クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美

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ジムトレーニング

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「おい、裕貴。一緒に帰ろうぜ」

 放課後、帰ろうとしていた俺の背後から、春樹の声が響いた。

「春樹……くん?」

「春樹でいいって言っただろ」

 春樹は肩を軽くすくめ、俺の隣に並ぶ。

 教室の窓から差し込む夕陽が、彼の整った顔を照らしていた。

「なあ、裕貴。お前、1年の時あんまり学校に来てなかったらしいな」

「……うん、そうだけど。なんで知ってるんだ?」

「杉本から聞いた」

「――!」

 その名前を聞いた瞬間、背筋が凍りつく。

 杉本。

 中学時代から俺を執拗にいじめ続けた男の名前。

 その記憶が、まるで昨日のことのように蘇る。

「……そうか。それで、なんで俺なんかと一緒に帰りたがるんだ?」

「いや、ただお前が気になってな」

「気になる……?」

「なぁ、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだよ」

 春樹はそう言うと、俺の腕をぐっと引いた。



 「ここって……」

 辿り着いた場所を見上げた瞬間、俺の目に入ったのは『〇〇トレーニングジム』の看板だった。

 中を覗くと、屈強な男たちが黙々と器具を使い、汗を流している。

 その場の熱気と、筋肉の躍動感が空間を支配していた。

「裕貴、お前さ、その身体を見て俺思ったんだよ」

 春樹は俺の肩を叩きながらニヤリと笑う。

「お前、筋トレ向いてるぜ」

「……え?」

 思わず、間抜けな声を出してしまった。

「ここ、俺も通ってるんだよ。だからさ――今日から俺と一緒に鍛えようぜ!」

「……!」

 まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。

 だが――

 俺は変わりたいんだろ?

 脳裏に浮かんだのは、佐々木さんの姿。

 彼女の隣に並べるような人間になりたい。

 もっと自信を持てるようになりたい。

 その思いが、俺の迷いを振り払った。

「春樹……俺も、ここでトレーニングさせてくれ」

 俺は決意を込めた目で彼を見つめる。

 すると――

「ハッ、言うと思ったぜ!」

 春樹は嬉しそうに笑い、俺の背中を強く叩いた。

「よし、まずは軽いウェイトからだ!」



 「ぐっ……ぅあぁっ!」

 ダンベルを持ち上げる俺の腕が、悲鳴を上げる。

 全身の筋肉が震え、汗が背中を伝う。

「おいおい、まだまだ序の口だぜ? 筋肉は限界を超えた時に成長するんだ!」

 隣で春樹が満面の笑みを浮かべながら、軽々とウェイトを持ち上げる。

 まるで別世界の人間みたいだ。

 すげぇ……。

 俺もこんなふうになれるのだろうか。

 いや、なりたい。

 だから――

「……くそっ!」

 俺はもう一度、全力でダンベルを持ち上げた。

 腕が悲鳴を上げる。

 だが、痛みの中に確かな達成感があった。



  「た、ただいま……」

 夜の帳が降りた頃、俺はようやく家の扉を開けた。

 全身が鉛のように重く、体中が軋む。

「お坊ちゃん? 今日は随分と遅かったですね?」

 俺を迎えたのは、メイド姿の佐々木悠里だった。

 白と黒のクラシカルなメイド服に、シルクのカチューシャ。

 完璧に整ったその姿は、学校で見せる姿とはまた違った、独特の魅力を放っていた。

「あ、いや……その……」

 言い訳を考えるが、何も思いつかない。

 そんな俺の様子を見た彼女は――

 ニコッと微笑んだ。

 だが――その笑顔は、どこか怖かった。

「ご、ごめんなさい。ちょっと、とある人とトレーニングジムに行ってました」

「ジム? なるほど、承知しました」

 悠里は納得したように頷いた。

 しかし、次の瞬間――

「――今回は許します」

 彼女はグッと俺に顔を寄せ、じっと目を見つめる。

「ですが、次からは必ず連絡をしてください。心配するので」

「は、はい! 気をつけます!」

 俺は思わず背筋を伸ばして返事をした。

「それなら良いです。夕食はもう出来てますので、温かいうちにお召し上がりくださいね」

「……ありがとう」



 夕食を終え、部屋に戻ろうとドアを開けた時だった。

「――あ」

 そこには、ベッドのシーツや枕カバーを整えている悠里の姿があった。

「お坊ちゃん……もう食べられたのですね」

「う、うん。それより、ありがとう」

「いえ、お気になさらず」

 悠里は器用にベッドのシーツを整えていたが、慣れていないのか少し手こずっているようだった。

「あ、あの、俺がするんでここは大丈――」

 その時。

 俺の足が滑った。

「うわっ!」

「きゃっ――」

 バランスを崩し、俺の体は前へと倒れ――

 悠里をベッドに押し倒す形になってしまった。

 ――やばい

 俺の顔と、悠里の顔が至近距離にある。

 彼女の潤んだ瞳が揺れ、頬が淡く赤く染まる。

「ゆ、裕貴くん……?」

 彼女の震えた声が耳元に響く。

 鼓動が早まる。

 早く離れないと――

 だが、俺の体は硬直して動かない。

 悠里もまた、驚いたまま、俺を見つめ続けていた。

 静寂が訪れる。

 やがて、彼女は何かを悟ったように――

 そっと目を逸らし、俺の胸を押した。

「……は、離れて」

「あっ、ご、ごめん!」

 俺は慌てて飛び退いた。

 悠里はすぐにベッドから起き上がると、顔を真っ赤に染めたまま、無言で部屋を出て行った。

 ドアが静かに閉まる。

 そして、俺は――

「やってしまった……完全に……」

 頭を抱え、絶望するのだった。
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