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おまじないの終わり方

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 俺は若月さんに早速おまじないについてお願いすることにした。

 「若月さん、早急で申し訳ありませんがおまじないを終わらせて貰えますか?」

 しんみりと感傷に浸っていた若月さんに話しかけるとなにか思い出したようで「あっ!」と声を上げる。

 「吉野さん、大変言いにくい事なのですが……実は私、おまじないに使った袋を次の日にゴミに捨ててしまいました……。もうゴミの日に出してしまって……。」

 「ええっ!」

 「彼が来てくれたのならばもういらないかと思って……本当に申し訳ありません!」

 若月さんは深々と頭を下げ謝罪を繰り返す。

 それを聞いていたのか男性の霊は騒ぎ始める。

 「なんだよ!ここから出られるって聞いたから期待してたのに!くそっ!呪ってやる!この女呪ってやる!」

 「ま、まあまあ落ちついて……。ヘビ、どうしよう……。」

 こうなってしまっては自分ではもうどうすることも出来ないと感じた俺はヘビに助けを求める。するとヘビはまた親指を顎に当て少し考える。

 「これ以上正式におまじないを終わらせる方法は……無いな。」

 「そんな!」

 「だがこの男の願いを叶える方法はあるぞ。」

 「なんだ……そうなら勿体ぶらないで早く教えてくれよ。」

 「だが上手くいくかはまだ分からんがな。」

 「……?どういうことだ?」

 ヘビは男性の元へ近づくと男の体をまさぐり始めた。

 「うわっ!あ、あははは!ちょっ!お前何しやが……あはは!」

 男性は相当くすぐったいのか目には涙を浮かべている。

 「へ、ヘビ何やってんだよ!」

 俺はヒーヒー言いながら笑う男性が可哀想になり助けようとする。が、ヘビに止められた。

 「夏彦少し待て。もうすぐ見つかるはずた。」

 「見つかるってなにが……?」

  ヘビは話しながらも男性の体を触りまくる。そして背中のあたりをまさぐったところで手を止める。何かを見つけたようだ。

 「あったあった。夏彦、これを見てみろ。」

 ヘビが男性の背中を俺に見せつける。

 「これは……糸?」

 よく目を凝らしてみると男性の背中にはものすごく細い糸が生えていた。しかもとても長い。どこへ繋がっているのかと糸を辿ってみるとこの部屋のベッド脇の棚へと伸びているようだ。そしてその棚の上には指輪が置いてあり、糸が結びつけてある。

 「これは……。一体どういうことだ?」

 ヘビに問う。だが俺の問いは無視し若月さんにヘビは問いかける。

 「若月さん、その指輪は?」

 「え、これですか?」

 若月さんはすぐ隣にある棚の上に置かれた指輪を持つ。

 「これは直人のペアリングです。ほら、私がはめているものと一緒でしょう?初めてのプレゼントを買ってもらう時に一緒に身につけられるものがいいとお願いしたら買ってくれたんです。」

 若月さんはほら、と言って自分のはめている指輪を見せてくれた。

 「そうなのか。もしかしてそれをおまじないに使ったんじゃないか?」

 「えっ……!ええ、よく分かりましたね。」

 「ヘビ、なにかわかったんなら教えろよ。」

 状況が掴めないままで放置されて、少し苛立ちをみせながらヘビに言った。するとヘビは「なるほど。」と言い若月さんには聞こえないように俺に耳打ちをする。

 「夏彦、今から指示する通りにしろ。」



 俺は一通りの指示をヘビから聞き終え、こちらを疑問そうに見ていた若月さんへ声をかける。

 「若月さん、今から貴女の恋人を安全に天国へ送る儀式をします。」

 「儀式……ですか……?」

 「はい、これをすれば必ず道を間違えることなく直人さんは天国へ行けます。」

 「天国へ行くのに道なんて間違えるんですか?」

 「……。えーとまあ、無くはないんじゃないかなーと思って……。とにかくやりましょう!」

 最後はゴリ押し気味になってしまったがとにかく儀式を開始することにした。

 「使うものはハサミです。ハサミを貸して貰えますか?」

 「ハサミですか?確かキッチンにあったような……。」

 そう言うと若月さんはすぐさまハサミを探しに部屋を出た。5分ほどで帰ってきた若月さんの手にはキッチン用の少し大きなハサミが握られていた。

 「こんなものしかなかったのですが……。」

 「これで大丈夫です。ではそのハサミをここへ持ってきてください。」

 俺はベッド脇の棚に置いてある指輪までハサミを近づけるように指示する。そしてハサミを持つ若月さんの手を俺は強く握り、ハサミの刃を開く。

 「今から俺と一緒にハサミを閉じてください。もう少し近づいて……もう少し左です。」

 ハサミの刃を指輪に結びつけてある糸へ当てる。

 「こ、こうですか?」

 「そうここです。ではいきますよ……せーの!」

 俺達は指輪に繋がれてある糸めがけて刃を入れる。するとバチンッと音を立てて糸は切れた。

 「きゃっ!」

 若月さんにもその音が聞こえたようで驚いてハサミから手を離す。ハサミが床を打ち付け、ガンッと鈍い音を響かせた。

 「お疲れ様でした、これで儀式は終わりです。」

 驚いてへたり込む若月さんへ手を差し伸べる。その手を取り立ち上がった若月さんは辺りを見回す。

 「本当に……本当に彼は天国へ行けたのですか?」

 「ええ、ちゃんと天国へ行かれました。」

 俺がそう答えると若月さんは黙り込んでしまった。少しの間沈黙が続く。
 程なくして若月さんは俺へ涙ながらに聞く。

 「直人は……直人は最後に何か言ってましたか?私、最後なのにお別れの言葉言えなかった……。」

 泣きながら若月さんはまたへたり込む。多分大好きな恋人と離れてしまったという悲しみもあるのだろう。そんな若月さんを見かねて俺はまた嘘をつく。

 「大丈夫ですよ若月さん。彼は貴女が見守ってくれていただけで十分だと言っていました。だから大丈夫です。」

 背中をさすりながら若月さんを慰める。俺は戸惑いながらも嘘を並べ、若月さんが落ち着いてくれるのを待つしかなかった。



 「本当にお世話になりました。」

 若月さんは玄関で靴を履き帰り支度をする俺達に何度も何度もお辞儀をしてくれた。

 「いえ、大したことはしてないので……。」

 「そんなことはありません。後で報酬は必ずお支払い致しますので……!」

 「報酬も結構ですので。大丈夫です。」

 「いえいえそんな訳には!」

 その後若月さんと数分ほど報酬の件で揉めたあと、俺達は若月さんのアパートを離れた。結局報酬は貰わず、俺達はアパートの階段を降りていく。その途中ヘビが俺に言う。

 「夏彦、お前はよく呼吸をするようにあんなに嘘がつけるな?俺には到底出来ない。」

 「なんだよそれ、嫌味か?」

 含みを持った言い方をしたヘビを睨む。「それよりも。」と俺は話を切り出す。

 「色々と説明して貰いたいことが山ほどあるんだが?」

 「まあ、何も話さなかったのは悪かった。では説明してやろう。夏彦は運命の赤い糸というものを知っているか?」

 「え?運命の赤い糸?まあ知ってるけども……。確か恋人同士の小指と小指についてるっていうあれか?」

 「それで大体あってるが運命の赤い糸って言うのは正確には恋人同士のものだけでなく人と人、または人と物なんかも繋ぐ縁の糸の事だ。」

 「へー。」と言いながら俺は最後の階段を降りきり、「それで?」と更に聞く。

 「その糸が若月さんの恋人の指輪と男とを繋いでいたんだ。多分おまじないをした時に恋人の思い入れのある物、指輪とたまたま繋がってしまったんだろう。」

 「人と人が縁が繋がるってのはなんとなく分かるがなんで物も繋がるんだ?意味わからん。」

 「物だって大切にしたり長年使い続けると魂が宿るんだ。付喪神というやつだな。だから物と縁が結ばれてもおかしくはない。そしてその繋がってしまった縁の糸が今回の全ての元凶という訳だ。あの男はおまじないによってただ召喚されただけならばあんなふうに部屋から出られないなんてことあるわけないからな。だから大方そういうものに拘束されて地縛霊のようになっているんだろうと予想はついていた。」

 「そうなのか。なんかお前意外とスゲーな……。もうひとつ聞きたいんだけどあの糸を切る時なんで俺が若月さんと一緒にハサミを持たなきゃならなかったんだ?糸が見えない若月さんの代わりに俺一人で切っても良かったんじゃないのか?」

 「それはダメだ。あの指輪と男の霊を結んでしまったのは若月さんだから若月さん自身が切らなきゃならない。だが若月さんは糸が見えない。しかも霊力がないから場所を教えても切れない可能性がある。だから夏彦と一緒ならば霊力も多少ながら移るし切れると思ったんだ。だが確証はなかったからな。ほぼ賭けだった。」

 「賭けって……。そんなに自信なかったのか……。」

 まあでもあの男性の霊も糸が切れたとたん喜んでどこかへ行ったことだしいいとするか。告白上手くいくといいな。
 そんな思いにふけっていると「ところで。」とヘビは今度は俺に問いかけをする。

 「何故本当のことを言わなかったんだ?俺は本当のことを全て言った方が正しかったと思うぞ?何故だ?」

ヘビは不思議そうな声色で聞いた。俺はそんなヘビの言葉に呆れた様子で返す。

 「お前は人の気持ちに鈍感なんだな。」

 「?」

 確かに全て本当のことを言ったらもっとスムーズに事は運んだかもしれない。かなりまどろっこしい事をしてしまったと自分でも多少は思う。でも俺は後悔など微塵もしてない。
 
 「いいんだよ、嘘も方便って言葉あるだろ。」

 「ほお。閻魔様に舌抜かれても?」

 「お前が言うとマジでシャレにならないからやめろ。」

 ヘビに軽く足蹴りを入れ、俺は帰りの電車の時間を気にしつつも歩いた。秋の冷たい風とは裏腹に沈みかけの太陽は赤々と俺たちを照らしていた。
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