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1-5 盲目になっちゃうものですね

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「それでどうだった、上手くいってだろう?」

 コタツの上に頬を乗せ、横顔のままシオンは美織に聞く。

「どこがよ! なんで巨大蛇捕まえに行ってることになってるわけ!?」
 
 美織は剥きかけていたみかんを手放すと、机に手をついて身を乗り出した。お腹は減らないが、みかんは食べたい。

「ああ? 会社のほうに行ったのか? 海外に行ったことにしたら、これから連絡が来なくて済むだろうが」

 シオンは軽く美織を睨んだ。前髪が睫毛にかかって目に入りそうだ。

「海外に行くにしてももうちょっとマシな理由があったでしょ! 語学留学とか…!」

 普通に考えて蛇はないだろう。
 美織は蛇を捕まえに会社を辞めるような性格ではなかった。というかそんな人いるのだろうか。

「アホか、無茶苦茶な理由で辞めたほうが連絡してくるやつが少ないんだろうが。
 ……あと蛇かっこいいし」
 
 それは会社を辞めてまで蛇を捕まえに行くような人に関わりたくないだけではないだろうか。敬遠されているということである。

「私のイメージってものがあるの! それに疎遠になりたくない人もいるっ……」

 美織はハッとして眉を上げた。
 美織はもう会社へは帰らないのだから、元の世界の人にどう思われようが関係ないのである。

「気がついたか。 お前はもう一生あっちの人間とは会わないんだ」

「だからって……! こんなフォローで納得できるわけないじゃない。しっかりフォローしてよ……」

 美織はぎゅっと拳を握って顔を歪めた。

「……お前が異世界転生したら、俺はお前にも会わないんだ。
 だから別に、お前にもどう思われようがかかまわない。
 だったら仕事を面白くした方がいいだろ」

 シオンは頭を持ち上げると腕を組んで言った。

「あとな、今回は特別に転生後の元の世界を見せてるが、普通は口頭で説明して終わりなんだ。だからーー」

 バンッと大きな音が部屋に響く。美織が叩いたコタツの机は少し傾いた。コタツの中にいたグレが驚いて出てくる。

「っ何よそれ、人の一生をねじ曲げておいて!」

 美織は目に涙を浮かべて言った。シオンがここまで相手に対して誠意がないとは思わなかった。
 転生者は元の世界を知ることがないから、少しくらいふざけてもいいなどと考えているとは。

「俺の仕事の大変さも知らないくせに、口出しするな!」

「知らないわよ! 
 でもね、私たち転生者だってあんたが生きてきたように色々積み重ねて来たの! 
 その最後がどんなものであってもいいなんて軽く捉えないで!」

 美織は感情的になっていることを自覚していたが言葉が止まらない。
 涙も溢れてくる。

「だからフォローしてあるだろうが! ちゃんとあとから詮索されることもないように……」

「それは、私を思ってのことじゃないでしょ! 仕事がスムーズに行くようにでしょ!」

「そういうお前はどうなんだ!? 全部の仕事を全力でやってたのか!?」

 売り言葉に買い言葉でシオンも声を荒らげた。
 一つ一つの仕事にそこまで真剣に取り組む必要があるのだろうか。バレなかったら少しくらい手を抜いていいのではないか。

「っ」

 美織は言葉に詰まった。
 元の世界でデザイナーをしていた頃、分からないように手を抜いた仕事もあったからだ。

「あ……すまない……言いすぎた」

 言葉に詰まった美織を見て、シオンは頭が冷えていくのを感じた。
 仕事をしていないような責められ方をされたのにムカついて、つい怒鳴ってしまった。転生候補者の言葉などサラッと流してしまえばよかったのに。

「……ううん、ちがう、そうだよね
 私だって仕事で、バレないように手を抜いたことあったもの」

 美織は乱暴に頬の涙を拭いながら反省した。シオンにとって、美織の転生後のフォローは"仕事の一つ"なのだ。
 分かっていたはずなのに、なぜだか悔しかった。

「おい、乱暴に擦るんじゃない。赤くなるだろうが」

 シオンはコタツの近くにあったティッシュを手に取ると美織の横まで移動する。そして美織の横に膝をつくと、美織の手をどけティッシュで涙を拭った。

「……すまなかった。
 そうだな、俺がお前と同じ転生者で……語学留学で海外に行ったことにされたら、俺らしくないだろ! って怒るかもしれない」

 シオンは優しい手つきで美織の涙を拭う。

「ふっ……シオンは語学留学の方が嫌なんだ……」

 美織はシオンの言葉を聞いてクスリと笑ってしまう。たしかにシオンが語学留学で海外に行きそうではない気がする。

「私こそごめんなさい。
 シオンの仕事を理解せずに、自分の思い通りになってなかったからって大声出して……」

 美織は座ったままシオンに頭を下げた。耳にかかった髪が頬横へと移動する。

「顔を上げろ。
 ……転生者は転生後の元の世界を知らないから、ある程度辻褄があっていたらどんな形であってもいいと思っていた。
 だが、そうだな、もう少し慎重にやるべきだったかもしれない」

 美織がゆっくりと顔を上げるとシオンは目を逸らしながら答えた。手には涙を拭ったティッシュが握られている。

「仕事って加減が難しいわね……」

 仕事には効率も求められる。そしてやりがいも自分で見出していかなければならない。
 美織は数人の懇意にしてくれていたクライアントを浮かべて、目を細めた。美織もシオンに説教できるほど、相手のことは考えていなかったかもしれない。

「シオンの仕事はどんなことしてるの?」

 いつのまにかシオンへの敬称が取れてしまっている。美織は敬語もほぼ使ってなかったので、気楽に話すことにした。

「そうだな、まあ、そこまでは……増えないと思う」

 シオンは異世界転生の工程を思い出した。転生後の元の世界のフォローに少し時間をかけたからといってそこまで時間は増えないだろう。

「俺たちの仕事について見てみるか? 求職者向けの紹介動画だからいいことしか言ってないが」

 何も映っていない画面をシオンは指差した。

「うん、お願いします」

 シオンの仕事内容について理解せずに、自分の荷物のことや両親へなんと伝えたのか聞くことは気が引けた。また自分中心で文句を言ってしまいそうだ。
 グレは静かになったと思ったらしく、コタツの中へまた入っていく。

「あ、でもその前に飲み物ある? 喉乾いてて……」

 美織は辺りを見回しながら尋ねた。シオンが座っていた側に飲み物が置いてあったはずだ。

「ああ、あるぞ。チョコ味と焼き肉味のジュースどっちにする? 俺的にはチョコ味はさらに喉が渇くからおすすめせんがな」

「お茶とかお水はないのね……?」

 なんとなく予想していたが、シオンの持参した飲み物はどこから探してきたのかというラインナップだ。
 美織は腫れて重くなった目を抑えながらため息をついた。
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