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夜鷹編

引退勧告されてクロノ死す

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 目覚めると、ハゲの顔が目の前にあった。なんてこった、こいつぁ悪夢だ。


「おぅ、生きてたか。色々と言いたいことはあるが――」

「ブサクロノッッッ!」


 ハゲの背後から現れ、抱きついてきたのはティミちゃんだった。顔を埋めて泣いているようだ。妙な心配をかけたくなかったのに、誰だ呼んだのは……。


 周囲を見渡すと、ここは見知らぬ一室だった。曇った窓から太陽の明かりが差し込むだけの飾り気のない部屋で、ベッド以外は何もない。少し蒸し暑くて焦げたような匂いがする。


 壁に持たれて俯いてるテレサちゃんを見つけた。頬が赤い。何事だ?


 少し気絶したつもりが、完全に置いてきぼりを食らっている。俺の主観によるクソみたいなミステリーが始まる前に、謎はすべて人に聞こう。


「ハゲ、ここはどこだ。俺は俺だ」

「その軽口が言えるなら殴っても死なねぇな。ここはドーレンさんの工房の一室だ」


 ドーレンと言えば、刀に負けた哀れな負け犬鍛冶屋だ。懐かしいな、ルーティンソードは今も役に立ってるぞ。いつだって俺に勇気をくれる。


 それは置いといて、俺が気絶してからの説明を受けた。


 テレサはハゲが怖かったらしく、家も知らない。ギルドも閉まっている。そこでティミちゃんを経由してハゲやガイルさんと接触に成功したようだ。


 ガイルさんを含む衛兵は、森で現場検証をしているようで、俺がここに運ばれたのもそれが関係するらしい。詳しい理由は教えて貰えなかった。


「……それで、テレサちゃんの頬が赤い理由は? まさかハゲが婦女暴行したわけじゃねぇだろうな。磨くぞコラ」


 ハゲが首を振る。すると、俺にすがりついて泣いていたティミちゃんが赤い目をして俺を見つめてきた。


「ぐす……それはあたしが叩いたから」

「……どうしてだい? 物陰から出てきたってわけじゃないだろう?」

「真夜中に、テレサさんが訪ねてきたとき、すべてを聞いた。気づいたら引っ叩いてた」


 なんですと? 意味が分からないぞ……?


「テレサさんは歩くのもやっとだった。だったら、ブサクロノも同じ。そんな状態なのに魔物が居る森の中に置き去りにしたようなもの。パーティー失格」


 確かに、俺はボロボロだった。受けたダメージはテレサちゃんの比ではないだろう。腹の穴はハイヒールで治したが、殴られ続けてすり減った精神と流れた血は戻っていない。


 一時的な疲労ならメディックで治せるが、今回の疲労は治せなかった。睡眠不足による疲労と似ている。24時間働けません。メディック先生も万能ではないのだ。


 だから、【強運】による魔物との遭遇や、ヘルム以外の夜鷹の幹部がもし現れた場合、勝ち目はなかった。そんな状態だからこそ、俺はテレサを危険から遠ざけるためにお使いを頼んだのだ。


「ティミちゃん……テレサちゃんを怒らないであげてくれ。おじさんのやせ我慢は完璧だったんだ。きっと君もころっと騙されたよ」

「そうかもしれないけど……納得できない!」

「嬢ちゃんの言い分は別に間違っちゃいねぇよ。パーティーってのは、命を預け合う。相手がどんな状況か見抜けないようじゃ、半端者だ」

「ハゲ……お前は経験を積んだからそんなことが言えるんだ。テレサちゃんはまだ若い。知らないことがたくさんある。それを寄ってたかって責めるのは、教育者としてはウンコだぞ」

「……お前が生きていたのは奇跡としか言いようがねぇ。真夜中の森のなかで気絶して、無傷で生き残っていたんだからな。お前が女に甘いのは構わねぇが、人殺しの片棒を担がせるような真似はさせるなよ。やつの為にならん」


 こんなことで言い争っても仕方がない。この状況で優先することは、テレサちゃんのメンタルケアだ。


 手招きして呼び寄せると、右手を頭の上にぽんと置いた。


「気にするな。俺を見ろ! ビンビンしてるぞ!」


 左手でテントを張った股間を指差す。セクハラを受けた被害者は、深い溜息を吐いて元の場所に戻った。いくらか落ち着いただろう。俺は興奮した。


「そんで、ハゲ。俺はもう帰っていいのか?」

「いや、話がある。嬢ちゃんは帰ってくれ」

「やだ。あたしも聞く。誰にも話さないから! お願い……」

「……邪魔だ。帰って寝てろ。ブサクロノと話したかったら、明日にでも問い詰めればいい」

「ハゲは本当に口が悪いな。ティミちゃん……夜更かしはお肌の敵さ。また明日、可愛い笑顔を拝みに行くよ。約束だ」


 ティミちゃんは不満顔だったが、諦めて帰って行った。こういうときは、ハゲの突き放す態度は見習っておくべきか。いや、俺にはムリだな。


「アイン、お前も当事者だ。付いて来い」

「おい、ハゲ。アインじゃなくてテレサだ。そこを履き違えるな」

「悪かったよ。テレサ、お前も来い」


 ハゲに導かれるままに別室に移動すると、そこにはドーレンさんとギルド長が居る。台の上には、ヘルムの死体? が置かれていた。


「やぁ、ブサクロノくん。災難だったね。君が倒したこのヘルムという男……正しくは、ゴーレムの調査が終わったところだ。当事者の君たちには、話しておく義務があると私が判断した。続きはドーレンさんにお願いしよう」


 話を振られたドーレンさんは、しかめっ面で唸る。この人、デフォルトで不機嫌なんじゃないかと思うほど、顔の皺が深いな。


「最初に言っておくが、ワシは魔導技師の専門家じゃねぇ。アルバで一番、金属の扱いに精通している……そんな理由で選ばれた。間違いもあるかもしれねぇが、保証はしないし責任も取らん」

「別にいいですよ。俺はもっと知らないんで。説明をお願いします」

「お前らが倒したらしいゴーレムは、全身が高純度のオリハルコンで作られている。現代の代物じゃねぇ。こいつは……聖遺物だ」


 聖遺物……アーティファクトと呼ばれる、古代のテクノロジーが結集して作られたものだ。再現は不可能で、現代の代物よりはるかに性能が高いらしい。その中でも、ヘルムはとびっきり優れているらしい。


「どうやったか知らねぇが、お前らが砕いたのは、鎧じゃない。ゴーレムの外装だ。その威力が内部まで及び、回路とバッテリーとなる魔石を破壊した。それでこいつの動きが止まったってわけだ」


 よく考えれば、鎧を砕いただけで死んだのはおかしい。こいつがゴーレムじゃなければ、第二ラウンドが始まっていたのか。


 興味本位でヘルムの穴の開いた胴を覗き込むと、透明な魔石のかけらが内部に残ったままだ。


「このゴーレムは、ガラクタになった今すぐにでも国宝認定されるような素材が使われてる。高純度のオリハルコンだけでも夢のような話なのに、砕けた今でも巨大な無属性の魔石をふたつも搭載してやがった」


 魔導技師に作られたゴーレムは、発見されたばかりの遺跡などでも出くわすことがあるらしい。錆びつこうが、植物が生えようが、バッテリーが生きていれば数百年先でも平気で起動するのだとか……。


「寿命が、ない……? そういう話で、いいのか……?」

「間違っちゃいねぇな。バッテリーがふたつ。規格外の出力を出せるし、片方がイカれても物さえあれば取り替えられる。こいつは、自分で自分の体をメンテナンスできる。もはや化物だ」

「ヘルムが量産された可能性は!? 俺達の戦いは……何だったんだ……?」

「単独で少国家を壊滅させるほどの力を秘めてる。あらゆる手を駆使したが、ワシではフレームに傷ひとつ付けられなかった。これが量産されているなら、魔王より先にこいつらに世界が滅ぼされてるはずだ」


 量産の心配はない。ヘルムは、いわばユニークモンスター。その事実を知って、心底ほっとした。


 同時に、夜鷹の不滅の理由も分かった。


 ヘルムという命を持たないゴーレムなら、数千年単位で夜鷹の存続と再建が何度でもできる。自分さえ存在を知られなければ、障害となるものも居ない。


 ヌルというスケープゴートを用意し、人の心を持たないゆえに冷酷で合理的な手段を容易く取れる。凶悪なリーダーシップを持った独裁者こそが、夜鷹だったのだ。


 ヘルムが死んだ今、夜鷹が復活することはないだろう。模倣があったとしても、長い目で見れば……夜鷹は本当に滅んだのだ……。


「てめぇ、このフレームをどうやって砕いた? ハーゲルでも白旗をあげた代物なんだぞ」

「知りたいか? うーん、どうしよっかなぁ……」


 突然のイジワルを発動! ふはははは、俺はそういうやつなんだ!


「ブサクロノくん、君たちがゴーレムを破壊したという証拠がない場合は、最悪はヘルムと共犯の疑いをかけられて処刑される。これがフェイクで、本物のヘルムは健在かもしれない……分かるね?」

「ダークネスで破壊しました!」

「おいおい、ブサクロノ……いくらダークネスが強くても、オリハルコンを砕くなんてできるはずが――」

「だからお前はハゲなんだ。確かに、ダークネスを当てても傷ひとつ付かなかったが、砕けるまで何十発も打ち込めばいいだけのこと。ハゲの装備もオリハルコンなんだろ? チャレンジ精神が足りないぞ?」

「髪は関係ねぇだろ……俺とこいつじゃ、純度が違いすぎる。斧を痛めるだけだな。悪いが、証明してくれるか」

「ワシからも頼む。破壊検証をするなら、頭を狙ってくれ。こいつは破壊しておくのが世のため人のためになる」

「ブサクロノくん、これは君との戦いで、胴体と頭部を破損した。数日後には王都に送られるが、素材としての価値しか残らないようにしたい……分かってくれるね?」


 いいともーっ! 愛のマナポーションを飲み、ひたすら【ダークネス】をヘルムに当て続ける。やがて、亀裂が走り、砕け散った。


「どやっ! 最強の闇魔法【ダークネス】の威力に恐怖しろ」

「まじかよ……そんなことが……よく当てられたな?」

「まじ強かった。こいつの敗因は、ダークネスを舐めたことだ。自分の強さにあぐらをかく連中は、みんなこうなる」


 油断大敵。窮鼠ダークネスを放つ。帰るまでが遠足。的確な表現を探していたらどんどんしょぼくなってしまった。


「そんなわけで、俺は無罪だな。夜鷹を滅ぼしたし、これでまた冒険者生活に戻れる」


 今思えば、こうして誰に何かを説明されるのも懐かしい。俺にとってはそれが当たり前で、日常が戻ってきた実感が湧く。


 長く感じた夜鷹との戦いは、期間にして三ヶ月ほど。精神的には酷く疲れたので、少し休憩を挟んで、また相棒と一緒に冒険したいところである。懐かしい日々に思いを馳せると、目頭が熱くなってきた……。


 そんなとき、ギルド長が口を開いた。


「ブサクロノくん……ギルド職員にならないか?」


 やっと冒険者に戻れると思ったら、まさかの引退勧告!? こういう懐かしさは、いらねぇよ!?


 あとがき

夜鷹編、終了! 次から新章のギルド職員編が始まります。おまけはさむかもしれないけど。活動報告も更新するつもりですのでよかったらどうぞ
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