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一章
15話 王子は忘れやすい
しおりを挟む「こいつらは高く売れそうだなぁ」
という男の下卑た声にエリオットは目を開いた。頭だけ動かして見渡すと、ここは多分山小屋の中、そして目の前には複数人の男達、その腰にはそれぞれ武器が下がっており、その身なりから、山賊か?とエリオットは推測した。
両手足が縛られている。
どうやら、3人とも捕まってしまったらしい、と横の2人を見ながら考える。
セバスが次に目を開けたが、中々アスランは目を覚まさなかった。
「お前たち、何者だ?」
「んだぁ?僕ちゃん反抗期かぁ?聞き方がなってねぇなぁ?あ な た が た は、一体どなたですか?だろ?」
馬鹿にしたような声に不快感を隠さずエリオットは口を閉じた。男は舌打ちをしたが、まあ、傷物にしたら価値が下がるからなぁ、と、目線を外した。
外した先にいるマタギは、怯えた表情をしている。
「よくこんな爺さんに騙されてくれたよなぁ。でも、お手柄だぞ?マ、タ、ギさん」
「お、お頭様。婆さんは、婆さんは無事なのですか…!」
エリオットはその様子に、どうやら人質を取られていたらしいと、セバスチャンに目配せする。
お頭と呼ばれた男は、ニタァと笑うと、
「もちろん殺した」
と、軽く言い放った。
マタギはこれでもかというほど、顔が白くなる。そんな様子を見て男達はゲラゲラと笑い、
「冗談だよ!冗談!ぎゃはははは!爺さんやっぱ面白えなぁ!生きてるに決まってんだろ?1回目で使い捨てるとか、資源の無駄遣いって言うんだよ知ってっかぁ?」
「悪趣味だぞ」
そうエリオットが口を挟むと、
「悪趣味ぃ?なんだ、爺さんに同情してんのかぁ?お前ら爺さんに騙されたんだぞ?馬鹿なのか?馬鹿なんだなぁ」
と、嘲笑った。
「マタギさんを脅迫でもしたのですか?というか、馬鹿なのはあなた達のような気もしますけど」
優位に立ちたがっていたその男はセバスの挑発に苛立ちを覚えたらしく、ベラベラと話し始めた。
「どうせお前らはもっと悪趣味なやつらに売られるから教えといてやるよ。この爺さんなぁ、俺らの邪魔をしてきたわけ。生活のために、仕方なく山に来た奴らに金とか食べ物とかを分けてもらってたらよぉ、神隠しが起こるから山には近づくな!なんて噂を流しやがるだろう?めっきり登山者がいなくなったから、商売上がったりでなぁ。だから、お話し合いしたんだよ。婆さんを長生きさせたかったら、誰でもいいから人を連れて来いってなぁ。したら、こんないい素材を見つけてきやがった。褒めてやりたいくらいだよ」
人間、精神的に優位に立とうとすると、まず情報量で差をつけようとする。この男も同様らしく、真実を知らしめて気落ちさせようという魂胆らしい。
ああ、それで登山客が減ったのか、とエリオットは冷静に分析した。とある噂、ーーこの山では神隠しが起こるから近づいてはならない、と。
実際、神隠しの被害者達は口を揃えて、気がついたら山の麓に倒れていたと証言していた。彼らは神隠しとは言わなかったが、理由らしい理由も証言していなかった。
いや、何か言えない理由があったのだろう。
とりあえず、噂の元凶はマタギということが判明した。
売りに出されると聞いても、あまりダメージを受けていなさそうなエリオットやセバスが気にくわないのか、
「おい金髪、お前名前なんつうんだ?商品名がわからねぇと、商売できねぇからなぁ?」
エリオットは、そんな挑発にも、冷静に、
「エリオット・クラウ・オールハインだ」
と、本名を口にした。
きょとん、となる山賊達。
その静寂を破ったのは、これまた山賊達の笑い声だった。
「お、お前!ぐぎっ、ぎゃはははははは!この国の王子の名前出せば助かると思ったのかぁ?いや、お前馬鹿だろ!ぎひっ、ぎゃはははは!」
ひとしきり笑った後、まぁ、いいと、エリオットに目を向けた。
「もう少ししたら、わかることだからなぁ」
それだけ言って、今度はマタギに、
「おら、そろそろ到着されるだろ?迎えいけよ、爺さん」
と命令した。
マタギは言われた通りに、山小屋を出て行く。頭の男は、セバスの名前も聞いたが、素直に答えた彼に、お前も冗談くらい言えよとつまらなそうにしていた。
「安心しろや、俺たちはなぁ、獲物を殺しはしねぇ。なんでかわかるか?」
エリオットもセバスも答えない。
「ちったぁ、怯えろよ!
…獲物を殺したら次の獲物がやってこないだろう?だから、口止めすんだよ。貴族様のお力を借りてなぁ!なんか喋りでもしたら、偉ーいご貴族様がお前らを殺しに行くぞぉ!ってな!したら面白い具合に奴ら何にも喋らねぇの。後ろ盾がいんだよ!意味わかるか?後ろ盾!」
そこまで男が話した時、小屋の扉が開いた。
入ってきたのは初老の神経質そうな男だった。
「高値で売れそうな人間が手に入ったと聞いたが?」
「こいつらです、旦那。そうだ、旦那。聞いてくださいよ、こいつ、この国の王子の名前使って助かろうとしやがったんです、馬鹿でしょう?いやぁ、ほんと…旦那?聞いてます?旦那?」
頭の男が話しかけるも、貴族らしい男は、エリオットの姿を見て固まってしまっていた。
エリオットはその男に見覚えがあった。
プライドが高く、いつも裏で、王子の婚約者にアイリス嬢は相応しくない、うちの娘の方が優秀だと触れ回っていた男だった。
「お久しぶりですね、ナラディ侯爵?」
ナラディ侯爵と呼ばれた男は、
「な、な、な、なんて事をしてくれたんだ!よりによって何故殿下を…何故エリオット・クラウ・オールハイン殿下を誘拐した!!」
「…え?いや、え?じゃあ、本物?」
「ナラディ侯爵」
「は、はい!」
「この山賊の後ろ盾について、色々とお楽しみになられていたようですね?」
「いや、それはその、」
「そこの男がすべて話してくれました」
ナラディが頭の男を睨みつけた。
それに怯えたのか、
「全部は話してない!話してないですって旦那!ただ、旦那に協力してもらって色々やってたってそれだけです!」
それだけで、2人の関係は明らかだった。
ナラディは頭を抱えたが、やがて覚悟を決めたように、
「致し方ない…」
とつぶやいた。
「諦めるのですか?」
「ええ、殿下。優秀な私の娘と優秀な殿下の婚約は不可能になってしまいました、残念です。お前達、殺れ」
指示された山賊達は、嬉々として武器を構えた。
「睡眠薬に痺れ薬を混ぜたから、ろくに動けねぇだろ?今楽にしてやるからよぉ」
その言葉に歯噛みするエリオット。
「卑怯者め…、全員で動けない者を袋叩きにしようとは」
それを負け惜しみと感じた頭の男は、やっと優位に立ったと思い、
「はっ、俺たち全員で袋叩きにするから楽しいんだろうよ!!」
と、嘲笑った。
それを聞いたエリオットは、
「これで全員だそうだ、セバス」
と、自らの従者に声をかけた。
セバスは即座に縄から手を抜くと、持っていたナイフで足の縄を切り裂いた。
「痺れ薬を盛ったからと、油断していたようですね。縄のかけ方が甘い、今度教えて差し上げましょうか?」
呆然とする山賊達。すぐに頭の男がセバスに向かって叫んだ。
「お前、薬は、飴はどうしたんだよ!」
セバスは、淡々と、
「え?食べてませんけど?」
と、言い放った。
「な、何で食ってねぇんだよ!それに眠ってただろ!!」
「私の主人に食い意地が張っている、と馬鹿にされたのでそれを撤回していただきたくて。それに、眠っていた?失敬な。目を閉じていただけです、勘違いしないでいただきたい、私は真面目な執事ですから、職務怠慢など以ての外です、ですよね?殿下」
と、エリオットの方を見る。
「ああ、私も拾い食いと馬鹿にされたからなぁ、流石にすぐに口に入れるわけがないだろう?さあ、セバス。早くしないと私は殺されてしまうらしい」
2人は軽口で意思疎通を図っていた。
決着はすぐについた。
プロと、武器を持った犯罪者の差はとてつもなく開いている。
ナラディ侯爵が逃げるまもないほど、それは事務的に、一瞬で終わった。
ナラディ含め、山賊達を縛りあげたセバスはすぐに主人の縄をといた。
マタギの妻はすぐ横の別室に縛られていたが、幸いどこにも怪我はなかった。
ナラディと山賊達を影に連行させ、エリオット達はマタギ夫婦に向き直る。
「儂は取り返しのつかない事をしました…、どうか、どうか儂を罰してください、殿下。妻は一切関係ないのです」
と、必死に懇願するマタギ。
マタギの妻はいいえ、私も、私も一緒に刑を受けますと頭を下げている。
そんな様子を見ていたエリオットは、
「なぁ、セバスチャン。このご老人は犯人の確保に協力をしていただいた方だよな?何故私は頭を下げられているんだ?ここまで案内してくれたのだから、感謝するのは此方だよな」
と、あっからかんと言い放った。
目を丸くするマタギ夫妻。
「しかも、毒キノコから命を救っていただいたし」
と付け加える主人に、毒キノコの知識がなくてすみませんでしたね、と軽口を挟みつつも、
「そうですね、何か、お礼をしなくては」
と、賛同した。
「そ、そんな!お礼を言うのは此方の方ですじゃ!殿下から直々になんて恐れ多い事です。それに儂は許されない事を…!」
「そうですか、そこまで言うなら仕方ない。でしたら、…クマオール茸を探すのを手伝っていただけますか?」
マタギは目を見開いた。罪に問うどころか、自分にまた案内を任せてくれるのか、と。
老人は、涙の浮かんだ眼を腕で一度擦り、お任せください!と、胸を張った。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
宰相の仕事場では、仕事をしないお父様大っ嫌い!がループで流れ続けていた。
ガルディオスは終わらない書類に格闘しながらも、これつまり仕事してるお父様大好き!って事だよな、と脳内変換してモチベーションを上げていた。
そこへ、秘書官が扉を開けて入ってきた。
「閣下、ご報告がございます」
なんだ?と、ガルディオスは書類から一切目を離さずに質問した。
「ナラディ侯爵なのですが…」
ナラディ侯爵…?またいつもの苦情を言いにやってきたかと、ため息を吐いた。
やれ娘の教育がなってないだの、行動がどうだの目の敵にしてくるのだ。
しかし、
「山賊達を使い、民から略奪を繰り返し、更に脅していたとして、捕縛されました」
「は?」
突然のことにガルディオスは目を丸くする。
捕縛?何故?と聞くと、
「それが、エリオット殿下のお力によるものらしく…、神隠しの件も山賊達とナラディ侯爵が原因のようです」
神隠しの件は今、ガルディオスを忙しくさせている原因の最たるものだった。
証拠も証言も何も無いのに、民からの嘆願書が多く、しかし手続きの多いこの事例に寝る間も惜しんで取り組んでいたが…ということは、まさか、
「私の仕事が減った、つまり、アイリスに逢いにいけるじゃ無いか!!」
と、喜びを声に出すガルディオスに、秘書官は申し訳無さげに声を掛けた。
「ああ、いえ、その、」
「どうした?」
「そのですね、この事件をエリオット様が解決したこと、そして、それで閣下の仕事が急激に減ったことで、」
この時点で、ガルディオスは嫌な予感がしていた。
「閣下が殿下に無理矢理流していた仕事がすべて、閣下に戻ってきました。当分アイリスお嬢様にはお会いできないと思われます」
身から出た錆に、ガルディオスは膝をついた。
少し戻って、場面は帰りの馬車の中。
手配した馬車に揺られている2人の間には籠いっぱいのクマオール茸が置いてあった。
「でも、殿下もお人好しですね。あんなに時間をかけて、マタギさんを助けようとするなんて」
「義理堅いと言え。あそこで声を掛けられなかったら、本当にキノコに触っていたんだ。それに、お前も人のこと言えないだろう?」
「それは、そうですね。ですが、目的が少し変わっているような気も…」
当初の目的はアイリスに料理を食べさせることでは無かったか?と、聞きたいらしい。
そんな質問の意図に気がついたエリオットは、
「変わっていないぞ?アイリスに料理を食べさせるには、材料、それと、俺の自由時間が必要だろう?」
と、ニヤリと笑った。
そんな主人に、セバスはため息で返す。
馬車が城に着いた時、
「…あれ、なんか忘れてるような気がする」
と、エリオットが口に手を当てながら考え出した。
「え、忘れ物ですか?」
と、2人して頭を悩ませた。
そしてすぐに思い出した。
「あっ」
「あっ」
翌日、アスランは走って王都まで帰ってきた。
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