さよなら、君はゾンビな彼女

吉田定理

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第二章

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 入り口で見たフロアガイドを頼りに、モール内の一階を探索する。灯かりがなく、足元が見えにくいので慎重に進んだ。陽菜は光太郎の服のすそをつかみ、一歩後ろから付いてきている。
 何か重たいものを蹴飛ばしてしまい、転びそうになって足元をよく見ると、腕だった。死体の腕が落ちている。
「「ひッ!」」
 二人とも引きつった声を漏らしたが、口を押えてギリギリでこらえた。辺りに目を凝らすと、胴体から下だけが倒れている。その近くに頭も転がっていた。
「大丈夫だ、首を切られて死んでる。誰かがゾンビをヤッたんだ」
 あっちこっちにそれらしき物体が転がっている。腕や足、穴のあいた胴体、潰された頭、黒ずんだ血だまりの跡など。静かすぎて不気味だ。まるでお化け屋敷。状況からして、ここで惨劇があったのは明らかだ。ゾンビと戦っていた者たちの中に、生存者はいるのだろうか。
「どうする? 引き返すか?」
「せめて水とタオルと新しい下着が欲しい」
「……分かった」
 さらに歩いていくと、誰もが知っている格安の衣料品店にたどり着いた。
「服、ちゃんと残ってるよ!」
 陽菜が興奮して棚に駆け寄った。店舗エリアは広く、商品が半分以上はそのまま陳列されている。ここでも惨劇があったらしく、血で汚れたり、棚が壊れたりしているところもあるが、何かしら新しい服は手に入りそうだ。
 陽菜はハンガーラックからシャツを抜き出して、目を輝かせている。
「どう?」
 青いブラウスを上半身に当てて尋ねてきた。
「まあ、いいんじゃないか」
「微妙ってことね」
「いや、そういうわけじゃ」
「いいよ、顔見たら分かったもん」
 興味を無くしたのか、ブラウスを戻す陽菜。
 そんなに分かりやすく顔に出ていただろうか。慌てて自分の頬に触れた。
 それを見て陽菜は笑う。
「冗談だってば。私が気に入らなかっただけ」
 なんだ冗談か、とため息が漏れた。
「なんだかデートみたいじゃない? こーちゃんと二人で、こんなふうに買い物したことないよね」
 また光太郎はドキッとした。デート。確かに今の状況は、世界が健全ならデートと呼べるかもしれない。
 これも冗談だろうか。それとも本当にデートのようだと思っていて、つまり光太郎のことを一緒にデートするような異性として認識しているのだろうか。
「全然なかったな。せいぜい学校帰りの駄菓子屋くらいで。それに今日は買うんじゃなくて盗むんだが」
「共犯者ってやつだね。みんなでやれば怖くない的な」
「だな」
「こーちゃん、どこかにカゴない?」
「ええと……こっちに」
 カゴを二つ取って、一つを渡す。陽菜は「ありがと」と受け取り、店の奥に向かう。光太郎は後ろに付いていく。陽菜が持っていく服を選んでいる間に、光太郎は自分用の適当な服をカゴにいくつか放り込んだ。
「あんまりゆっくりしてると暗くなっちゃうぞ」
「ごめん。すぐ決める」
 陽菜はいくつか見比べて好みの服を選んでいるようだった。光太郎としては、こんな状況なので服なら何でも同じだと思っていたが、口には出さないでおいた。
 大小のタオルもカゴに入れ、陽菜はさらに店内を進んでいく。光太郎も後に続くが、陽菜は急に振り向いて「こーちゃんはここで待機してて」と言った。
「なんでだ?」
「乙女の事情があるので」
「事情?」
 陽菜は頬を赤らめてわざとらしく咳払いをした。
「あのね、下着を選ぶので」
「あー……」
 光太郎はすぐに分からなかった自分が恥ずかしくなって、その場でくるっと反対方向を向いた。
 陽菜は通路を折れて棚の向こうに消えた。
 その場にカゴを下ろし、なんとも言えない妙な気持ちで、陽菜が戻ってくるのを待つ。今、陽菜が下着を選んでいるのだと思うと、余計な妄想が脳裏をよぎってしまい、頭を振った。こんなときに何を考えているんだ……。
「きゃッ!?」
 悲鳴と何かが倒れるような音が光太郎を現実に引き戻した。
「大丈夫か!?」
 すぐさま駆けつけていき、鉄パイプを振りかぶった。尻餅をついた陽菜の向こうに人影がある。だが光太郎は振り上げた腕を下ろした。
「あはは、マネキンだった」
「はあ、マジで焦ったぞ……」
 陽菜がお尻のホコリを払いながら立ち上がる。光太郎はやれやれと、カゴから落ちた何かを拾い上げ、それがブラジャーだと気づく。大人っぽい黒だが白いフリルが可愛らしさを添えている。
 陽菜の顔が真っ赤になったかと思うと、サッとそれを引ったくり、カゴの下のほうに滑り込ませた。
「こ、これは、深い意味はないから。これしかなかっただけだから」
「あ、ああ……」
 互いに目を合わさず、気まずい空気が流れる。
「俺、あっちで待ってるから」
「……うん」
 光太郎はカゴを置いたところへ戻った。陽菜ってああいう下着を普段から着ているのだろうか、なんてまた余計なことを考えてしまう。
 そのとき陽菜がいるのとは別の方向で、何か音がした。鉄パイプをしっかりと握り、耳を澄ませる。気のせいかと思ったとき、低い唸り声とともに黒い影が跳びかかってきた。
「……っ!?」
 ゾッとして心臓が凍りついたが、身体は自然と動いた。片足を下がりながら鉄パイプを水平に振り抜く。重たい衝撃とともにゾンビの肩にヒット。ゾンビはハンガーラックに突っ込んで倒れ、ガシャンと耳障りな音が響いた。
「こーちゃん、何っ!?」
「ゾンビだっ!」
 陽菜のところへ戻り、手をつかんで走った。棚の間を抜け、店舗の出入り口のほうへ。今の音のせいで他のゾンビにも気づかれた可能性がある。店の前のフロアに出ると、どこからともなくゾンビたちが現れ、こちらに向かっていた。少なくとも七匹。モールに入ってきた南側出入り口の方向には、さらに別のゾンビの影が見える。北側出入り口のほうからも数匹のゾンビがこちらに向かってきている。一番安全な逃げ道は……。
「こっちだ」
 二階へ向かうエスカレーター。停止しているので駆け上がっていく。ゾンビたちが追ってくる。全力疾走すればこちらのほうが圧倒的に速いので振り切れる。
「こーちゃん、この上って」
「あっ……!」
 陽菜の声に反応して上を見ると、エスカレーターを登り切ったところはバリケードが設置されていた。明らかに誰かが下から登ってくるゾンビを通さないために作ったもの。二階を拠点にして生活していた証拠だ。このバリケードのせいで二人は逃げ場がなくなってしまう。
 まずいと思ったが、すでにエスカレーターを半分まで登ってしまったので、飛び降りるわけにもいかない。二階まで登り切ったら、後はゾンビに追いつかれるのと、バリケードを突破するの、どちらが速いかの勝負になる。迷っていれば時間が奪われ、状況は悪化する一方だ。もう行くしかない……!
 二人はエスカレーターを登り切った。幸運なことに、バリケードには体をかがめれば通れるくらいの小さな穴があった。
「助かった!」
 陽菜を先に行かせ、自分もすぐに穴をくぐる。すぐ近くにあった机を動かし、今通ってきた穴を塞いだ。これでゾンビは簡単には二階に上がれない。
 だがこのバリケードは誰が作ったのだろうか。
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