントの街をあとにした。
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