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絆編

断れなくてクロノ死す

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 気の合う友人が出来た。冒険者同士となれば、さっそく冒険に出かけるのが世の中の常識だろう。だが、このブサイクロノ・ノワール……クソ雑魚にしてギルド職員というアンバランスな立場ゆえ、お上に許可を取らねばならぬ。


「あのー、ギルド長。近日中に、休暇をですねぇ……」

「ふむ。休みが欲しいのかね」

「ギルド長のお怒りはごもっとも。でも、たまには仲間と冒険に出たいなー、なんて考えちゃったりして……」

「仲間、か。とても素晴らしいことだ。けれど、君は派手にやらかしたからね。ギルド長として、監督責任というものがある。私もその冒険に同行させて貰うが、構わないかね?」


 普通なら泣いて喜ぶ提案である。だってギルド長は美人だぜ。でも、今回はファウストと冒険をする。たとえギルド長が強くとも、強運の重ねがけというハイパーデンジャラスパーティーに加えるわけにはいかんのである。恩人だしね。


「いや、そのー、男同士の友情を深めたいというか? ギルド長は美人だから、一緒に組んだらギルド長を取り合って決闘が始まっちゃう……みたいな?」

「はっはっは、君は相変わらずだね。では休みはなしだ」


 オーマイガッ!! ギルド長のためなのに、なんて日だ。何か策はないか? ギルド長を頷かせる策……そや! 仲間売ったろ!!


「一緒に冒険する相手は、ファウストなんですよ。知ってます? シャーマンという珍しい職で、魔物の力を自身に宿して戦うんです」

「なに……それはぜひとも同行しないとね。仕方ないだろう、君が悪い」

「それがですね、あの子とってもシャイなんですよ。知らない人が居るなら、冒険の話が流れちゃうかもしれません。でも、俺を休みにしてくれたら、冒険は出来ます。この目で見たことを、ギルド長にありのまま伝えることも出来ます」


 少しずつ声のトーンを落としていき、内緒話風である。悪魔の囁きはな、その人が本当に欲しいものを与える提案をすることだ。決して、世界の半分をあげよう……などと相手を知りもせず交渉してはならない。


「うぅむ……見たい、見たいなぁ。君の話術で説得してくれないか?」

「ムリムリムリ! ほんとシャイでね! 仲良くなるの苦労したんですよぉ! でも、ちゃんとした休みが貰えるのなら、後日になりますが、ギルド長の前で謎だらけのスキルを使ってくれるよう全力で頼みますよ」

「……いいだろう。休みをあげよう!」


 わぁい、ギルド長大好き。この自分の欲望に正直な感じ、接していて楽しいなぁ。


「ありがとうございます。重ねての提案で恐縮ですが、冒険の時間に余裕を持たせたい。すぐ終わる冒険では、ファウストのスキルをちょっとしか見れないと思うので……」

「なるほど。2日間の休日を与えよう。ついでにギルドを閉めよう。どうせ君が居ないと回らないからね」

「えー、俺って皆の休暇のついでに、色々約束させられちゃった感じ?」

「はっはっは、たまには私が勝つ。それに、君が居ないと困るのは嘘ではない。君ほど献身的なヒーラーは、他に居ないからね」


 にっこりと笑うギルド長。あっ、はい。これ、ヒーラーサボるなよって意味ですね。出禁中のヒーラーはタダ働きだもんなぁ。うん、別にサボろうとかちょっとしか考えてなかったよ。ホントだよ……。


 ちなみに、ハゲには泣きながら感謝された。嫁さんと旅行だそうだ。図らずも人を幸せにしてしまう自分の才能が怖いぜ。


 ギルド長はロレンスさんを実家に送るついでに、出来上がった魔物図鑑を王都に届けるらしい。半ば無意味な図鑑更新の内容には、地図が含まれている。国家機密なんだって。知らんかったよ。


 ギルド長という最強のボディガードが居るのだから、ロレンスさんが失踪することはないだろう。


 こうして、休暇をゲットした俺は、準備を重ね、約束の日を迎えた……。


 家を出ると、ファウストが待っていた。暖炉の前で話したあの日とは、顔つきが違う。少なからず、危険に遭遇する覚悟を決めてきたようだ。


「ファウスト、遺書は書いたか?」

「いいえ。僕を待つ人なんて、まだ居ませんよ。それに、死ぬつもりはありませんから。ブサクロノさんこそ、書いたんですか?」

「まさか。インクの無駄使いだ。でも、お前を見捨てて逃げる覚悟はしてきたぜ」

「あはははは! いいですね、それ。打ち合わせをせずに済みましたよ。強敵に出会ったら、まずは逃げましょう。戦うのは、最後の手段ですからね」


 強運持ち同士、息ぴったりである。さっそく門に向かおうとすると、何やら金属が擦れるような音がする。平和なアルバで重装備なんて珍しいな。なぜか、手を振ってくるではないか。


 はて? ド派手な白い金属鎧を装備した悪趣味な知人など、俺には居ない。ファウストの知り合いかと思ったが、どうも違うようだ。


「おぉーい、クロノー! おっ、見慣れないやつも居るなぁ!」


 顔は見えなくても声で分かる。俺の名前を呼べる唯一の存在となれば、ひとりしか居ない。イケメンことライオネルである。


「げぇっ!? このタイミングかよ……っ」

「えっと、知り合いですか。少しだけなら待ちますよ」

「知り合いというか……友達だけど、今は会いたくない人」


 俺の愚痴も虚しく、ライオネルが合流してしまう。走ったところで、戦士のライオネルから逃げることは出来ないのだ。【アクセル】でビュンビュン来るし。さて、何事もなければいいが……。


「おー、その格好……よっしゃ、冒険に行こうぜ!」


 あー、もう。ほら、やっぱりこうなった。ライオネルはやたらと俺を冒険に誘う。一緒に行きたがる。まぁ、俺も世間的には変わり種の冒険者だから、組んでみたいんだろうなぁ。


「ライオネルこそ、その格好はどうしたんだ?」


 ライオネルは白い塗装をされた金属の鎧を着込んでいる。うん、悔しいけど似合ってるぞ。あの雑魚よりよほど聖騎士っぽいしな。


「見ての通り、お前からの誕生日プレゼントで買った。ドーレンさんに依頼してな、やっと完成したってわけ。そんなわけで、冒険に行こうぜ!」

「すまん。今日は時期が悪いというか……先約があってな?」

「おぉ、そこの少年! よろしくな!」

「えっ、はい。よろしく……? えぇっ? 話、通じてます?」


 最後の一言は、俺に向けられている。俺もね、ちょっと考えたんだ。そうするとね、ライオネルの性格からしてね、3人で冒険に行けば問題ないってことになってるよね。


 うん、普通はそうなんだけど! 俺たちやべーやつだから! さすがにライオネルは巻き込めないっつーの。断らなきゃ、ライオネルが危ない。


「きょ、今日は2人で行くつもりでさ。今度にしてくれないか」

「えー、何でだよ。俺が行くと都合が悪いのか?」

「悪いというか……お前が危ないというか……?」


 ファウストに視線を送る。ライオネルは友達だ。だからこそ、断りづらいのである。まだ接点がないファウストに断って貰わないと首が回らない。


「ら、ライオネルさんでしたっけ? 今日は、ちょっと危ないところに行くので、ランクの低い人を連れていけないんですよ」

「まじで? 俺、Cランクだけど。クロノってDランクだろ? 少年は?」

「僕はCランクです。王都のCランクです」

「ふーん、じゃあ問題ないじゃん。どこでもいいから、行こうぜ」


 気さくに誘うナカジマみたいなノリである。そうだよねぇ、俺がDランクなんだよねぇ……。


 微妙な空気が漂う。苦しくなったファウストが、俺に耳打ちしてくる。


「ちょ、ブサクロノさん。この人、そんなに強いんですか!?」

「うん。ライオネルは強いよ。俺より強い。戦士なのに騎士に憧れてて、ガードを自称してタンクの立ち回りをするんだ。ロマン職同盟なんだよ」

「面白そうですね……って、違くて! 断らないと危ないですよ。友人なら、責任を持って止めてくださいよ」


 ライオネルは、こんなに押しが強い男ではない。少なくとも、空気を読める男なのだが……。


「どうしても今日じゃないとダメなのか?」

「俺がダメな理由があるなら聞くぜ」

「じゃあ、今日は都合が悪いからダメ――」

「見てくれよ。この鎧。クロノが誕生日プレゼントで大金をくれただろ? その金を全額使って、揃えたわけだよ。でも、あんなに欲しかった金属鎧なのに、ちっとも嬉しくないわけよ」


 あっ、これ、やばいやつだ。ライオネルは、おこなのだ。


「なぁ、ライオネル。俺に怒ってるよな?」

「さぁなぁ? でも、これからの返事によっては、怒るかもな」

「お前、過去に怒った経験ある?」

「今のところはないな。今のところはな」


 試合終了のお知らせ。取り巻きのメスが目立ちがちだが、ライオネルは誰からも慕われている。そんなライオネルを怒らせたとあっては、冒険者からもハブられる可能性が高い。詰んでる。


「……行こうか、冒険」

「おう! そう言ってくれると思ったぜ。こんな縁起の悪い鎧は、さっさと使い潰すに限るからな。仲間を守って壊れたら、この鎧も本望さ。そこまでが、クロノが用意していた誕生日プレゼント。そうだよな?」

「……うん。そうだヨ」


 なんてことだ。この俺が口で負けるとは。あんなに純粋で、相手の要望を断ることが出来なかったライオネルが、いつの間にか悪知恵を付けてしまった。どこのどいつだ、ライオネルを汚したやつは。


『君のせいだね。間違いなく、君の影響を受けたね』


 俺かーっ!? そうか、そうだよなぁ。こんな遠回しながら、理屈臭い発言は、俺のものだよなぁ。


「クロノが了承してくれて嬉しいぜ。ギルド長からお前が冒険に行く話を聞いてさ、こりゃぁ行くしかないっしょーって思ってたんだよ」


 ギルド長ォォォォ!? ライオネルがお目付け役か、そうなんだな!? 俺の理屈と、ギルド長のアシスト。大義名分を得たライオネルを、断れる人などいない。完敗だ。


「ブサクロノさん話が違うじゃないですか。断るんでしょ!? 死んじゃったらどうするんですか!?」

「俺だって頑張ったよ。でも断れないこともあるんだよ。そんなに嫌なら、ファウストは後日にするか?」

「僕だって王都からわざわざ来てるんです。都合があるんです。これだけ待ったんだから……」

「じゃあ、3人でパーティー組むしかないじゃん」

「……そうですね。分かりましたよ。どうなっても知らないですからね」


 忙しない内緒話が終わると、俺たちはガッチリと握手をした……。

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