異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋

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7 異能者

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 フィオナ=リースは、まっすぐ俺を見つめていた。

 その目に宿るのは疑念、そして責任の重さだった。──この女は、騎士団長としてこの地に立っている。



「EXスキル……それで魔物を従え、村の地形を改変し、水脈を通した。そう理解していいか?」

「はい。その通りです」



 頷くと、彼女はさらに一歩、詰め寄ってくる。



「目的は何だ? この村を拠点に、王都に影響を及ぼす気か? それとも他国との関係を見越した布石か?」

「そんなつもりはありません。そもそも、政治にも軍事にも興味はない。俺の望みは、この村で穏やかに生きていくことです」

「穏やかに生きるために、魔物を従える必要があったのか?」

「殺さずに済むなら、殺さない方法を選ぶべきだと考えてるだけです。ルオは脅威ではない。今は俺の仲間です」



 フィオナの目がわずかに細まる。だが、怒りではない。観察するような視線だ。



「……あの魔物、村人を襲ったのだろ? 被害が出ていた可能性もあった」

「実際に被害は出ていません。なら、それ以上は責めようがないはずです」

「転移者としての記録は? 国への届け出は?」

「届けていません。というか、この世界のことがまだよくわかっていなくて……必要なら、今ここで記録を取ってくれて構いません」

「なら聞く。名は?」

「カイ。姓は……元の世界ではあったけど、ここでは名乗ってません」

「種族。出身世界、所持スキル。偽りなく申告せよ」



 俺はウィンドウを開き、自分の情報やスキルをチラ見した。



「人間。地球という世界から。所持スキルは創造の手、言語理解、身体強化、魔力親和のみ。他には、特別な力も称号もないです」

「地球、か……知識の女神ミリスの記録にある。希少だが、前例はあるな」



 フィオナは腕を組んで考え込む。

 その周囲では騎士たちが、村人を警戒するように動いているが、フィオナは視線を逸らさず、再び口を開く。



「なぜ、村に仕える? 報酬も身分もない村で、そこまで手を貸す理由は?」

「『役に立てる』って感覚が、この村にはあったからです。誰かに必要とされることが、俺にとって何より価値がある。だから、この場所を選びました」



 言葉に嘘はなかった。

 それを受け止めたかのように、フィオナの瞳がわずかに柔らいだ。



「……なるほど。心情的には信用できる。だが、私は騎士として動かねばならない。異能者の滞在は、場合によっては王都に報告され、監視対象になる」

「構いません。疑いがあるのなら、監視でも記録でもどうぞ。ただ、村に危害は加えないでください。村人の皆さんは、何も悪くない。



 それを聞いた瞬間、フィオナの表情がほんの少しだけ崩れた。

 その隙を突くように、村長が一歩前に出る。



「騎士団長殿。そなたの忠義はよくわかる。だが、カイという男は、確かにこの村を救ってくれたんだ。今や皆の信頼を得ておる」

「……分かった」



 短く告げて、フィオナは後ろを振り返った。



「エリオ、ナダル、シーラ。私を含めて四名、ここに滞在する。他の者は王都へ報告。必要あらば、援軍を得ること」

「はっ!」



 そして彼女は再び俺の方を向く。

 その顔には、ようやく──ほんのわずかに微笑が浮かんでいた。



「異能者カイ。貴殿は、面倒な存在だ。しかし……誠実さだけは疑いようがない。しばらく、共に暮らさせてもらうぞ」

「……ありがとうございます。歓迎しますよ。ね?」

 

 俺が村人たちの顔を見渡すと、皆が頷いた。

 若干、顔が引きつっているように見えたが。



  ◇◇◇



 朝の陽が差し込む、村の小道。

 騎士団の鎧姿のまま、フィオナは腰に剣を差し、硬い表情のまま、鍬を持った村人の後をついていた。



「なあフィオナさん、ほんとに畑、見るんですか?」

「当然だ。村の急速な発展と、貴殿の異常な影響力。監査官として確認する義務がある」



 お堅いなぁ。と俺は頬をかいた。



「いやまあ、それはわかるんだけど……鎧、泥まみれになってますよ」

 

 俺が苦笑しながら指をさすと、フィオナはビクリと足元を見下ろした。



「……っ、こんな、べたべたした土……! 貴殿の仕業か!?」

「俺は何もしてないですって。これでも、前よりずっとマシになったんですよ。水脈が整えば、土の状態も変わっていく。農業って、意外とロマンあるんです」

「ロマン……?」



 不思議そうな顔で聞き返した彼女に、俺は冗談めかして言った。



「地味だけど、土から世界を変えられるんです。剣よりも、長く深く」

「……そうなのか」



  ◇◇◇



 俺はたまたま、水桶を取りに納屋の裏へ回って──思わず、足を止めた。

 宿舎の裏手。ちょうど陽の傾きかけた時間、風に揺れる洗濯物の間で、フィオナが鎧を脱ぎかけていた。

 ……いや、脱いでた。



「……っ、あっ、ご、ごめん!」



 慌てて背を向ける。思わず叫びそうになったのを、ギリギリで飲み込んだ。

 あの堅物で、眉間にしわを寄せてる女騎士が──まるで別人のような、すらりとした体のラインと、整った横顔をしていたなんて。



「……見たのか?」

「いや、ちょっとだけ……!」



 身構えた俺に、やがて扉の向こうからため息が返ってくる。



「……まあいい。気にするな」

 

 彼女の声は、相変わらず冷静だった。

 風の音に遮られたが、かすかに笑ったような気もした。



 夜。

 村の広場に即席で並べられた長机には、地元の野菜と狩猟でとれた肉、焼き立てのパンがずらりと並んでいた。小さな宴のようなものだ。今夜は、騎士団の滞在初日ということもあって、歓迎の意味も込めているらしい。

 これは、村長の粋なアイデアだ。

 俺はミナに誘われるまま席に着き、気づけば騎士団の連中とも一緒にご飯を囲んでいた。

 

「これ、旨いな。お前が育てたのか?」

「いや、育てたのは村の人だよ。俺はちょっと手伝っただけ」

「なんだそれ、謙遜か?」

「カイはいつもそうなんですよ」



 ミナの笑い声に、周囲の人もつられて笑う。

 フィオナは少し離れたところで黙々と食べていたけど、ふと視線が合った。

 ……目が合っただけなのに、なんだか少し照れくさい。

 フィオナは意外と内気なのだろうか。他の騎士たちは談笑を楽しみながら肉を頬張っているが、彼女だけは体操座りでもぐもぐと肉を食べている。

 鎧じゃなく、簡素な村の服に着替えた彼女は、まるで違って見えた。堅さが抜けて、どこか柔らかい。



「少し、散歩でもしようか」



 食事が一段落した頃、彼女からそんな声をかけられた。



「団長、我々もお供いたしましょうか」



 すぐに騎士たちが立ち上がった。さすがの忠誠心だ。



「必要ない」



  ◇◇◇



 二人で村の外れ、小さな橋の上を歩く。夜の風が涼しくて気持ちいい。

 

「……村というのは、静かなものだな」



 ぽつりとフィオナが言った。



「やっぱり、王都とは違うんですか?」

「ああ。最初は不便だと思った。だが……こうして皆で食卓を囲むのは、悪くなかった」

「騎士団じゃ、あんな風にご飯食べることないんですか?」

「規律が第一だ。会話は控え、食事は簡潔に」



 なるほど、味気なさそうだ。



「それでも、騎士を選んだんですよね?」

「……そうだ。父がそう望んだから、私もそうあるべきだと思った」



 その言葉を聞き、俺はちょっとだけ、彼女の横画を見た。

 風に揺れる髪の隙間から見える瞳は、どこか遠くを見つめていた。



「けど、自分の意志でここに残ったんですよね。自分の目で見て、確かめようって」

「……そうだな。今の私は、自分の意志でここにいる」

「良いじゃないですか。誰かの望みじゃなく、自分の意志では何かを選べたなら」 

 

 しばらく沈黙が流れたあと、彼女はぽつりと呟いた。



「……貴殿は、不思議な男だな。まるで、騎士でも、領主でもない。何者でもないのに……皆を導いてしまう」

「導いてるつもりはないですよ。ただ、目の前に困ってる人がいたら、助けたいだけです」

 

 それは、きっと俺がこの世界に来てから、ずっと持ち続けてる思い。



「騎士らしからぬことを言ってしまうが……そういう生き方には、憧れる。……あと、私に敬語は不要だ」

「ほんと? じゃあこれからは友達ってこと?」

「まったく……友達になるなどとは言っていない」

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