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夜鷹編

拷問姫ヌル その2

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 拷問姫ヌルが目を見開き、後ずさる。どうやらイビルドーザーとやらがヌルの切り札だったようだ。


 個では俺を突破できず、巨体のせいで集団では連携できない。たとえ100匹いたとしても、結果は変わらなかっただろう。


「ありえない……ど、ドーザーまで……っ!? サモン――」

「もういい。どうせまた気色悪い虫を出すだけだろ……クロックタワー」


 シャドーデーモンたちがヌルを掴み、宙吊りにする。ヌルはまるで磔にされた状態だが、まだダメージは与えていない。


「うぎぎっ、こんなものっ、ただの拘束スキルがどうしてこんなに……っ」

「その拘束はお前には解けない。俺は優しいから、お前に懺悔する時間をやる」


 クロックタワーは、スキルではない。拷問が好きなイカれ女に悔い改めさせる目的で、即興で呼んだにすぎない。


「懺悔したくないなら、しなくてもいい。抜け出そうとしてもいいし、助けを呼んでもいい。一時間後にお前は死ぬ。それまで好きに過ごせ」

「懺悔なんてするわけないでしょ!? まだ終わってない……こんな拘束っ、すぐに解いて、お前に拷問の限りを尽くしてやるっ!」

「MPを切らした魔術師が? この処刑台から抜け出せるはずがないだろ」


 ヌルの目は死んでいない。とはいえ、やれることは限られている。同じ魔術師だからこそ、ヌルの考えはよく分かる。


「【サモン:ブラッドモスキート】」


 大量の蚊を呼び出し、俺を襲わせるふりをして視界を塞ぎ、丸薬を口に運ばせる計画だ。あえてサモンさせて、MPを消耗させてから丸薬ごとモスキートの群れを覆い潰した。


「うぐぐぐっ……見えてないはずなのに……っ!」

「見えない手があるなら、見えない目もある。勉強になったな」

「……お前もサモナーかっ!?」


 俺は性格が悪い。勝ちを確信しても、決して種を喋ったりしない。


「大外れ……さて、そろそろ時計の針が動き出すぞ」


 磔にされて横に伸びていたヌルの右腕が、わずかに回る。


「これがあんたの攻撃? ちょっと腕が回ったくらいで……っ!?」


 拷問が好きなヌルのことだ。クロックタワーの意味に気づいたらしい。


「時計の針はお前自身だ。ゆっくりとお前の手足を回す。10分ごとに右手・左手・右足・左足……最後に、首。ねじ切れるまで好きに過ごせ」


 始めは手のひらが見えていたが、時がたった今では手の甲が俺に向けられている。そろそろ関節の可動域も限界を迎える……。


「あ、あんたみたいな醜いブタがっ、私を拷問しようだなんて……っ!」

「拷問が好きなんだろ? 俺なりのプレゼントだ」

「うそっ、嘘よ……嘘でしょ!? やっと見つけた自分の居場所を……あんたみたいなゴミクズに奪われてたまるかぁぁぁっ!」

「お前の居場所なんて地獄しかないだろ」


 血走った目を向けられ、噛んた唇からは血が滴る。相手の悔しがる表情は好きだが、今このときばかりは何も楽しくない。


「……そろそろ、10分か」

「ま、待って! あんた女好きって話じゃない! この拘束を解いてくれるなら、抱かせてあげ……いぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 シャドーデーモンによってねじられ続けた右腕が、とうとう限界を迎えた。ぶちぶちと音を立てながら回り続け、肩からねじ切れた腕が床に落ちる……。


「……止血をしているから、死にはしない。死ぬほど痛いだろうが、残りの50分を有効に使ってくれ」

「ま゛っ、待って……私と組みましょう……っ。その力があれば……夜鷹を掌握できる……女だって抱き放題よ……っ」


 世界の半分をやろう。魔王からの提案に、勇者はどう答えるのか。俺は置いてけぼりを食らった半端者の勇者だし、性根は勇者とは程遠いが、俺なりの返答は決まっている。


「約束されたセックスに価値などない!」

「だったら! あなた好みの女を拐ってくるわ! 夜鷹ならそれができる! 他に望みがあるなら、何だって叶えてみせるっ!」

「俺好みの可能性に満ちた女は、お前に殺されたよ。俺の望みはひとつ……お前をここで殺すことだ」

「嫌だ……死にたくない……やっと……見つけた……自分の居場所……っ。助けて! 誰でもいいわっ、あたしを……助けなさい…… 助けてよぉぉぉっ!!」


 声を枯らしながら、なりふり構わず助けを求める。けれどこの場には誰も居ない。誰の耳にも届かない。人を遠ざけたのは、他でもないヌル自身だ。


「お前のこれまでの行いが自分に返ってきただけだ。受け入れろ」

「どうして……ヘルム。あなたに言われた通りにしたのに……私を見捨てるの……?」


 虚ろな瞳でこの場に居ない者に助けを求める。殺すまでに時間をかけたのは、半分はこいつに懺悔させるためであり、もう半分はヘルムとやらをおびき寄せるためだった。


「懺悔もなしか。救えないやつだ。言われた通りにしてきたから、このまま死ぬんだろ」


 両腕を失い、両足も既にねじ切れた。そこから首が回り始めるまで10分の猶予を与えたが、すべて無駄だったようだ。


 発動してから一時間になる。最後までヘルムに助けを求めたヌルの首がゆっくりと回り始め、ねじ切れて落ちた……。


「ヌルならヘルムをおびき出す餌になるかと思ったが……ただの捨て駒か」


 あっけないものだった。影武者の可能性は低いと思うが、ここまでしておいて確認を怠るわけにはいかない。


 落ちた首は布で包んでシャドーデーモンに運ばせる。拷問器具はすべて【ダークネス】で破壊し、隠し部屋を出て地上に戻ってきた。


「……拷問なんて楽しくも何ともないじゃないか」


 首が腐るまでに帰ろう。ヌルの素顔を知っているであろうテレサちゃんに見せないといけない。重い足取りで山を降りた……。
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