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身分違いでも構わない
しおりを挟むアイリーン・キャロウェイ男爵令嬢は、その日レイノルド・バークレイ侯爵令息に恋をした。
避暑地の農園を散歩していた時だ。
レイノルドは、もぎたての桃を頬張っていた。
それはそれは美味しそうに良い顔で。
そして、アイリーンの視線に気付いたレイノルドは、アイリーンに桃を差し出した。
「君も食べなよ!」
屈託のない笑顔に釣られて、アイリーンは受け取ったが食べ方が分からない。
「ほら、こうして皮を剥いてパクッと!」
手早く皮を剥き、アイリーンに渡したレイノルドは、感想を聞きたくてうずうずしているようだ。
「んっ!美味しい!!」
「でしょう?僕が育てたんだ、この木。」
アイリーンが食べ終わると、ハンカチを差し出してレイノルドは去って行った。
アイリーン、レイノルド、十二歳。
べったべたな手と甘い初恋の思い出だった。
それから五年後、レイノルドの婚約者候補としてアイリーンは選ばれた。
バークレイ侯爵家のお茶会で、夫人が選んだという三人に名を連ねたのだ。
レイノルドは一つ下に弟が居り、どちらが次期侯爵でも問題ないと言われる位に二人とも優秀だ。
アイリーンと一緒に選ばれたノエル・ホーキンス侯爵令嬢や、セラノア・ギブス伯爵令嬢は、レイノルドを射止めようと躍起になっていた。
しかし、アイリーンはレイノルドは自然の中に居た方が活き活きとしていたような気がしていた。
そして、自分も侯爵夫人などという重責は背負えないとも思っていた。
だから、持ち回りのようなお茶会に出席しても、自分からアピールなどは出来ずにいた。
ある日、レイノルドは婚約者候補に提案した。
「僕が侯爵を継がないとしたら、君達はどうする?」
「あら、そんな筈はございませんわ。レイノルド様ほどの優秀な方が!私、侯爵夫人としてしっかりお支えいたしますから。」
「ノエル様の仰る通りですわ。でも、私も侯爵夫人としての覚悟は負けません。」
ノエルやセラノアはアピールするが、アイリーンはぼそりと言った。
「桃の木を育てたいです…」
それを見たノエルやセラノアは、信じられないものを見たような顔をした。
「桃の木…?」
「男爵令嬢のアイリーン様は農園にでも嫁ぎたいのかしら?でしたら、今この場で婚約者候補を辞退してくださらない?私やノエル様は、おふざけで、ここに居るのではありませんのよ?」
アイリーンは、思ったことが口から出ていたのに驚き、席を立って帰ろうとした。
「申し訳ございません。」
「アイリーン嬢、待ってくれ!」
しかし、レイノルドはアイリーンを引き留めた。
「アイリーン嬢となら僕の夢が叶いそうだ。侯爵夫人ではなく、僕の伴侶になって欲しい。」
「レイノルド様!何を仰いますの!?」
「まさか、本当に農園を経営なさりたいとでも仰るのですか!?」
「ああ、そうだ。弟のアーノルドに次期侯爵を譲り、バークレイ侯爵家の持つ伯爵をもらって、僕は農園をやりたいんだ。
僕は桃が好物でね、自分で育てるのが楽しいんだよ。」
「「レイノルド様の婚約者候補は辞退させていただきます!」」
ノエルやセラノアは呆れて、席を立った。
ぽつんと残されたアイリーンは、また席に着き、レイノルドと向き合った。
「本当に農園を?」
「ああ、落ち着くんだ、田舎は。君はどうする?父上や母上は、僕の夢に付き合ってくれる令嬢が居るなら構わないと言ってくれたんだけど…
あの令嬢達は、侯爵夫人になりたかったんだね。
でも、恐らくアーノルドの好みではないんだけどなぁ…」
レイノルドがぶつぶつ呟く姿に、アイリーンは笑いが込み上げてきた。
桃の為に次期侯爵を棒に振るレイノルドと、そんな彼と農園で桃を食べる自分。
悪くない人生だ。
「レイノルド様、また美味しい桃を食べさせてくださいますか?五年前みたいに。」
「やっぱり覚えていてくれたんだね。今度は手を洗う水も準備しておくよ。クククッ!」
「お願いします。あの後、手がべたべたで。あはははっ!!」
その後、本当にアーノルドに侯爵家を任せることが決まり、レイノルドとアイリーンは二人で農園に力を入れることになった。
二人は結婚し、自然の中で五人の子育てをし、毎年たわわに実る桃を楽しみ、終生幸せに暮らした。
侯爵令息と男爵令嬢の身分違いの恋は、侯爵令息の身分が変わって実ったのだった。
【完】
ーーーーーーー
連載の合間に短いお話も公開しています。
( ´ ▽ ` ) エヘヘッ
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