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孤独な青年編

固い決意

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「トントン。」
「んあ?」
 ドアをたたく音がしてアケロミは慌ててドアを開けた。ドアの先にいるのがベルクルだと思ったのだ。
「久しぶりだな、アケロミ。」
「なんだよ、ナイトメアか。」
 真っ黒なヒョウがドアの前に立っている。
「何の用だ。」
「話がある。」
「すぐ終わるのか?」
「それは分からん。」
 しかし彼の部屋の中はとても狭い。ただでさえ体が大きいアケロミが住んでいるのにそこにさらに大きいヒョウが来てもらったらパンクしてしまう!
「中は狭いのでここにしてくれねぇか?」
「まあ、よかろう。できるだけ手短にするから。」
 そう言ってナイトメアは話し出した。
「最近中国の方で不審な音波を確認した。」
「何でそれを俺に言うんだ。別にユーズ先生とかアルフレットさんに言ったらそれでいいじゃねぇか。」
 アケロミは目を細めた。
「君がこのプロキオンの重要人物だからだ。誰もが思っていることだ。君はプロキオンの未来を変えることができる、ってね。」
「たいそうな誇張だな。」
「それはそうと話に戻る。」
「ああ。」
「でな、その発信元は一体の巨大な悪魔だと判明した。ついさっきの出来事だ。」
「誰が特定した?」
「もちろんゲルデだ。」やっぱりか。あの人は機械類に詳しいからな。場所や人物の特定なんて容易いものだ、って本人は言っていた。
「だからあの人は今日学習所に来ていなかったのか。」
「そういうことだ。で、その巨大な悪魔の名は…アツユ。現地の人はそう呼んでいるが、我々は違う。我々は奴をゴランと呼んでいる。まがまがしい馬の姿をした悪魔だ。馬と言っても人面だがな。」
「人面とかマジ時代終わってんな。今時人面何て流行しないぜ。」
「一つ言っておく、俺は冗談が嫌いだ。」
 ナイトメアは言った。
「…。あ、そう。」
「ゴランは7年前に中国を壊滅させた悪魔の元凶らしい。あの時と同じ音波を発信しているのをゲルデが特定した。」
 アケロミの脳裏にベルクルの姿が映る。あいつがこのことを聞いたらどんな反応をするのだろう。きっと悲しむに違いない。だって自分の故郷を潰した相手なんだ。正気でいられるかどうか…。このことはあいつには言わない方がいいな。きっと中国に戻る、とか言い出しそうだし。
「これからが本題だ、アケロミ。」
「はいはい。」
「今回の事件、何が問題なのか分かるか?」
「分かんねーな。」
「知らないのか、悪魔の階級のことを。」
「知ってらぁ、この俺を誰だと思ってやがる。俺はプロキオンで一番、いや、この世で一何悪魔にくわしいんだぞ。」
「ならば分かるはずだ。」
「…。」
 アケロミは急に真剣な表情になってうつむいた。そしてくらい表情で顔を上げた。
「もちろん、知っている。奴らだ。奴らの行動が活発し始めたんだな?そういうことだよな。」
 ナイトメアはゆっくりと頷く。
「そのとおり。奴らは数年前からその活動を活発にし始めた。そのおかげで世界のバランスがくずれつつある。…悪魔の五大柱…。危険な悪魔だ。」
「ゴランのことは知っている。対処の仕方も、な。ただそのやり方は手間がかかるし、殺せるわけでもないから信用するなよ。」
「流石だ。」
「ナメんな。」
 アケロミは少し微笑を浮かべた。
「話はそれだけか?教えてほしいことがあればいるでも教えてやる。ただ、あまり深くは聞くなよ。奴らは自分の話題に敏感だからな。あまり話過ぎたら悪い影響に苦しめられるぞ。」
「忠告感謝しておく。何かあったらまた来る。では。」
 ナイトメアは去っていった。なんせ体が黒いのですぐに闇に紛れて見えなくなった。…アケロミは自分の部屋の中に入ってカギを閉めた。悪魔、か…。その正体は誰にも分からい。突然地上に現れて生き物たちを食いあらした凶悪な存在…。格好つけたものだな。そもそも悪魔というものは他人に寄生しないと生きて行けないものだ。だからこの星にいる悪魔どもはこの星の生物の姿をしている。ということは…???アケロミはいつものように棚からワインを取り出していっぱいあおった。段々と頭がボーっとしてくる。だが決して良い気分ではない。むしろどんどん気分が悪くなってくる。最悪だ。今更だけどワイン何て飲まなきゃよかった。だが後悔してももう遅い。彼の手からワインの瓶が滑り落ちた。栓をしていたおかげでこぼれずに済んだがちょっとしたひびが入った。瓶はちょっと音をたてたがアケロミは気が付いていない。彼は……………………。……彼の目は閉じていた。おやすみ、アケロミ。


「先生。少し話を聞いていただけませんか?」
 アケロミは放課後、ユーズに声をかけた。ベルクルとはもう別れてきた。ハーヴィとラヴェルと一緒にベルクルの家で遊ぶのだそうだ。行きたい気持ちもあるが俺は先生に言わなくてはいけないことがあるんだ。だからここに来た。「なんだね?」
 ユーズはいくつかの書類を書いていたが顔を上げてアケロミを見た。
「ポラリスを叩き潰す素晴らしい計画があるんですよ。」
「な、なんだね?」
 ユーズは少し嫌な予感がした。
「俺がポラリスに行きます。」
「それはやめた方がいいと思うがね。」
「なぜです?」
 するとユーズは書いていた書類を机の上に置いた。
「今我々とポラリスの関係は過去最悪の状態にある。悔しいかもしれんがここは耐えてくれ。何もしない方がいい。」
「先生、それは違います。やられる前にこちらから仕掛けた方が確実です。」
「そうは言っても、我々にはポラリスに勝てるほどの戦力はないぞ。」
「いい計画があります。ステファノを暗殺するんですよ…。」彼は自信たっぷりという雰囲気で言った。ユーズは少し眉をひそめて言う。
「あの男を…か??」
「はい。」
 アケロミは頷いた「それはやめておいた方がいい。前にも言ったけどステファノを怒らせるということは自殺行為に等しいんだぞ。」
「そんなの関係ありません。」
「君の命が危なくなるんだぞ。二度とここにも帰って来ることができないかもしれないし…。」
「大丈夫です。この計画を考えたときからその覚悟はしていますから。」
 ユーズは一瞬ドキッとした。この子は自分の命を捨てるつもりだ!
「そういう問題じゃないんだよ。僕は君を失いたくない。」
「…。」
 アケロミは黙ってしまった。
「僕は君のことをこの世で一番大切にしている自信がある。君と最初に出会った時から…ずっと君のことを考えてきた。もう自分の子供のように思っていた。だからこそ、許すわけにはいかない。」
「俺は…。」
「もう一度考え直してくれないか?本当に…君を失いたくない。君は僕にとって希望なんだ。」
「希望?」
 ユーズはアケロミの手を取った。
「そう。君はこのプロキオンの希望なんだ。ここになくてはならない存在だ。」
「…。」
 アケロミはやるせないような表情になった。心が揺らいでいるのが分かる。
「お願いだ。行かないでくれ。」
 …。
「…そんな表情で、俺を見ないでください。そんな綺麗な手で俺の手を触らないでください!」
 アケロミは震えた手をユーズの手からズラした。体がワナワナと震えている。
「ユーズ先生の綺麗な手が汚れます!そんなの嫌です!!」
「なぜ…そんなことを言うんだ?」
「俺の手が汚れているからです。そんな手で…先生の手を触るわけにはいきませんから。」
「一体どういうことだい…?」
「…。俺が過去にしたことがどれほどのものだったか…。今となって知っているのは神々くらいです。それと少しの人かな…。知っている人は少ないかもしれないけど俺のしたことは今でもこの星に刻み込まれている。目に見えて分かることなんです。」
「ど、どういうことだ?」
「分かりませんか?」

 アケロミの浮かべた寂しそうな表情。彼は少しだけ口角をあげた。
「分からないならそれでもいいです。でも…少しだけ俺のわがままをきいてください。これは俺のせめてもの償いなんです。俺がやってしまったことへの、ね。それだけ俺は過去の行いを悔いてきた。死んでも死にきれないくらい後悔しています。俺は自分の欲、願いのためだけに大切なものを犠牲にしました。だからこそ…。今度こそは自分のためではなく誰かのために願いを叶えたいから…。」
 アケロミの表情は何もかもを悟っているようだった。彼自身も分かっていた。ポラリスに行けばそれは自殺行為となることを…。
「俺は行かなきゃならないんです。…自分が始めたことを今終わらせるんです。それが今俺にできることです。」「君はよくポラリスに関わっているようだが…。あそこと過去に何かあったのか?その様子を見る限り何か深い因縁があるようだが…。」
「…全てはステファノが知っています。」
 アケロミは少し顔を上げて言った。
「あいつは俺の過去全てを知っている。そして俺が犯した罪のことも。…それだけです。そして俺を排除しようとしている。もしくは利用しようとしている。このどちらかですね。」
「過去に奴らと交戦したことは?」
「あります。先生と出会うまではずっと奴らと鬼ごっ
 こをしていましたからね。…腕の傷もその時のものです。毒の吹き矢にやられたんですよ。あれは痛かったな…。」アケロミはそう言いながら左腕をさすった。ユーズは彼の腕に傷があることを知っていた。だが、今までそれが何による傷なのか彼は一つも教えてくれなかったのだ。今日…初めて彼はその傷について話したというわけだ。
「そんな危険な所に行くというのかね?僕は心配でならない…。」
「先生、俺にとっては危険な場所ではありません。…もっと凄惨な事にも遭っています。」
「だが…うまくいくか?思っている以上にステファノの軍は厄介だぞ。……きっと殺されてしまう!!」
「…。」
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