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第0話 社交が嫌いになった理由①

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 若い息子が爵位を継ぎ、大きく事業を成功させたことで新しく建てられたロイエンタール伯爵家の邸宅は、建物だけなら公爵家に勝るとも劣らない作りだと言われていた。

 私設騎士団の訓練場を持ち、庭園には花々が咲き乱れ、外から見た人間は、思わずどんな人が住んでいるのだろうと覗き込むのだ。

 ロイエンタール伯爵夫人である私が、いつものように仕事に行く夫を玄関まで見送って、義務を果たしたので自室に引きこもろうと階段を上がった時だった。

 突然、玄関が大きく開かれたかと思うと、続いて威圧的な声が邸宅に満ちた。
「うちの不出来な嫁はどこかしら?すぐに呼んでちょうだい!」

 夫の母親の声だった。私の義母、前ロイエンタール伯爵夫人。彼女はいつも予告なく現れ、私の生活を乱す人だ。

 使用人が慌てて階段を登って私を呼びにやって来る。そしてこう告げるのだ。ロイエンタール伯爵夫人がお呼びです、と。

 従者たちの間で、私はロイエンタール伯爵夫人ではない。その名は常に義母のもの。嫁いでから今日まで、ずっと。私は階下に降りるのをためらった。行きたくない。義母の訪問は、決まって屈辱の始まりなのだから。

 宝石を散りばめた豪奢なドレスを纏い、扇子を優雅に振っている。……またか。私は内申ため息をついた。義母は私の姿を見るなり、鼻で笑った。

「まあ、今日もみずぼらしいわね。早く準備なさい。パーティーに連れて行ってあげるわよ。わかっているだろうけど、拒否なんて許さないわ。あなたには社交界に出る義務があるのよ。さあ、早く支度しなさい。馬車が外で待っているわ。」

 私は無駄だと思いつつも、一応首を振って目線を落としつつ言った。
「お義母さま……。突然過ぎてドレスが準備できていませんわ。それに今日は家でゆっくりする予定なんです。」

 毎回突然訪問しては、私を社交に連れ出そうとする義母に、事前準備などできるはずがない。現金で品質維持費を渡してもらえないせいで、新調したドレスなど持っていない。

 だけど義母は私の抗議を無視し、扇子で軽く私の腕を叩いた。まるで家畜を追い立てるような仕草だと思った。

「予定?そんなもの、いつだって私が決めるのよ。ドレスがないですって?ふん、いつものやつがあるでしょう。あなたのような不出来な嫁には、それでじゅうぶんじゃないの。」

 義母が言っているのは、私の数枚あるうちのいずれかを着ろという話だ。私のドレスは実家から持参したものと、ここで一度だけ仕立てた一着。それだけだった。

「貧乏貴族じゃあるまいし、貴族の集まりに同じドレスを何度も着るなんて恥ずかしいことだけれど、みっともない格好で恥をかくのも、勉強になっていいんじゃない?」

 その勉強とやらを、私は幾度となく、義母に強制されているのだけれど。これも嫁いでからずっと、同じことの繰り返しだ。

「あなたが自分から出かけるようになれば、あの子だってドレスを仕立てるように指示をするでしょう。あなたが妻としての役目を果たさないから悪いのよ。さあ、ぐずぐず言ってないで、さっさと着替えていらっしゃい。」

 義母は私の腕を強く掴むと、強引に引きずるように階段の真下まで移動させた。
 パーティーなんて行きたくないわ。私を貶めることだけが、義母の目的なんだもの。

 義母はロイエンタール伯爵家の領地の運営も、伯爵家の財政管理も、本来伯爵夫人がする仕事をすべて私から奪うことで、私の品質維持費がろくに支払われない状況を作っていた。

 夫もそれを把握している筈だが、それに対し何もすることはない。私が夫にないがしろにされた妻であることを理解している従者たちは、私には何をしてもいいものだと思い、仕事のストレスの憂さ晴らしをしてくる。

 義母の来る日は特にそうだ。夫の目の前ではさすがに私に酷い扱いはしないけれど、義母の前だと堂々と下に見てくる。

 だけど義母はロイエンタール伯爵家の権力者だ。夫は義母には逆らわない。義母の言うことを聞かなければ、今度は夫からの叱責が待っている。この家で生きていく限り、義母の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 私はため息をつきつつ2階へと上がり、誰も着替えを手伝ってくれない中、ノロノロとドレスへと着替え、髪を結い上げて階下へ降りた。

 邸宅の玄関で待つ馬車は義母の専用車だ。私には自分の馬車などなく、いつもこうして義母が連れ出す時だけ貴族の集まりに参加するのだ。馬車が動き出すと、義母は満足げに扇子を広げ、私を上から下まで眺めた。

「ふふ、今日もそのドレスね。だいぶくたびれてきてるじゃないの。そんな貧相な姿でパーティーに出るなんて、笑いものよ。夫に愛されていないと丸わかりね。私の夫は生前一度もそんな扱いはしてこなかったわ。」

 夫は私にドレスをプレゼントすることはない。私が社交を嫌っているせいで、出かける必要のない妻の為のドレスなど不要だと考えているから。

 そもそもドレスがないせいで、社交が余計に嫌いになっているのだと、考えに至ることがないのだ。恥をかかされるのがわかっていて、どうして人前に出たいと思うのか。

 私は返事を返さず、ただ黙って窓の外を見つめ、俯くしかなかった。馬車は今日の主催者の邸宅に向けて走り続けた。その間も義母の一方的な叱責や嘲りは、やむことがなかった。

 今日の主催者は候爵家らしい。ロイエンタール伯爵家の邸宅程ではないけれど、木漏れ日が優しく差し込み、美しい庭が天井高くまでの巨大な窓から見える、お金をかけたとわかる作りをしている。

 その中で女性たちは、最新の流行を取り入れた豪奢なドレスを纏い、自らのドレスや宝石の美しさを誇り、どこそこのブティックで手に入れたのだと、楽しげに話していた。

 テーブルには丁寧に磨き上げられた銀器に盛られた軽食やデザートが並び、人々はそれを適当につまみながら、立ったままワインを飲み、優雅に会話を交わしていた。

 笑い声が響き、時折、誰かの噂話が囁かれては、またワインを口に運ぶ。
 表向きは穏やかな社交の場だが、実際には値踏みとマウントの取り合いによる、貴族たちの冷徹な戦場だ。

 本来男性にエスコートされて参加するものなのだけれど、家族や親戚であれば、同性同士での参加も許されている。夫は私をパーティーに連れて行くことがないから、私がパーティーに参加する時は常に義母と一緒だ。

 私は義母の後ろに従いつつ、頭を軽く下げてパーティー会場へと入った。一気に周囲の目線が私たちに集まったような気がした。

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ご指摘いただいた箇所を修正するにあたり、0話として主人公の社交嫌いの理由、及び義母に何をされていたのか、従者たちになめられる理由を書いてみました。
先の展開で書いているのですが、最初にあったほうがわかりやすいかなと。

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