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8.予定外の帰国
しおりを挟むファニアがクライスと結婚し、イグネシアス公爵家に来て、もう一年が経とうとしていたある日、突然クライスの想い人が留学先から戻って来た。
執事のマーラーから手紙を受け取ったクライスは、しばし呆然としていたが、ファニアに話すことにした。
「ファニア、ジュリエットが帰って来た。」
いつものように寝室で寛いでいた時、クライスは少し険しい顔でファニアに告げた。
「ジュリエット様というのは、クライス様の最愛の…?」
「そうだ…」
「では、クライス様は嬉しいでしょう。」
(嬉しい…?俺は…嬉しい、筈だ…)
ファニアは、きっとクライスは明白に喜ぶべきではないと感情を抑えているのだろうと思った。
「ジュリエット様のお身体はもう良くなったから、早く帰国したのでしょうか?でしたら、私は静かに身を引きたいと思います。」
「えっ!?」
「そういう契約でしたし。」
「まだ二年経っていないぞ!?」
「でも…一年、閨を共にしても、結局未だにお子を身籠ることが出来ていませんでしたし…
もしかしたら、私に問題があるかもしれません。
だから、尚更私がここを出た方がジュリエット様もご安心なさると思います。」
「……………少し、待ってくれ。ジュリエットとも話をしなければ…」
「はい、承知しました。」
クライスは、自分が思いの外動揺していることに驚いていた。
ファニアとの暮らしがいつの間にか居心地の良いものになっていて、正直ジュリエットのことを忘れていたからだ。
(このままファニアと暮らしたい…しかし、ジュリエットを愛している………本当に…?)
自分の気持ちが分からなくなっているクライスは、兎に角一度ジュリエットと話さなくてはと思った。
翌日、クライスはジュリエットに会う為に、ウィンストン侯爵家を訪問した。
応接室に通されると、以前より健康的なジュリエットがそこに居た。
「クライス様、ご無沙汰しておりました。」
「ああ、久しぶりだな。体調は良くなったのか?」
「はい、すっかり良くなりましたわ。」
明るく笑うジュリエットに、クライスは以前の気持ちが取り戻せる気がした。
「それで…お子はどうなりましたの?」
ジュリエットは、クライスを覗き見るように言った。
「子は、まだだ…」
「ならば、もう少し頑張ってみては如何かしら?」
「えっ!?」
ファニアと離縁し、ジュリエットを迎え入れる話だった筈なので、クライスはジュリエットの考えが分からなくなった。
「君は…俺が他の人と子作りすることに抵抗はないのか?」
「ええ、ありませんわ。だって、妊娠すれば悪阻はあるし、出産時には命の危険もあるではないですか。産後は体型も崩れるそうですし、女性にとっては良いことはありません。
お子は乳母を雇えばいいし。
あっ!執務も人を雇ってくださいませ。
そういった煩わしさは他の人に任せて、私はクライス様の傍で、素晴らしい公爵夫人になってみせますわ。」
クライスは、幼い頃から全てを知っていると思っていたジュリエットの本性に愕然とした。
(ジュリエットは俺の妻ではなく、公爵夫人になりたかったのか…)
ジュリエットが煩わしいというものを、ファニアは一手に引き受けてくれている。
その事実を目の当たりにして、クライスは自分の愚かさを悔いた。
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