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孤独な青年編

本当に人間?

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「あいつ、弱い相手にはああやって武器を使わないのよ。強い槍を持っているのに。…ま、あんたも素手でやっつけたから同じじゃないの?」
 すかさずダイアナが言う。
「俺の拳は武器そのものだ。だったら…あいつの武器ってなんなんだ。」
「さっきも言ったけどあいつの武器は槍よ。」
「でも槍はどこにもないじゃないか。」
「腰についているアレよ。」
 ダイアナはアケロミのベルトに挟まれている2本の棒に向かって目配せをした。
「あれが…槍??」
「そう、詳しくはアケロミ本人に聞いてちょうだい。本人に聞いた方がいいだろうし。」
 アケロミは相手の首に手を当てて悪魔の首をひねろうとしている。悪魔は抵抗しているが力の強いアケロミには敵わない。とても恐ろしい光景だ。…とても…人がするようなことには思えない。
「あれは…、人じゃねぇ!」
 あんなの見たことがない!アケロミは腕に力を入れた。すると…骨の折れるような音がして相手の首が80度回った。
「…うぅ…!!!」
 クラスメートの何人かがうめき声をあげた。あれだけで悪魔を殺すなんて…。アケロミは死んだ悪魔を蹴り飛ばした。悪魔の首はもう半分取れかかっていてブラブラだった。アケロミの目が恐ろしいほど見開かれている。そしてアケロミは少しだけ口を開けた。口の中に溜まった悪魔の体液が流れ出た。彼は最後の一滴を吐き出すと出口に向かって歩く。ベルクルはその様子を見てラヴェルの方を振り返った。
「アケロミは一体何者なんだ?」
「分かりません。本人は人間と言っていますが、あんな狂人、誰も人間と思いませんよ。おそらく別の種族でしょうね。ま、あんまり触れない方がいい話題です。彼…この話題を挙げられるとすぐにキレますので。」
「キレる?」
「ええ、あの人は自分の出身地や種族のことを聞かれると以上にキレるんです。我々に悪意が無くてもとても怒るのです。」
「気性が荒いのよ。あいつは。」
 ダイアナが言ったがラヴェルもベルクルも全く聞いていない。
「人間じゃない…。何ていう種族なんだろう…。」
「あんたも人間じゃないでしょうに。人間じゃないことはもはや普通の事でしょうが。」
 とダイアナ。
「人間は弱くて一人じゃ何もできない種族よ。だから絶滅しそうになっているのよ。…そんなことわかり切っているでしょ?あれを見た?どう考えても人間じゃない。」
「…。」
「それに…もし他の種族だとしてもどうして自分が人間だと言い張るのか理解できないの。だって…そうでしょ??もし生まれ変わるとしたら私、人間なんてなりたくないもの。」
 そう、この世に一番少ないのが人間。人間であることはとても珍しいのだ。このプロキオンではユーズとヴィクトリアしかいない。そして…一応アケロミ。それだけ人間は珍しい。かつては地上に沢山いた人間。もっとも繁栄していたと言えるだろう。彼らは賢く、器用で何でも上手にやることができた。だからこそ、彼らを奴隷として扱う人種も存在していたことも事実。…つまり、人間の歴史は奴隷の歴史そのものだと言える。彼らは何の能力も持たず、とてもか弱い存在だった。奴隷であるということを受け入れることしかできず…ただ主人の下で生きている。だが、ただ一つ言えることがあった。それは…いくら奴隷として生きていたとしても人間はとても繫栄していたということ。しかし、その弱さゆえに一番に悪魔の餌食になってしまったのだ。そのおかげで人間の数は激減…。今では一部の強者のみしか生きていないのだ。

 ベルクルはゆっくりとダイアナと目を合わせた。
「おめぇもな。…お前も人間じゃない。」
 と一言。
「ふんっ。」
 ダイアナは鼻で笑った。
「良かったわよ、人間じゃなくて。奴隷の子孫だと思うと…吐き気がするもの。」
 アケロミが部屋から出てくる。口は悪魔の血でベトベトだ。皆一斉に彼に道を開ける。
「お疲れ様。今日も一番の成績だ。よく頑張ったね。」
 ユーズが言ったが無視。その代わり、彼はベルクルの横を通り過ぎざまにベルクルのことをギロリと睨んだ。ベルクルはその冷たい瞳に思わず身震いした。
「あなた、どうやら彼に目を付けられているようですね。」
 ラヴェルが耳打ちした。
「あの人に目をつけられると少々厄介なのです。気を付けた方がいいかもしれませんね。」
「え、何かされるとか…?」
「とことん無視されます。それか何かしらのことで因縁をつけられてケンカになります。」
「それだけ??」
「それだけ、の事じゃありませんよ。あの人に目をつけられたら……きっと無事ではすみません。」
 ラヴェルは少し顔をしかめた。
「…さて、全員終わったね。えっと成績の方はこちらで採点をさせてもらって…。」
 ユーズが話し出したがベルクルにはそれらの話全く入ってこなかった。自分の斜め左後ろに立っているアケロミが気になって仕方がないのだ。得体のしれぬ恐怖感。ベルクルはそっと後ろを振り返った。
「!」
 彼は慌てて目をそらした。一瞬だったが確かに見えたのだ。うつむいたアケロミの顔…。垂れ下がった前髪の隙間から覗くドラゴンのような瞳が…!さらに血で濡れている口の中には尖った牙。お、俺は何も見てない。何も…!ベルクルは額に浮かんだ汗をぬぐった。
「ベルクル君どうかしました?」
「い、いや。何もないぜ。」
「本当に?」
 ラヴェルは首を傾げた。
「何もなかったようには見えませんが…。さては、何か隠していますか??」
「…大丈夫。俺は何も見ていない…。」
「何かを見たんですね。まぁ、あえて聞かないでおきましょう。」
「…。」
 ラヴェルは前を向き直った。ベルクルはもう一度アケロミの方を確認してみる。しかし…アケロミの顔はいつもの厳しい表情だった。俺の…気のせい…だったのかな。

 放課後。アケロミは逃げるように学習所を後にした。早くこの忌々しい場所から去りたい一心で走る。
「アケロミ!」
 アケロミは自分を呼ぶ声に立ち止まった。しかし振り返らない。
「あのさ、少し話があるんだけど。」
「…。」
 ベルクルだ。やっぱり呼び止めてきやがったかこのおしゃべり野郎め。…どれだけ俺に絡んだら気が済むんだよ。「何。」
「アケロミってさ、人間なのか?」
「…!」
「あの力…俺…どうしてもお前が人間だって思えないんだ。もし…人間だとしても強すぎる。ユーズ先生でも勝てないよ。」
「…。」
「なぁ…本当のことを言ってくれよ。」
「…。」
「俺、見たんだ。お前の口に牙が生えているのを。それに…お前の目も…なんだか変わってた。あれはどう考えても人間じゃない。」
 アケロミははっと息をのんだ。動揺したように目を泳がせる。
「それに…ラヴェルが言っていたんだ。アケロミは人間じゃないって…。」
「俺は人間だ。」
 その言葉に重みが感じられる。
「俺は正真正銘の人間。無力な人間だ。」
「無力じゃないと思うけど。あれだけの実力があるんだしさ。」
「黙れ。この世にいる人間は異常な程強化された奴だけだ。ユーズ先生やヴィクトリアさんみたいにな。お前らは人間じゃねぇがあの二人には勝てないだろ。…それと同じだ。俺だって普通の人間よりかは強化されている。」
「でも…。」
「黙れ。今は人間でもお前らの想像以上に強い奴がわんさかいるのさ。」
「…!」
「人間は確かに無力だ。…俺も昔はそうだった。だからこそ俺は強くなったんだ非力な人間が努力という過程を通して今の力を身に着けた。…それが俺だ。」
 ベルクルの言葉が詰まった。アケロミの言うことは最もだったからだ。いくら人間が何の能力も持っていないとしてもベルクルはユーズに勝つことはできないだろう。ヴィクトリアに対してもそう。ベルクルが動揺しているうちにアケロミはそのまま歩き去ってしまった。肩が怒っている。その背中はいつも以上に不機嫌そうで、かつ動揺しているように見えた。

 アケロミは早歩きで歩きながら自分に言い聞かせた。落ち着け、落ち着け俺!!!!そうだ深呼吸しろ。深呼吸!アケロミは落ち着こうと深呼吸をするがうまくいかない。器官が詰まって上手く呼吸ができない。こんな感覚は久しぶりだ。やばい。このままだとヒステリーを起こしてしまう!!!頭の中が煮えたぎっているようだ!アケロミはパニックになりなりながらある場所へと急いだ。
「クリスさん…!」
 アケロミはハッチを開けて中に入ると同時にある人物の元に倒れこんだ。
「アケロミ!!!一体どうしたんだ?!」
 金髪でブルーの瞳の男がアケロミの体を支える。
「ちょっと…、ヒステリーを起こしそうになって…。苦しいんです。少しでいいんで休ませてください。」
「構わんよ。ゆっくりしておくといい。」
 クリスはプロキオン唯一の医者でユーズの幼馴染だ。穏やかな性格でみんなから信頼されている。実際に、アケロミも何回もお世話になっていた。
「歩けるかい?」
「何とか…。」
 優しいクリスはアケロミに肩を貸してやった。そしてゆっくりとベッドへ寝かせる。
「あっ!…あがっ!!」
 呼吸ができなくなり、アケロミはパニックになった。
「大丈夫…!落ち着いて!」クリスはアケロミの腕に強めの鎮静剤を投与した。「これで楽になるよ。」「恩に切ります…。」
 アケロミはホッとしたように目をつぶった。だんだんと落ち着いてくる。最初は頭がクラクラとしていた彼だが次第にいつもの冷静さを取り戻しつつあった。
「…。」
 アケロミの瞼がとろ~んとしてくる。よっぽど疲れていたのだろう。今日は三学年に上がって最初の日。ベルクルの事やテストのこともあいまって精神的に疲労がたまっていたのだろう。クリスはアケロミが眠ってしまったのを確認すると彼の体に布団をかけてやった。アケロミの額から汗が流れている。長いまつげに汗の玉が引っかかって彼の目がピクッ動いた。
「かわいそうに…。かなり疲れているようだね。…ゆっくりしていくといい。」

 クリスは汗をタオルで拭いてやった。アケロミは最低一週間に一回は医務室にやってくる。その原因はヒステリー。ヒステリーによる発作がアケロミを苦しめているのだ。ほんの少しの心の動揺でもヒステリーが起こってしまう可能性がある。学習所では何とか耐えているものの、放課後になると気が抜けてしまうのだ。だから発作は大抵放課後に起こりやすい。発作は日に日に酷くなっていて、今日もかなり強めの薬を投与しなければならなかった。本当はアケロミには少し多い量だったがアケロミの苦しみを少しでも和らげるにはこの方法しかない。それに今は薬品とても貴重なもの。アケロミの体に合うような薬をろくに手に入れることもできない状態。医者のクリスとしてはとても心苦しかった。もっと彼に良い薬をあげたいのに…。
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